第25話 解放記念日~それは、それで楽しい(3)

 大通りに面した一角――つまり、王都の一等地に、大聖母教会はあった。

 白亜の壁面に、屋根からはいくつもの小尖塔。

 精緻な細工が施された飾り窓には、色とりどりのステンドグラスがはめ込まれていた。

 所々に金細工が用いられた贅を尽くした絢爛豪華な建築様式は、装飾過多であり悪趣味ですらあった。

 その教会入り口に、参拝客が並んでいる。

 祭りの影響もあってか、ここにも長蛇の列ができていた。


「大した出世じゃねぇか。あンのクソババァ……」


 教会の入り口には聖母像も、大聖母教会の御神体である聖母像が置かれていた。

 これまた悪趣味な金箔張りの聖母像を見上げ、メガデスは吐き捨てる。


「昔は地方でひっそりと信仰されていたマイナー宗派だったのによ。すっかりメジャーになっちまって。昔は清貧を尊び、奢侈を戒めることを教義としていたのに。なんだよ、この成金趣味な教会は」

「いつの話よ。それ」


 あきれたように、クリーデンスが言う。


「大聖母教会って言えば大陸における、最大宗派なんだよ。開祖である聖女クロムは、勇者ライオットと共に戦った、メガデス討伐の功労者じゃない」

「なーにが功労者だよ。自分は何もしないで、民衆を扇動して反乱を起こした反逆者じゃないか。勇者との決戦の時だって、あいつは後ろの方で防御呪文かけていただけで、大した仕事はしてねぇし」

「なんでそこまで聖女様のことを悪く言うのよ。……メガデス君って、もしかして無神論者なの?」

「もしかしなくても、無神論者だ。そもそも、魔導というのは、神の存在を否定するところにあったのだからな」

「……なにそれ? カミノソンザイのヒテイって?」


 舌たらずな口調で、クリーデンスは首をかしげる。


「……やっぱりと思ったが、知らねぇようだな。魔導士の起源にかかわる重要なことだぞ? 魔導史の授業で教えてないのか?」

「知らない。ケインズ先生は、基本的にお金になりそうにない授業はしないから」

「あのクソ教師は……。まあいい、かいつまんで説明してやる」


 そうは言ったものの、クリーデンスの頭でも理解できるように説明するのには、なかなかに難しい話であった。

 頭の中で整理してから、メガデスは説明を始める。


「魔導が確立する以前。外世界法則によって生じる超常現象は、宗教的価値観によって奇跡、あるいは神罰として定義されていた。……わかりやすく言うと、回復系呪文は神の御加護。攻撃呪文は神の怒り、ってな風に解釈されていたわけだ――ここまでは、いいか?」

「う、うん」


 怪しげな様子だが、うなずく、クリーデンス。


「時代が進み、社会が成熟してくると、これまでの宗教的価値観は、現実と整合性が取れなくなってしまった。なんでもかんでも神様の力ってことになったら、社会が成り立たなくなってしまう。そこで、これらの超自然的事象から宗教色を排除し、体系化してまとめようという考えが生まれる。これが、魔導と呼ばれるものだの原形だ。いいか?理解しているか?」

「う、うん。何とか……」

「当然のことであったが、宗教を中心とした当時の社会からは反発を招くことになる。神の存在の否定は、それを信じる者たちをも否定するものだからな。魔導士たちは社会から激しい迫害を受けることになる。当時の魔導士に対する弾圧はハンパなかったんだぞ。何しろ、地動説を提唱しただけで、縛り首になるような時代だったからな」

「あっはっは。バカだなぁ、メガデス君は。地面が動くわけないじゃない」

「バカはお前だよ!」


 まさか、今の時代でも天動説が信じられているとは思わないが――話を続ける。


「とにかくだ、この世に神なんてものは存在しねぇんだよ。これは厳然たる事実だ。世界は冷徹な理論と法則によって支配されている。それを認めることができない、惰弱な人間が神の救済を求めるのさ。お前も魔導士なら、神なんぞに頼らずに、自分の力のみを信じて生きていけ」

「……そんなの、知っているよ」


 突如、神妙な面持ちになるクリーデンス。

 その気配にただならぬものを感じたメガデスは、黙って次の言葉を待った。


「あたし、孤児だったの」

「うん?」

「いわゆる戦災孤児ってやつ。だから、生まれた場所も分からないし、両親の顔も覚えていない。」


 ぽつぽつと語るクリーデンスに、メガデスは静かに耳をかたむける。


「物心ついたときには、あたしは戦場にいたの。死体の山が転がる戦場を、を泣きながら歩いていたのを覚えているわ」

「戦災……。いや、でも、戦争はなくなったんじゃないのか? 宮廷魔導士団の力によって、大陸の平和は維持されているって」

「それは、あくまで表向きの話だよ。都市国家間の戦闘は大陸法で禁止されているけど、それ以外の地域紛争はいまでも起きているもの」

「ああ。そういう意味か……」


 メガデスは頷いた。

 大陸内には多くの民族や宗教がある。

 つまりその数だけ、民族紛争や宗教紛争がるということだ。


「戦場ではね、簡単に人が死ぬんだよ。本当に、呆気なく。兵隊とか、民間人とか関係ない。以外に戦闘で死ぬ人って少ないんだよね。食べ物がなくて飢え死にした人や、薬がなくて病気で死んだ人もいた。気が狂ってそのまま死んだ人や、絶望して自殺した人もいた。」

「……意外と苦労しているんだな。お前」

「それほどでもないよ。私はむしろ、幸運な方。だって、こうして生きているんだもん。難民キャンプに拾われて、その後、宮廷魔導士団のスカウトに見つけられて、こうして宮廷魔導士団に入団できたんだから。だからね、私は思うんだ。私がこうして生きていられるのは、自分の力だけじゃない。見えない力で守られていたんだって。なんでもかんでも自分の思い通りにできるって、それって、その……」

「傲慢、か?」

「そう、傲慢ってやつだよ。だから、私は神様を信じているよ。きっと世界のどこかで遠くで、あたしのことを見守ってくれているんだって。そういう風に考えなければ、きっと私は生きていなかったと思うんだ」

「…………」


 はにかみながら語る少女を、感心したように見つめる。

 世界への敬意と感謝――彼女自身は気づいていないのだろうが、それこそが宗教の本質であった。


「何、どうしたの?」

「……お前、バカだけど、まるっきりバカじゃねぇな」

「何それ? わけわかんないよ」

「何でもねぇよ。さ、ラオを探しに行こうぜ」

「多分、教会のなかだと思う。礼拝堂には信者の人しか入れないよ」


 結局、メガデスとクリーデンスはその場でラオが出てくるのを待つことにした。

 幸いなことに、退屈するようなことはなかった。

 教会の前の広場では、大道芸を披露する芸人や、音楽を演奏するアーテイストたちがいた。

 礼拝に来た信者や観光客たちが、芸を彼らに向かって小銭を振舞っているのが見える。

 そのうちの一つ。

 子供向けの人形劇に目を止めた。

 戦勝記念日ということで、演目は魔王と勇者の決戦であった。

 物語は丁度、佳境に差し掛かったところだ。


「かくごしろ、まおう! このわかくて、かしこくて、うつくしい。せいじょクロムのいちげきをうけるがいい!!

「あーれー! やーらーれーたーっ!」

「こうして、わかくて、かしこくて、うつくしい。せいじょクロムのかつやくで、まおうメガデスはたおされたのであった」

 

 四人がかりだったのを一人で戦っていたりとか、本当は後ろで援護しただけだったりだとか。

 史実とは大分かけ離れた――っていうか、ほとんどオリジナルの内容の人形劇だった。

 支離滅裂で幼稚な劇だったが、それでも子供たちには好評のようだ。

 拍手喝采する子供たちの後ろで、メガデスは静かに毒づいた。


「あンのクソババァ……」

「誰がクソババァですか?」


 声に振り向くと、そこに神官服姿のラオがいた。


「ここは、教会です。神を侮辱するような発言は控えてください」


 祭礼用なのだろう、ラオが着ている神官服には金糸銀糸の刺繍が施された。

 白を基調とした神官服は、清楚な黒髪の彼女にとてもよく似合っていた。

 人形のような可愛らしさに、クリーデンスが歓声を上げる。


「ラオ! かわいい」

「やめてください」


 恥ずかし気にほほを染めて、うつむくラオ。

 

「お前、なんで神官服なんて着ているんだ?」

「神官だからです」

「え?」

「言っていませんでしたか? 私は神官位を持っているんです」

「なんだって?」


 驚く、メガデス。

 お勤め、とか言っていたので、てっきり教会の奉仕活動でもしているのかと思っていたのだが。

 ただの信者でなく、正式な神官位を持っているとは思わなかった。


「いいのかよ、神官と魔導士のかけもちなんかして?」

「別に問題はありませんよ。宮廷魔導士団でも、政教分離の原則と、信仰の自由は保障されていますから。ただし、魔王信仰だけはみとめられていません」

「魔王信仰?」

「魔王メガデスを崇め奉る連中のことです。魔王の生まれ変わりだとか、後継者を名乗り、破壊活動をくりかえす……要するに、ただのテロリストですよ」


 嫌悪感のあまりに、ラオは顔を背けた


「体制に不満を持つ連中が、箔付けに魔王の名を騙っているだけです。最近では、ファストウェイが有名ですね」

「ファストウェイ? ああ、この間の新聞に載っていた奴か」


 一昨日の夜、食堂でクラウディアが読んでいた新聞の記事を思い出す。


「魔導士の本来の姿を取り戻すとか何とか言っていたな。あれは、どういう意味だ?」

「知りませんし、知りたくもありません。どうせ、たいした意味なんてないでしょうし。テロリストの考えることなんて、一々真に受けてもしょうがないでしょう」

 

 これ以上は、話したくないのだろう。

 不機嫌な表情をして、ラオは黙り込んでしまった。

 とりなすように、クリーデンスが声をかける


「ところでさ、教会のお勤めはもう終わったんだよね?」

「ええ。終わりました」

「お祭りに行きましょう。メガデス君が、パレードを見に行きたいんですって」

「わかりました。それじゃあ着替えてくるので、ちょっと待っていてください」


 結局、まだ当分パレードはおあずけのようだ。

 女の着替えに時間がかかることは、メガデスでも知っている。

 それは百年後の現在でも変わらないのだろう。

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