第20話 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?(8)
午後の授業は、合同体育の魔導実習である。
準軍事組織である宮廷魔導士団では、戦闘訓練が必須なのだそうだ。
危険な魔導を用いるため、合同体育の授業は屋外で行われる。
学生食堂を出た三人は、グラウンドへと向かった。
「要するにね、私たちはエリートなの」
グラウンドへと向かう道すがら、クリーデンスはそんなことを言ってきた。
自分で言って気恥ずかしくなったのか、クリーデンスは言い直す。
「私たちは、エリートだと思われているの」
「私たち、職員宿舎に住んでいる学生は宮廷魔導士団のスカウトによって招聘された奨学生なのです」
横からラオが補足する。
「学生で職員用宿舎に入れるのは、ごく一部の成績優秀者のみ。授業料も免除されるし、食費や部屋代も無料。さらに月々、手当てが支給されるのです」
「その代わり、宮廷魔導士団としての仕事をこなさなければならないの」
「たとえば、仮釈放中の犯罪者の面倒を見たり、とか?」
たずねると、クリーデンスはうなずいた。
「そもそも、この学校に入ること自体がエリートなんだけれどもね。この学校は、将来、宮廷魔導になるための訓練所なの。厳格な試験を突破して、高い授業料を払っている一般学生から見れば、学費も免除された上に、衣食住の保証もされている私たちは気に入らないってわけ」
「要するに、無能の僻みか」
「だから、そういう言いかたしちゃダメだってば……」
身も蓋もないことを言うメガデスをたしなめると、クリーデンスはため息をついた。
「でもまあ、そういうことなんだけどね。私たち奨学生は、一般学生たちから羨ましがられる一方で、煙たがられているの。さっきの食堂であったみたいに、何かにつけて因縁を吹っ掛けてくる生徒もいるのよ」
「特に、あなたみたいな、元犯罪者なんて真っ先に狙われるというわけです」
と、ラオが言った。
「だから、おとなしくしてって言ったのに……」
「なるほど、そういうことか」
なんとなく、メガデスはこの学校のヒエラルキーを理解した。
能力によって序列をつけるのは、どんな組織でも見られることだった。
特に魔導という特殊な力を行使する魔導士たちは、何事にも優劣をつけたがる傾向が強い。
「つまり、お前たちの人間関係が原因で、俺にとばっちりが来たってわけか」
「お前たちじゃなくて、ほぼ、クリーデンスさんのせいです」
一緒くたにされるのが不本意だったのか、口をとがらせラオが抗議する。
「グレンが絡んでくるのは、前の授業でクリーデンスさんが、あいつのことをボコボコにしたからでしょう」
「ボコボコ?」
「そう。格闘訓練で、顔の形が変わるまで殴り続けたんです。そのせいで、グレンは一週間の病院送りになりました」
「……ひでぇ」
ドン引きするメガデスに、慌てて言い訳を始めるクリーデンス。
「だって、相手は武器を持っていたんだよ。あたしは素手だったのに」
「鉄パイプ持って襲い掛かる相手と、正面から殴り合うとか……。クリーデンスさんは、魔導は苦手なくせに、体力だけはあるんですよね。無駄に頑丈だし」
「無駄に頑丈って……」
「とにかく、あいつらがこのままおとなしくしているとは思えません」
落ち込むクリーデンスを放っておいて、ラオが話を続ける。
「さっきの口ぶりだと、この授業で何か仕掛けてくるに違いないでしょう。前回の反省から、直接クリーデンスさんを狙ってくるとは思えません。狙うとしたらメガデスさん、あなたです」
「そういうことか。オーケー。気をつける」
そんなことを話しているうちに、実習が行われるグラウンドについた。
学校のグラウンドは、この時代では一般的な運動場であった。
陸上競技用のトラックの中は、フットボール用のコートがあり、ゴールポストもたてられている。
魔導実習は、トラックの脇にあるスペースで行われる。
実習上には、すでに生徒たちが数人、待機していた。
その中に、食堂で見かけた少年たちの姿を見つけた。
グレンとケイン、そしてその取り巻きたち。
どうやら授業に備えて練習をしているらしく、グレンは円形が描かれた的に向かって杖を構えている。
「《辺獄:303‐5567》!」
呪文詠唱と共に、杖の先端から熱光線が放たれる。
的に命中した熱光線は、目標を完全に破壊
「すっげー!」
「どうだよ。最新モデルの魔導杖だぜ」
取り巻きたちが見守る中、グレンは手にした杖を得意げに掲げて見せる。
この時代の魔導杖は、メガデスの知っている、木を削っただけの杖とは、随分と形状が違う。
本体は金属製、先端には水晶がはめ込まれている。
おそらく、コネクターと同様の機械的に魔力を高める装置が内蔵されているのだろう。
見た目よりも軽量らしく、グレンは軽々と振り回していた。
おもちゃのように杖を振り回すグレンの姿に、クリーデンスがつぶやく。
「あいつら、また新しい武器を買ってきたんだ……」
「また?」
「グレンのお父さんは貿易商なの。すっごいお金持ちで、金にあかして、次から次へと新しい魔具をグレンに買い与えているの。ズルいよね」
「べつにズルくはないだろう。良い道具を手に入れるのも、魔導士の力量をしめす証だ」
「でも、あたしは魔導武器なんて持っていないもん。公務じゃなければ、魔導銃も使えないし」
不満そうに口を尖らす、クリーデンス。
「同じ学校に通って、同じ授業を受けているんだから、能力にそれほどの格差はないはずでしょう? 能力が同じならば、強力な魔具を手にした魔導士が、より強力な魔導をあつかえるわけで。そうなると、強力な魔具を買えるお金持ちの家の子が有利になるじゃない。……ほら、やっぱりズルじゃない」
「同じ学校に通って、同じ授業を受けていても、能力が同じになるとは限らんぞ。ラオみたいに優秀な奴もいれば、お前みたいな落ちこぼれもいる」
「落ちこぼれじゃないもん!」
「クリーデンスさんは、落ちこぼれじゃありません」
抗議するクリーデンスに、横からラオが援護する。
「ただ、努力することが苦手で、怠けることが大好きなだけです」
「そういうのを落ちこぼれって言うんじゃねぇか?」
「うええええええぇんっ!」
クリーデンスが泣き出したところで、グラウンドの向こうから体育教師が姿を現した。
「全員集合!」
号令と共に、生徒たちは一斉に教師の下へと駆け寄る。
体育担当の教師は見るからに、運動家といった見た目の男だった。
筋肉質な体格に、ジャージの上下。
短く刈り込んだ髪型で、首からホイッスルをぶら下げていた。
「これより魔導実習を行う。諸君らは将来、宮廷魔導士団の一員として、大陸の正義と平和のための礎となるべき人材である。危険な職務に赴くためには、戦闘訓練は必須である。特に、魔導テロが頻発している昨今、学生とはいえ身を守る術を体得しておくべきである」
大きな声で訓示を垂れる。
メガデスはこういった人種が苦手だった。
知性の感じられない体力馬鹿は、近くにいるだけで疲れる。
「今日は予定を変更して、模擬戦を執り行う。転入生!」
「俺のことか?」
「そうだ。お前のことだ、メガデス」
答えると、体育教師はつかつかとメガデスの下へ歩み寄ってきた。
息が届く距離まで顔を近づけると、威嚇するようにこちらをにらみつける。
「お前の話は聞いている。転入初日から、随分とご活躍のようだな? 魔王様」
基礎魔導理論と魔導史の授業のことを言っているのだろう。
二教科続けて騒ぎを起こせば、さすがに職員室で話題になる。
この教師はどうやら、メガデスのことをとびっきりの問題児だと認識しているようだ。
「魔導の知識は相当なものらしいな。しかし、魔導戦についてはどうだ? いやしくも魔王の名を名乗るくらいなのだから、相当なものなのだろう?」
「まあな」
体育教師に向けて、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「大した自信だな。いいだろう、それが過信でないことを見せてもらおうか。……グレン!」
「はい!」
「お前が相手をしてやれ。」
「はい!!」
体育教師と少年は、意味ありげな視線をかわし、笑う。
(なるほどな、根回しはすでに完了済ってか……)
どうやら、罠にはめられたらしい。
おそらくは、あのケントとかいう若造の差し金なのだろう。
生意気な新入生に灸を据えてやりたい教師と、食堂での報復をしたい悪ガキどもの、利害が一致したわけだ。
「ルールは実戦形式で行う。相手が動けなくなるか、降参したら終了だ。なお、武器の使用は自由とする」
「ちょっと待ってください! 先生!」
慌てた様子で、クリーデンスが教師に詰め寄った。
「いきなり戦闘訓練なんて、無謀すぎます! 彼は入学したばかりなんですよ?」
「だからこそ、彼の実力を知る必要があるのだろうが。新入生と親睦を深めるためにもちょうどいい」
「私は彼の保護観察官です。彼に危険が及ぶような授業は、認めることはできません」
「だったら、なおさらだな。保護観察中の身でありながら、授業妨害を繰り返すなど言語道断。ましてや、魔王の名を口にするなど、更生している様子は微塵も感じられないではないか」
「……うっ」
「彼には自分の立場を徹底的に思い知らせる必要がある。この学校は、宮廷魔導士団の訓練所だ。教育としての体罰が認められている。知っているな?」
「…………」
「あまり出しゃばったマネはするな。クリーデンス魔導官。職員待遇だからといって、教師に意見できる立場だと思うな。出過ぎた真似をすると、お前も懲罰の対象になるぞ」
「俺は、かまわねぇぞ」
論破され、口ごもるクリーデンスに、メガデスが声をかける。
「でも、メガデス君……」
「そんなに心配することはないだろう。これはただの訓練だ。魔導戦闘の訓練。……なあ、先生?」
「ああ。もちろんだ」
にやけた顔で、体育教師がうなずいた。
その表情から、絶対に訓練程度で終わらせるつもりがないことは明らかだった。
メガデスも、かつては何人かの魔導士を指導したことがあるからわかる。
聞き分けの無い生徒をしつけるには、暴力に訴えるのが一番手っ取り早い。
放置しておけば、教師としての立場を失うことになりかねない。
「ほら。先生もこう言っているじゃないか。別に殺しあうわけじゃない」
「でも、今度は魔導武器の使用も可能なんだよ。見たでしょ? さっきの威力」
「武器なら俺も持っているぞ、ホレ」
そういって、腰の剣を叩いて見せる。
「飛び道具相手に接近戦武器持ち出してどうすんのよ! 近づく前にやられちゃうよ」
「大丈夫だって心配するな。このくらいのハンデ、どうってことない。それに……」
グレンを振り向く。
すでに勝ったつもりでいるらしい。
グラウンドに立ち、余裕の表情で模擬戦が始まるのを待ち構えていた。
「いい機会だ。お前に、本物の魔導戦というものをレクチャーしてやろう」
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