第21話 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?(9)

 実戦形式とはいえ、戦闘訓練にはきちんとしたルールがあるらしい。

 メガデスとグレンは、グラウンドにひかれた開始線の位置にそれぞれ立つ。

 二人の間は、距離にして約三メートル。

 対峙する二人を、少し離れたところで体育教師が見守っていた。

 その背後には、クリーデンスとラオを含めた生徒たちが控えている。

 攻撃呪文の流れ弾に当たらないように、離れた場所で模擬戦を見学するつもりらしい。

 その見学者たちに向かって、メガデスは告げる。


「それでは、はじめよう。まずは、レッスン・ワン……」


 最後まで言い終わらないうちに、メガデスはうごいた。

 地面を滑るようフットワークで、一足飛びに間合いを詰める。


「……え?」

「とりゃぁ!」


 棒立ちになった少年の顔面に、問答無用で拳を叩きこむ。


「ぶっ!」


 メガデスの奇襲は成功した。

 体重を乗せた渾身の一撃は、少年の鼻骨を粉砕した。

 自慢の魔導杖を使う間もなく、鼻血をたなびかせ、グレンは真後ろに倒れる。

 倒れると同時、グレンの手から魔導杖が転がりおちた。

 魔導杖を拾いながら、メガデスは観客たちに向かって講義を始める。


「魔導戦において重要なのは、いかに相手の魔導を封じるかが主題となる。魔導は呪文を媒介して発動する。魔導を封じるには、相手にしゃべらせなければよい。このように、鼻を砕いてしまえば、正確な発声ができなくなり、結果呪文を唱えることができなくなる」

「……って、ちょっと待てぇぇぇっ!」


 ようやく我に返った体育教師が、絶叫する。


「開始の合図の前に攻撃を仕掛けるのは反則だろうが!?」

「レッスン・ツー。戦闘は先手必勝」


 教師の抗議を遮り、メガデスの講釈は続く。


「常に相手の隙を窺い、機会を逃してはならない。そして奇襲を受けないよう、常に注意に気を払い、備えることが肝要である」

「これは、魔導戦闘の講義だぞ。いきなりぶん殴ってどうする! 魔導関係ないじゃないか!」

「レッスン・スリー。魔導戦闘は臨機応変に対応すべし。魔導は強力な武器であるが、絶対ではない。魔導は思考、呪文詠唱、発動と、効果が出るまでスリーアクションが必要となる。しかし、格闘技の場合、ぶん殴るのワンアクションで足りる。魔導戦闘だからといって、魔導に固執せず、柔軟に対応することが望まれる」

「しかし……」

「レッスン・フォー。実戦にルールなど存在しない。戦闘は勝利してこそ意義がある。敗北者の語る言葉に耳を傾けるものはない。魔導攻撃は一撃必殺。敗北はそのまま死を意味する」

「…………」


 完膚なきまでに論破され、沈黙する体育教師。

 しかし、生徒たちまで黙ってはいなかった。


「この野郎!」


 仲間をやられ、取り巻きたちが一斉に動き出す。

 グレンほどではないが、彼らも立派な魔導杖を持っていた。

 メガデスに向けて構えると、呪文を詠唱する。


「《辺獄:……」

「遅い」


 彼らよりも早く、メガデスは魔導杖を構える。

 グレンから奪った杖を彼らに向けると、先端から呪文が放たれる。

 グレンと同じ――しかし、威力はけた違いの熱光線の呪文が、少年たちの足元に炸裂する。


「ぐっわぁぁぁぁぁっ!!」


 さすがに直撃はさせなかったが、余波だけで充分、彼らを鎮圧することができた。

 グラウンドに着弾した熱光線は、地中で炸裂すると、少年たちごと吹き飛ばした。

 目を回して横たわる少年たちに、再びメガデスは告げる。


「レッスン・ファイブ。魔導の発動において、呪文詠唱は必ずしも不可欠なものではない。魔導戦闘では、煩雑な呪文詠唱をいかに省略するかがポイントとなる。今のは、辺獄の光熱波の呪文を、詠唱なしで発動したものだ」

「そ、そんな。そんな高難度の技術が……」


 教師が唖然とした表情でつぶやく。


「それほど高難度ではないぞ。杖に記録されていた呪文を読み込んで、再生しただけだ。ようは、どれだけ呪文の構文を理解しているかだ。もっとも、呪文を丸暗記しただけのお前らでは無理かもしれんがな」

「何か言っていることが一々、矛盾しているような……」


 ラオの突っ込みを無視して、メガデスは魔導杖をみる。

 たった今使用した魔道杖は、破損していた。

 どうやら、魔導の威力に耐えられなかったらしい。

 水晶は破損し、筒状の本体も喇叭のように変形していた。


「……ふむ。無茶をしすぎたようだな。からくり細工で魔導力を増幅させる装置を組み込んでいるのだろうが、構造が複雑になった分、耐久度が落ちてしまっているな。これではとても戦闘には使えん」


 ポイっと、魔導杖を放り捨てると、グレンの元へと歩みよる。 

 倒れる際に頭を打っていたようだが、意識は失っていなかった。

 とはいえ、立ち上がれるほどには回復していないようで、半身を起こした姿勢で、折れた鼻をおさえていた。


「さて、レッスン・シックス。歯向かうものは皆殺しにすべし」


 身動きの取れないグレンに向かって、告げる。

 その手には、剣が握られていた。

 龍殺しの剣――バウンティー・ブレードを構えると、冷たいまなざしでグレンを見下ろす。


「敵を生かしておけば、後々の禍根を残すことになる。後顧の憂いを断つためにも、とどめは必ずさしておくべし」

「ま、待て!」


 さすがに見かねたのか、教師が止めに入る。


「こ、これは訓練だろう? そんな……」

「そのたかが訓練に。魔具まで持ち込んだのはどこのどいつだ? そして、その使用を許可したのは誰だ?」


 教師の鼻先に、剣を突き付ける。

 鈍色の輝きを放つ剣に、体育教師は動きを止める。


「魔導戦というのは、人の命をやり取りするものだ。その覚悟のないものが、力をふるえばどうなるか。教師の貴様ならば、わからないはずなかろう?」

「…………」


 教師を黙らせたところで、再び剣先をグレンに向けた。


「むーっ! むーっ!!」


 降参だ、と言いたいのだろうが、鼻が折れているために声にならない。

 ゆっくりと剣を掲げ、大上段に構える。


「ちょっと、メガデス君! やめ……」


 気に食わない相手であっても、さすがにやりすぎだと思ったのだろう。

 保護観察官としての職務を思い出した、クリーデンスが止めに入った。

 しかし、それよりも早く、剣は振り下ろされた。

 剣先が肩口を激しく打ち据えると、少年の体はどさりと重い音とともに倒れた。


「きゃあっ!」


 それまで遠巻きに眺めているだけだった生徒達が、悲鳴を上げる。

 宮廷魔導士団とはいえ、まだ訓練生。

 死体を見るのは慣れていないようだ。

 地面に横たわるグレンの体から、一斉に目を背ける。


「……あれ?」


 真っ先に気が付いたのは、クリーデンスだった。

 グレンは生きていた。

 気を失っているようだが、グラウンドに横たわるグレンの体からは、呼吸の気配があった。

 切り裂かれたはずの傷跡はなく、血も流れていない。


「刃がついていないんだ」

「へ?」


 拍子抜けした声を上げるクリーデンスに見えるように、メガデスは剣を掲げる。


「刃がついていないんだよ、この剣は。ジャガイモの皮も剥けない、ナマクラさ。それでも、鉄の塊で殴られればただじゃ済まんだろうな。死にはせんだろうが、鎖骨の一本も折れているだろう」


 そういって、剣を鞘に納める。


「ガキの喧嘩に、本気になるはずないだろう。これはあくまでも訓練だ。なあ、先生?」

「…………」


 体育教師も、言葉を失っていた。

 うなだれる教師に代わって、まわりにいる生徒たちに向けて、告げる。


「以上が魔導戦のレクチャーである。何か質問はあるか?」


 あまりにも高度な魔導戦に理解が追い付いていないようだ。

 生徒たちは皆、目を丸くしたまま固まっていた。

 思えば復活して以来、メガデスの言葉に素直に耳を傾けてくれたのは、これが初めてかもしれない。

 質問がないことを確認して、満足気にうなずく。


「無いようだな。では、これで講義を終了する」

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