第23話 解放記念日~それは、それで楽しい(1)

 戦勝記念日を翌日に控え。

 ここ、宮廷魔導士団本部、グラウンド・ゼロには多くの来客者が詰めかけていた。

 それらの訪問客を接待するのは、ホスト役を務めるカーティスの役目であった。

 会談用に設えた広間には、秘書官の案内で次々と各国の重鎮たちが訪れに来る。


「ラグジュリア特使がお見えになっております」


 次の訪問客は、商業都市ラグジュリアの特使である。

 名産である最高品質の毛織物を着た特使は、愛想笑いを浮かべてカーティスに向かって右手を差し出した。


「お会いできて光栄です、カーティス団長」

「こちらこそ、特使閣下」


 精一杯の作り笑いを浮かべると、カーティスは握手をした。

 こういった社交はカーティスの最も苦手とする分野であった。

 できることなら、別の職員に任せたいのだが、そういうわけにはいかない。

 ラグジュリア特使の背後には、数人の従者が控えていた。

 おそらくは、護衛の兵士なのだろう。

 懐に魔導銃を吊っているらしく、スーツが微妙に膨らんでいた。


「お会いするのは貿易協定の調印式以来になりますか。お元気そうでなによりです」

「そちらこそ。その後、お国の様子はどうですか」

「すこぶる良好です。団長閣下」


 そう言って、特使は笑みを浮かべる。

 ラグジュリア商人らしい、腹の内を覆い隠すような作り笑いは、カーティスよりもよほど上手に見えた。

 

「それもこれも、宮廷魔導士団のおかげです。我々、ラグジュリア商人が安心して商いに専心できるのも、団長閣下の御尽力があったればこそです」

「礼には及びません。特使閣下。全ては大陸の平和と安寧のため。それでは、明日の式典でお会いしましょう」

「そうですな。それまで私も祭りを楽しませていただきますかな。良いものですな、祭りというものは。いくつになっても心が躍る」

「ご存分にお楽しみください」


 当たり障りなく歓談を終えると、特使は退席した。

 特使を見送り、カーティスは大きなため息をついた。

 都市国家の代表である特使との会見は、常に緊張を強いられる。

 これが、このあと五件も続くかと思うとげんなりする。


「見たか?」

「はい」


 カーティスの問いに、秘書官は小さくうなずいた。

 彼女もまた、護衛達の懐が膨らんでいることに気が付いていたようだ。


「背後の護衛。魔導士でしたね」

「そうだな。それもかなりの使い手だ」

「宮廷魔導士団との会見に、わざわざ魔導士の護衛を連れてくるとはどういうつもりなのでしょうか?」

「先だっての貿易協定の介入に対する、抗議の意思表示なのだろうよ。まったく、子供じみたことをしてくれる」


 先ごろ締結された多国間貿易協定に際して、最後まで調印を渋ったのはラグジュリアだった。

 宮廷魔導士団の半ば脅迫によって締結されたこの協定により、商業都市ラグジュリアは経済的な不利益を被ることとなった。

 大陸議会は、七つの都市国家の微妙な力関係によって成り立っている。

 どこかの都市が利益を得れば、どこかの都市が不利益を被る。

 大陸全体の利益を考えれば、これは仕方のないことだ。

 彼らの不満のはけ口が、仲介役の宮廷魔導士団に向けられるのもやむを得ないことであった。


「そういえば、その後、魔王の様子はどうだ?」


 気の滅入る政治問題はひとまず置いて、カーティスは話題を変えた。


「確か、学校に通っているのではなかったか?」

「その、学校から苦情が来ています」


 そう前置きをしてから、秘書官は報告を始める。


「基礎魔導理論の授業では、教師を質問攻めにして吊るし上げにしたそうです。担任教師は教育者としての自信を無くし、辞表を提出。魔導史の授業では、歴史認識問題について論戦を展開。担当教師を病院送りにしたそうです。体育の授業で行われた模擬戦では、同級生数名を相手に乱闘。やはり、病院送りにしております」

「さすがは魔王、といったところか」


 秘書官の報告に、カーティスは苦笑する。


「入学初日からやってくれる」

「笑い事ではありません。けがを負わされた保護者数名から学校に抗議が来たそうです。教師三名を失い、学校は職員不足に陥っております。幸い、今日から休校となっておりますので授業そのものに問題はないのですが、このままではいずれ授業に支障をきたすこととなるでしょう」


 一方、秘書官は魔王の活躍に不満らしい。

 報告を終えると、秘書官は大きくため息をついた。


「やはり、無理があるのではないですか? このままでは、魔王の素性が世に知られるのも、時間の問題かと」

「それこそが、我々の狙いだよ」


 秘書官の抗議を遮るように、カーティスは言った。


「魔王はエサだ。奴を、ファストウェイをおびき出すための、エサだ。メガデスを釈放すれば、かならず接触してくる。それまでは、魔王陛下にはせいぜい、派手に動いてもらおうではないか」

「しかし、魔王が復活したことが露見しますと、大騒ぎになります。特に大聖母教会に知られるようなことでもなれば……」

「その時はその時だ。それで、ファストウェイの動きはどうだ」

「まだ何も」

「監視は怠るな。いずれ必ず動きがある。祭りには各国の代表が集まる。テロを仕掛ける絶好の機会を、奴が逃すはずがない」

「はい」


 うなずくと、秘書官は予定表に目を落とした。


「つづいて、グーラ代表がお待ちですが……」

「待たせておけ」


 流石のカーティスも、立て続けに特使を相手にする気力はなかった。

 できることなら、自分も祭り見物に出かけて羽を伸ばしたい。


 ●


「休校?」


 職員寮のリビングで朝食をとっていると、クリーデンスはそんな話を始めた。


「そう、今日は休校よ」


 トーストむしりながら、クリーデンスはうなずいた。


「もうすぐ、解放百周年記念式典があるの。それで、準備期間としてしばらくの間、学校はお休みになるの」

「そういうことは、早く言えよ」

 

 コーヒーをすすりながら、クリーデンスをにらみつける。

 道理で今朝は、静かなわけだ。

 他の職員たちは、朝から式典の準備に出向いているらしく、食堂にはクリーデンスとメガデスの二人しかいない。


「わざわざ早起きして、着替えて、学校行く準備を終えてから、そんなこと言われてもよ」

「あはは、ごめんなさい。昨日はいろいろあったから、言うの忘れてた」


 悪びれもせずに、笑ってごまかすクリーデンス。

 なんにしたところで、学校に行かずに済むというのはありがたい話だった。

 昨日、一日で教師三人と生徒二人を病院送りにしてしまった手前、学校に顔を出すのはさすがにはばかられる。

 クリーデンスも、この臨時休暇が楽しみらしく、ニコニコと、ご機嫌な様子だ。


「それでね、外出しない?」

「外出?」

「そう。あたしといっしょに。記念式典の前夜祭に、街ではお祭りがあるの。途中でラオと合流して、三人でお祭り見物に行きましょうよ」

「くだらん」


 にべもなく答える、メガデス。

 戦勝記念日ということつまり、メガデスの王国が崩壊した日という意味だ。

 彼らにとってみれば、魔王を倒した戦勝記念日なのであろうが、メガデスからみれば勇者に敗北した敗戦記念日である。

 魔王の命日を祝う祭りに、魔王みずから赴くなんて馬鹿げた話はない。


「祭りなど興味ないな。バカ騒ぎに浮かれるくらいならば、部屋で本でも読んでいるほうがましだ」

「そんなこと言わないで。行きましょうよ、お祭り」


 気のない様子のメガデスを、それでもクリーデンスはしつこく誘う。


「お祭りだから、街には屋台とか大道芸とか色々出ているんだよ。行ってみればきっと楽しいよ」

「興味ない。行きたきゃお前だけで行けばいいだろう」

「そんなこと無理だよ。だって私、メガデス君の保護観察官だもの。メガデス君を宿舎に一人にしておくわけにはいかないもの」

「要するにお前、俺をダシにして遊びに出かけたいんだろう?」

「うっ!」


 図星だったらしく、露骨にうろたえるクリーデンス。


「俺は行かんぞ。休日だというならば、いろいろとやらなければならんことが山ほどあるからな」

「やらなければならないことって、なに?」

「勉強に決まっているだろう。昨日の授業の復習と、次回の授業に向けて予習をしなければならん」

「……うわ、真面目」

「何が真面目か。学生の本分は勉強にある。経緯はともかく、学生になった以上は真面目に勤めねばなるまい」


 元来、メガデスは研究熱心な気質であった。

 特に魔導の研究については、寝食を忘れるほどに熱中していた。


「大体な、お前たち、どれだけ恵まれた環境にいるのかわかっているのか? いい若者が、働きもせずに、勉強に専心できるのがどれだけ贅沢なことか。昔はな、教育を受けることができるのは金持ちの特権だった。子供でも働かなければいけない貧しい地域もたくさんあったのだぞ。学校には、必要なものがすべてそろっている。設備、本。教師たち。それを活用しないなんて、学習の機会が与えてくれた世の大人たちに申し訳が立たんではないか」

「なんだかメガデスくんって、おっさんくさい」

「どやかましいわ。そもそもだ、魔導というものは危険な代物なのだ。有効に扱えば強大な力になるが、一つ間違えれば自身のみならず、周囲まで巻き込んで破滅しかねない力だ。この力を正当に扱うには、長い修行と研究、日々の鍛錬の積み重ねが必要とされるのだ」

「あー、はいはい。わかった、わかった」


 魔導研究の何たるかを滔々と語って聞かせるが、聞く耳を持たない。

 肩肘ついてトーストをかじるクリーデンスに向かって、さらに説教を続ける。


「昨日の授業のおかげで、近代魔導とやらの程度も分かった。あらためて教科書を読み返したら、魔導公式の記述にいくつか欠陥があることが見つかった。次の授業までに、改善点をレポートにまとめて、提出してやらなければ」

「だからそーゆーの、やめてあげなさいよ。エカテリーナ先生、目茶苦茶ショックを受けていたんだから。放課後、職員室に様子を見に行ったら、泣きながら転職雑誌を読んでいたわよ」

「何を言うか。指導力不足の教師がのうのうと教壇に立っている方がおかしい。生徒の質問に答えることもできず、ただ教科書を暗唱することしかできない教師などクビにしてしまえばいいのだ。せっかくだ、お前の勉強も見てやろうか? お前基礎魔導理論の授業で、赤点とったそうじゃないか」

「いい、休日まで勉強したくないもん」


 ぶんぶんと、首を振るクリーデンスを見て、深いため息をつく。


「これほど言ってわからんのであれば仕方がない。遊びたければ、遊んでいるがいい。後で泣きを見るのはお前なんだからな。だが、俺の魔導研究の邪魔だけはしてくれるな。……と、いうわけで、俺は祭りになんぞいかんぞ。いいな」

「……そっか」


 よほど、祭り見物に行きたかったのだろう。

 クリーデンスは肩を落として、しょんぼりとうつむく。

 残りのトーストを口に放り込みながら、小さくつぶやく。


「今日は大通りで軍用ガーディアンのパレードとかあるのに」

「……なんだと?」

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