第三章 解放記念日~それは、それで楽しい

第22話【閑話】この呼び名、気に入ってんだ

「討伐に成功したそうです」

「……? 何の話だ?」


 手を止めて、振り返る。

 場所は、城内にある魔導研究所。

 前置きもなしに声をかけてきたのは、スカイクラッドであった。


「暴龍の件です。あの若者、勇者ライオットが討伐に成功したようです」

「……ああ」


 言われてようやく、思い出す。

 勇者ライオットに暴龍討伐を命じたのは、かれこれ一か月ほど前のこと。

 魔導研究に没頭していたせいで、すっかり忘れていた。

 元々、暴龍退治など、メガデスにとっては些事であり、大して気に留めていなかった。

 そういえば、そんなこともあったか。

 メガデスにとってみれば、その程度のことであった。


「そうか。あの若造、やりおったか。まあ、なにはともあれ、討伐に成功したことはめでたいことではないか」

「暴龍を倒したことで、民草も落ち着きを取り戻したようです。巷では“龍殺しの勇者ライオット”などと呼び、その武勇を讃えております」

「それはよかったではないか。暴龍騒動からこっち、久しく明るい話題がなかったからな。せいぜい、祭り上げてやればよい。民衆の鬱憤も晴れるだろう」

「よろしいのですか?」

「何がだ?」

「民衆とは、英雄を求めるものでございます。教え導く王でもなく無く、高みより睥睨する神でもない。民衆の側に寄り添い苦楽を共にする、英雄です。このまま人心が勇者に集まれば、いずれメガデス様の治世に仇為すことにでもなりかねないと……」

「バカバカしい」


 忠臣の懸念を、メガデスは一蹴する。


「小僧一人に何ができるというのだ? 私を誰だと思っている。大陸の支配者、王の中の王――上級王だぞ? すでに大陸はわが手中にある。いまさら若造の名声に、嫉妬するほど暗愚ではないぞ」

「支配者であるならば、今一つ、国政にも力を入れて頂きたいものですな、


 厭味ったらしく、スカイクラッドは陛下と呼んだ。

 国王に就任してからというもの、メガデスはこの部屋で魔導研究に没頭していた。

 研究室に引きこもっているメガデスにかわり、政務の一切を取り仕切っているのが、スカイクラッドである。

 面倒を押し付けられたことを、スカイクラッドは恨んでいるらしい。時折こうして研究室に引きこもっているメガデスの下へやってきては、進捗状況の報告ついでに小言を言うのだった。


「統一を成し遂げたとはいえ、世はいまだ混乱の最中にあります。治安の回復。財政の立て直し。山積する問題に、陛下の名は下降しております。研究にかまけて、政をおろそかにしていますと、民の反感を買いますぞ。この隙を狙い、王位簒奪の機会を窺う勢力もおります。最も憂慮すべきは教会勢力です。彼奴らは神の威光を笠に、民衆を扇動し勢力の拡大を画策しております。最近では陛下のことを“魔王”などと呼んでいるそうです」

「魔王か!」


 王は――魔王は、笑った。

 

「魔王メガデス、か。うん、いいな。実に良い。語呂がいいではないか。気に入ったぞ」

「笑い事ではございませんよ、陛下。大聖母教会は神の名のもとに、諸侯らに魔王追討を呼び掛けております。民衆にとって教会は心の支えです。すでに、呼応する諸侯たちもいる様子。このままでは、大陸中を敵に回すことになります」

「かまわん。かまわん。捨て置け」


 にべもなく言い放つと、再び研究に戻る。


「この期に及んで俺に歯向かうだけの気概があるやつがいるのならば、相手をしてやろうではないか。力で獲った玉座であるならば、力でもって制するのが道理というもの。たとえ神が相手であろうとも、この魔王メガデスが倒して見せるわ」


 言いながら、作業を続ける。

 メガデスが現在取り組んでいる研究は、転生の魔導技術である。

 不老不死の研究は、魔導士にとって最大の課題であった。

 記憶転写、肉体再生。

 この魔導式を確立することができれば、永遠の命を手にすることが可能となる。


「お前はくだらんことを考えずともよい。それよりも、遷都の件はどうなった。予定より大分遅れておるようだが、計画の草案はまだできておらんのか?」

「九割方、完成しております。一両日中には、ご報告できるかと」

「急げよ。大陸支配の拠点となるべき王都がいつまでも未完成のままでは、示しがつかん。それこそ、王位を揺るがす事態になりかねん」

「……かしこまりました」


 一礼すると、スカイクラッドは退室する。

 その後ろ姿は、いかにも不服そうであった。


「魔王メガデスと勇者ライオット、か。……面白いではないか」


 誰もいなくなった研究室で、ひとり呟く。


「いつの日か、敵として相まみえる日が来るやもしれん」


 メガデスの不吉な予言は、この後、的中することになる。

 破滅へと向かう運命の歯車は、この時すでに回り始めていた。

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