第26話 解放記念日~それは、それで楽しい(4)

 一通り祭り見物をして、程よく時間がつぶれたところで、

 ようやくパレードの始まる時間になった。

 ラオと合流したメガデスたちは、パレードが行われる大通りへと向かった。

 パレードの出発点となる中央通りの広場では、すでにガーディアンたちが待機していた。

 箱詰めされたチョコレートのように、整然と並んだガーディアンの姿は精悍であった。

 本番を前にして最後の調整をしているのだろう。

 人型ガーディアンの間を、せわしなく行きかうメカニックたちの姿が見えた。

 そのうちの一人に、クリーデンスが声をかける。


「ケイトさーん!」


 メカニックの一人が振り向く。

 小柄でメガネをかけた女、ケイトだ。

 クリーデンスの姿を認めると、こちらに向かって駆け寄ってきた。


「やあ、みんな。来ていたのかい?」

「ええ。見学に来ました。これ差し入れです」

「うわ。うれしー。ありがとう。いただくよ」


 屋台で買い求めた軽食を差し出すと、ケイトは嬉しそうに受け取った。

 油で汚れた手を布巾で拭うと、さっそく食べ始める。

 早朝からこれまで、食事をとらずに作業を続けていたのだろう。

 よほど空腹だったらしく、瞬く間に焼き鳥を一本平らげてしまった。

 立ったまま食べ続けるケイトに、クリーデンスがたずねる。


「クラウディアさんは、来てないんですか?」

「来ているよ。特使の護衛についている。ほら、あそこ」


 そういって、焼き鳥の串で指さす。

 広場の周囲は、メガデスたち同様、パレードを見にやってきた見物客が囲んでいた。

 その人垣の中に、クラウディアの姿を見つけた。

 制服をきっちりと着込んだクラウディアは、緊張した面持ちでたたずみ、周囲を見渡している。

 その傍らにいるのが、ケイトの言っていた特使なのだろう。

 いかにも政府の役人らしくソフトをかぶり、ロングコートを着込んだ男は、双眼鏡を構えてガーディアンを注視していた。


「式典には各都市国家から要人が参列する予定だ。このパレードにも多くの要人が視察に来ている。お偉いさんを前にして、クラウディアがらしくもなく緊張しているよ」

「ほんとだ」

「あんな真面目な様子のクラウディアさん初めて見ました」


 クラウディアを見てころころと笑うクリーデンスたちを横目に、メガデスは傍らにあるガーディアンに注目する。

 宮廷魔導士団の制服と同じ、濃紺色で統一されたガーディアンたちを見つめながら、ケイトにたずねる。


「これが、軍用ガーディアンか?」

「そうだよ。正式名称は『ガルガンチュア』だ」


 得意げな様子でケイトがこたえる。

 自分が作ったわけでもあるまいに、最新武器の整備に携われるのがよほど誇らしいのか、その口調はどこか得意げな様子であった。


「銀行に配備されていた民生用と変わりないように見えるが?」

「見た目はね。でも中身は全然違う。民生用は、戦闘力を排除したモンキーモデルだから、戦闘力は持たせてないんだよ」

「どうりでクソ弱いと思った。魔導士でもない民間人にあっさり倒されていたぞ」

「そういえば、一昨日。銀行強盗にあったんだってね」


 ケイトは苦笑する。


「民生用は表向き、工作機械として払い下げているからね。民間企業に戦闘兵器を払い下げるとなると、政治的にもいろいろと問題が出るんだって。元々、民間にガーディアンを配備するのは議会内部でも反発があった。それを予算確保の名目で、宮廷魔導士団のごりおしで認めさせたのさ」

「要するに、民間人に役立たずの案山子を売りつけた金で、軍用兵器の運用に充てているというわけか?」

「そういわれると、身もふたもないんだけれどもね。民生用はあくまでも防犯が目的だから。施設の常駐警備程度なら、案山子でも十分なのさ。突っ立てるだけでも犯罪の抑止効果はある、って社会心理学の専門家は言っているよ」

「そういうもんなのかね」


 社会心理学というのがどういう学問なのかは知らないが、ひとまず納得する。


「しかし資金面をクリアしても、問題点は整備だろう。これだけの数を整備するとなると、相当な数の魔導士が必要なんじゃないのか?」

「まあね。これでも大分、簡略化されたんだよ。試作型の整備ときたら、殺人的だよ。開発費の半分は、スタッフの残業代だったんじゃないかってぐらいの笑い話もある」

「給料もらう側から見れば笑い話なんだろうが、払う側は笑えねぇな」


 兵器開発はいつの時代も変わらないものだ。

 そうやって作り上げた兵器も、結局は破壊のためにあり、破壊されるためにある。

 戦争なんてするもんじゃないと、しみじみと思う。


「それで、何体のガルガンチュアが稼働しているんだ?」

「パレードに参加するのだけで、三百体ぐらいかな」

「三百体……」

「無論、ここにあるだけじゃないよ。すでに警備任務に就いている部隊もあるから。都市内部も含めると、倍くらいになるんじゃないかな」

「それだけの数を、どうやって制御しているんだ?」

「それはもちろん、スカイクラッドのサポートがあるからさ」

「スカイクラッド?」


 かつての弟子の名前に、怪訝な表情を浮かべる。


「賢者様のことじゃないよ。魔導供給網“バスケット・アイ”を管理している人工知能のことさ。製作者である賢者様の名前をとって『スカイクラッド』と呼ばれている」


 すかさずケイトは、メガデスの勘違いを指摘する。


「都市内にあるすべてのガルガンチュアは、スカイクラッドとデータリンクしている。バスケット・アイを経由して、城にいるオペレーターたちが遠隔操作しているってわけさ」

「ふん。人工知能に自分の名前を付けるとはな。……相変わらず、自己顕示欲の強いやつだ」


 最後のつぶやきは、聞こえなかったようだ。

 かまわず、ケイトは説明を続ける。


「いまはまだ、試験運用の段階だけど、将来的には全都市に配備する予定なんだ。そうなれば、宮廷魔導士団の権勢は不動のものとなるだろうね。この町の治安も劇的に上昇するはず。銀行強盗に悩まされることもなくなるってわけ」

「つまり、このパレードは宮廷魔導士団の権力を見せつけるための政治的デモンストレーションというわけか?」

「そういうこと。だから、クラウディアも気合を入れて警備をしているってわけさ。各国の代表団の目の前で、テロでも起こされたらたまらないからね」

「そうか? お前らにしてみれば、むしろ騒動が起きてくれた方がいいんじゃないか? 自慢の新兵器の力を見せつけることができるじゃねぇか」

「おいおい! そんな物騒なことは冗談でも言わないでおくれよ。そりゃまあ、ガルガンチュアが活躍する所を見てみたいとは思うけど、いくらなんでもそんなことまでは期待してないよ」

「それで、パレードはいつ始まるんですか?」


 突如、クリーデンスが口をはさんできた。

 専門的な話についてこれなかったのだろう。

 強引に話題を変えると、ケイトは時間を確認した。


「もうすぐ始まるよ。まあ、パレードって言っても、歩くだけだからね。大通り沿いに城に向かって一直線に行進する。それだけ……」

 

 異変が起きたのは、その時だ。

 大通りの中央。

 パレードの進行方向の目の前に突如、黒い球体が出現した。

 大きさは、直径約一メートル。

 人間の身長ほどの高さに浮かぶその球体からは、まるで洞窟の奥から響いてくるような、耳障りな風鳴りが聞こえてくる。


「……なんだ?」


 何の前触れもなく表れた不気味な球体に、ざわざわと観客たちが騒ぎ始める。

 観客たちの見守る中、球体は徐々に大きくなり、やがて破裂した。


「キシャァァァァァァッ!」


 悲鳴と共に、黒い球体から出てきたのは、異形の怪物だった。

 全体的なフォルムは、鳥類と爬虫類の中間、といった形状だった。

 前傾姿勢鳥足に、蝙蝠の羽。

 黒く、光沢のある鱗がびっしりと敷き詰められた生えた表皮。

 頭部には眼球は存在せず、ばっくりと割れた口蓋には、鋭い牙がのぞいていた。


「な、なに、あれ!?」


 怪物の不気味な姿にうろたえるクリーデンスの隣で、メガデスは静かにつぶやいた。


「……魔族だ」

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