第24話 解放記念日~それは、それで楽しい(2)

 祭りに沸く街は、人であふれかえっていた。

 北方の毛織物のスーツを着た紳士から、南方の麻織物を着た婦人まで――様々な人々が通りを行き交う。

 都市の許容範囲を超えた人出に、都市内に張り巡らされた交通網も、各所で障害が発生していた。

 空港や駅には、都市外からやってきた人々でごったがえし、いつもは整然と流れる車道も、各所で交通渋滞を起こしていた。いらだち紛れのドライバーたちがかき鳴らすクラクションが響きわたるが、車列は一向に動こうとしない。

 通りの各所では、観光客目当ての屋台が出ていた。

 祭りの熱気と温室効果によって都市内部の温度は急上昇しており、屋台に並んだ飲料水や軽食が飛ぶように売れていた。

 繁盛しているのは結構なのだが、屋台に並んだ長蛇の列せいで、さらに交通が困難になっていた。

 混沌のるつぼの中、人ごみに飲まれながらメガデスはつぶやく。


「……帰りてぇ」


 クリーデンスにまんまと乗せられて、祭り見物に繰り出したメガデスだったが、来て早々、辟易していた。

 百年前の世界からやってきたメガデスにとって、これだけの群衆を目の当たりにするのは初めての経験だった。

 たかだか祭り見物のために、大陸中からこれだけの人間が集まってくるとは、にわかには信じられない。

 メガデスが上級王に就任したときの記念式典には、この十分の一も集まってこなかったのに。

 人と物の氾濫に当てられ、眩暈がしてきた。


「なんで、こんなに人がいるんだよ!?」

「だってお祭りだもん」


 一方、クリーデンスは念願の祭り見物に来れてご機嫌の様子だった。

 朝食を食べたばかりだというのに、あちこちの屋台に首を突っ込んでは食べ物をあさっていた。

 その手には、いっぱいの戦利品が握られている。

 コットンキャンディに、砂糖をまぶした揚げドーナッツ。鳥の串焼きといった、いかにも体に悪そうな食べ物ばかりだ。

 二人とも、宮廷魔導士団の制服姿である。

 クリーデンスにしてみれば、年頃の娘らしくおめかししたかったところだろうが、一応公務――保護観察対象の監視という名目で来ているので、制服を着用していた。


「大陸中から人が集まってきているからね。明日の式典には、もっと人が集まるはずだよ」

「まったく、愚民どもは何かといって群れたがる。自立心というものがないのだろうか?」

「メガデスくんだって、そのうちの一人でしょう?」

「俺が祭りに来たのは、純粋な向学心からだ。そこら辺の連中とは違う」


 憮然とした表情で、メガデス。

 メガデスの目当ては軍用ガーディアンのパレードにあった。

 ゴーレム技術をもとに作られたガーディアンは、魔導工学の結晶だ。

 魔導士の一人として、最先端の魔導技術を見物する機会を逃すわけにはいかない。


「それで、パレードはどこで行われるのだ?」

「中央大通りだよ。でも、パレードまでまだ時間があるみたい」


 腕時計を見ながら、クリーデンスが答える。


「それまでお祭り見物でもして時間をつぶしましょうよ。ほら、メガデスくんも、何か食べなよ」


 そういうと、ストローの刺さった紙コップを差し出した。

 おそらくは、葡萄味なのだろう。

 毒々しい紫色をした炭酸水に、メガデスは顔をしかめる。


「いや、俺はいい」

「なんで?」

「そんな、何が入っているかわからんような飲み物、口にしたくない」

「意外と神経質なんだね、メガデス君は」


 そういうと、クリーデンスはこれ見よがしに炭酸水をすすって見せた。

 軟弱もの呼ばわりされたお返しに、一言、嫌味を言ってやる。


「……太るぞ」

「……うっ!」


 串を加えたまま、動きを止めたクリーデンスを放っておいて、メガデスは周囲を見渡した。

 素直に認めるのは悔しいが、祭りを見て回るのはなかなか楽しかった。

 通りには食い物屋以外の屋台もちらほらと見受けられた。

 数々の露店には興味深い品々が並んでいる。

 南部特産の絹織物や、東部地域特産の陶磁器。

 内陸のスペルディアでは見ることのできない、海産物の干物や、珍しい果物まである。

 そのどれもこれもが、メガデスのいた時代では手に入らない高級品ばかりであった。

 そのうちの一軒の前で、メガデスは足を止める。

 どうやら、魔具の専門店らしく、店頭には魔導杖や装飾品の数々が並べられていた。

 

「よう、兄さん」


 商品を興味深げに眺めていると、店主と思しき男が声をかけてきた。

 決まった店舗を持たず、商品を担いで渡り歩く行商人なのだろう。

 行商人風の男は、制服姿のメガデスを見て、なれなれしい口調で話しかけてきた。


「あんた、魔導学校の生徒さんかい?」

「ああ。そうだが?」

「へえ、そいつはすげぇ!」


 行商人は大げさに驚いて見せた。


「するってぇと、ゆくゆくはお城にあがって宮廷魔導士になるのかい? 道理で賢そうなお坊ちゃんだ」

「まあな」


 見え透いたお世辞を並べ立てる行商人を、適当にあしらっていると、後ろからクリーデンスが声をかけてきた。


「どうかしたの?」

「おやおや、そちらのお嬢さんも魔導士さんかい? さすがは王都、スペルディアだねぇ。こんなかわいらしいお嬢さんが魔導士だなんて!」

「可愛いって、そんな……。えへへへ」


 あからさまなお世辞に、クリーデンスが相好をくずす。


「こいつはいい。未来のエリート様にお近づきになれるなんて、こんな光栄なことはないよ。ちょいと待っておくれよ、今とっておきの品を見せてあげるから」

「とっておき? 何々、見せて見せて」


 怪しい売り文句に、あっさりと食らいつく、クリーデンス。

 足元にある背嚢をごそごそと探り、行商人が取り出したのは金細工の腕輪だった。

 ブレスレットの表面には、精緻な文様が刻まれていた。

 魔導文字が描かれているところから見て、魔具であることは間違いないようだ。

 二人によく見えるように、目の高さまで掲げると、行商人はもったいぶった口調で説明を始めた。

 

「このブレスレットは、魔王の遺産さ」

「魔王の遺産?」

「これはその昔、魔王と呼ばれた男の手首で輝いていた品なのさ。魔王自らの手によって作られ、強大な魔力が封じ込められている。その技術は魔王の死と共に失われ、現代では再現不可能。歴史的に見ても、その価値は計り知れない」

「そんなもの、どこから手に入れたの?」


 興味深げな表情で、ブレスレットを見つめ、クリーデンスはたずねる。


「これはな、魔王の隠し部屋にあった品物なのさ」

「魔王の隠し部屋?」

「そうよ。このスペルディアは魔王の居城があった都市だ。この都市の地下には、魔王の財宝を収めておくための宝物庫があったのさ。王都崩壊の直前。自らの王国が崩壊することを悟った魔王メガデスは、多くの財宝をこの秘密の宝物庫に隠したと言われている。こいつは、その財宝の一つってわけよ」

「それじゃあ、盗掘品じゃない!」


 行商人の口上をクリーデンスがさえぎった。


「大陸内の遺跡は、全て宮廷魔導士団の管理下にあるのよ。勝手に売買してはいけない決まりになっているはず。宮廷魔導士団にむかって、盗掘品を売りさばこうだなんて、どういうつもり?」

「それが、違法行為にはならないんだな、これが」


 詰め寄るクリーデンスに、平然とした様子で行商人は講釈を始める。


「宮廷魔導士団なら知っているだろう? 魔王メガデスの肉体は滅んだが、その魂は勇者の聖剣バウンティ・ブレードに封じ込められているって」

「それは知っているけど……」

「つまり、魔王は公式には死亡したことにはなっていない。死んでないんだから魔王の“遺”跡というものは、法律的には存在しないことになっている」

「そんなの、屁理屈じゃない!」

「屁理屈も理屈のうちさ。法律ってもんは、そういうもんだ。法で明文化されていない以上、これは合法品ってわけさ」

「……むう」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべると、釈然としない表情のクリーデンスに向かって、行商人は続ける。


「来歴はともかく、この魔具には強力な魔力が封じ込められているってことだけは確かだ。ここを見てごらん。魔王の所持品であったことを示す、三連十字の紋章が刻まれているだろう。どうだい。お嬢ちゃんも感じるだろう? このあふれんばかりの魔力の迸りを」

「……う、うん」


 眉間にしわ寄せ、クリーデンスは腕輪を凝視する。

 行商人の言う“魔力の迸り”なんとかして読み取ろうとしているのだろうが、そんなことをしても魔力を見ることはできない。


「この腕輪にはな、持ち主の魔力を飛躍的に上昇させる効果があるのさ。こいつを持って学校に行ってごらん? 一躍あんたは有名人だ」

「そ、そうかな」

「そうともさ! 宮廷魔導士になってお城に上がるには、厳しい競争倍率を勝ち抜かなきゃならねぇんだろう? ご学友に差をつけるにはこのくらいの代物は必要だぜ」

「そ、そうだね。これがあれば、グレンたちに馬鹿にされることもないよね!」


 すっかり買う気になってしまったクリーデンスは、財布を取り出す。

 

「あたし買います! おいくらかしら?」

「そうこなくっちゃ! 本来ならば五十万はくだらない品なんだが、野暮は言いっこなしだ。未来の宮廷魔導士様にご奉仕価格で五千に負けておこうじゃないか」

「買った!」

「……やめろ、馬鹿」


 見るに見かねて、止めに入るメガデス。

 財布を取り出すクリーデンスの金髪頭めがけて、ぽかり、と一発拳を振るう。


「いったーい! ……なにすんのよう、メガデス君」

「あっさり騙されているんじゃねぇよ、クリーデンス。これは、偽物だ」

「ニセモノ?」

「それっぽく作られているが、安物のブレスレットだ。魔力なんて付与されていないし、魔導文字も全てでたらめだ。……見ろ」


 そういって、ポケットからネックレスを取り出す。

 チェーンの先端には、×印を三つ組み合わせた紋章――三連十字がぶら下がっていた。


「魔導の象徴である三連十字は、均等に配置しなければならない。見ろよ、ブレスレットの方は大きさがバラバラだ」

「……ほんとだ」

「そもそもだ、本物の魔具が、学生の小遣いで買えるわけねぇだろうが。少しは疑えよ」

「ええっと。それじゃあ、これは盗掘品売買じゃなくって、……偽造美術品売買ってこと!?」


 ようやく理解が追い付いたのか、クリーデンスは行商人を振り向く。


「よくもだましてくれたわね! 宮廷魔導士をペテンにかけようだなんて、どういうつも……ってあれ?」


 すでに、行商人の姿は消えていた。

 路上に広げられていた商品も、きれいに片付けられている。


「あそこだ」


 通りの向こうを、メガデスは指さした。

 人ごみの彼方、かけてゆく行商人の後ろ姿が見えた。

 商品が詰まった包みを担いでよたよたと駆けてゆく行商人の姿は、やがて人ごみの中に消えていった。


「待ちなさい! 偽造美術品売買の現行犯で逮捕……」

「ほうっておけ」


 追いかけようとするクリーデンスを、メガデスは引き留める。


「あの程度の犯罪、一々取り締まっていたらきりがない。今日は非番なんだろう? 見逃してやれよ」

「でも……」

「こういうのは、だまされる方も悪いのさ。魔具の目利きもできんような奴が、魔導士を名乗るなんておこがましいにもほどがある。うまい商売だ。学生とはいえ宮廷魔導士団を目指す魔導士がパチもんつかまされるなんて、恥もいいところだからな。仮に偽物だとバレても、訴えられることはないと踏んでいるんだろう」

「むう……」


 なおも不満そうな表情であったが、追いかけるようなことはしなかった。

 彼女としても、せっかくの休日を追いかけっこでつぶしたくはないのだろう。


「まあ、ちょうどよい暇つぶしにはなったじゃないか。……さて、そろそろ、パレードの時間じゃないのか。祭り見物はこれぐらいにして、ガーディアンを見に行こうぜ」

「その前に、教会の方によって行きましょうよ」

「教会?」

「ラオが教会でお勤めをしているの。合流してからパレードに行きましょう」

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