第19話 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?(7)
その後、魔導史の授業は休講になった。
メガデスと史学教師の議論は白熱を極め、激高した老教師が卒倒したためである。
授業が中止になったことで、しかし生徒たちの大半は喜んでいた。
もともと、魔導史の授業は人気がないうえに生徒たちの評判も悪かった。
偏った思想とバカ高い教科書を押し付ける史学教師は、大方の生徒たちからも嫌われていた。
教室から担架で運び出される老教師を、生徒たちは小躍りして見送った。
嫌われ者の教師を病院送りにしたメガデスは、一部の生徒からは称賛すらされた。
授業がつぶれたことで、生徒たちは一足早く昼休みに入った。
メガデスたちは校内にある、学生食堂へと向かう。
学生食堂には、魔導史の授業を受けていた生徒たちが独占していた。
学生食堂の食事はビュッフェ形式である。
軽食とスープ。
デザートに新鮮な果物まで用意してある。
昨晩の宿舎の料理同様、なかなかに豪勢なメニューである。
「よかったねー今日は空いていて」
「そうですね。いつもだったら、人気のメニューはすぐなくなっちゃいますものね」
学生食堂で一番人気のメニュー、フルーツカクテルを口にしながら、和やかに食事を続ける二人の横で、メガデスは昼食にも手を付けず、魔導史の教科書に目を通していた。
「……なんだこれは」
クリーデンスから借りた教科書に一通り目を通して、うめく。
あまりにも強く握りしめていたので、クリーデンスから借りた教科書には、皺が寄っていた。
ケインズ教授の書いた魔導史の教科書には、魔王に対する罵詈雑言で埋め尽くされていた。
曰く、魔王メガデスは殺人を好み、その残虐性を満たすため、捕虜に対して非道な人体実験を繰り返していた。
曰く、魔王メガデスは妊婦の腹を切り裂き、槍で赤子を串刺しにした。
曰く、魔王メガデスは若さを保つため、毎晩、コップ一杯の処女の生き血をすすっていた。
曰く、魔王メガデスは遺体を使って石鹸と釘を作っていた――等々。
「はじめっから終わりまで、全部根も葉もない嘘ばっかじゃねぇか。よくもまあ、ここまででたらめ書けるもんだな。あの教授、歴史学者じゃなくて歴史小説家なんじゃねぇか?」
「それはだって、メガデスといえば悪人の代名詞だもの」
激昂するメガデスをなだめるように、のんきな声でクリーデンスが答える。
「悪政を敷いて、大陸中を戦争に巻き込んだ世紀の大悪人だもん。批判されて当然でしょう」
「しかし、『ポストが赤いのは、魔王が郵便配達夫を殺害して生首を投函したことにちなむ』って、いくら何でも無茶苦茶だろ……」
ひとしきり叫んだおかげで、幾分落ち着きを取り戻した
教科書をテーブルに放り投げると、メガデスも昼食に取り掛かった。
「いずれにせよ、メガデスといえば世紀の大悪人であることは疑いようがない事実です」
メガデスに向かって、不機嫌な様子でラオが言った。
「メガデスの行った教会焼き討ちは、史実として記録にも残っている、許しがたい宗教弾圧です。無抵抗の神のしもべたちを対象とした虐殺行為は、けっして許されることではありません」
「あれはだって、あのクソババァが……」
「おい、そこどけ」
と、横から高圧的な声が割り込んできた。
「そこは俺たちの席だ、どけ」
そういったのは、背の高い少年だった。
制服を着ているところから見て、この学校の生徒であることは間違いない。
背後には、仲間と思しき少年たちが数人、控えていた。
高圧的にこちらを見下ろす姿からみて、どうやらこの少年たちは、喧嘩を売っているらしいとメガデスは悟った。
ドスを効かせた声でこちらを威嚇しているつもりなのだろうが、幾多の戦場を潜り抜けたメガデスにとっては、子犬が吠えている程度にしか感じられない。
「あ、ごめんなさ……」
素直に席を空けようと、立ち上がるクリーデンスを、手首をつかみ引き留める。
「メガデスくん?」
「悪いが、まだ食事中だ」
そう言うと、少年に見せつけるようにオニオンスープを一口すする。
「他にも席はある。よそに行け」
悠々と食事を続けるその姿は、少年の神経を逆なでしたようだ。
メガデスの挑発に、少年はあっさり引っかかってきた。
「うるせぇ! オレが退けと言ったら、退くんだよ!!」
吠えると同時、テーブルめがけて手を振るった。
彼の振るった右手がトレーを捉える寸前、
ひょい、と持ち上げる。
「…………え?」
目標を捕えそこなった少年の腕が、テーブルの上を通り過ぎる。
無様に腕を振りぬいた姿勢で、少年は硬直する。
「食い物を粗末にするな。もったいない」
そういうと、トレーの上からクラッカーをつかみ上げる。
サクサクと音を立てて食べて見せると、周囲からクスクスと笑い声があがった。
生徒達の目の前で、盛大な空振りを見せた少年は、羞恥心と怒りで、顔が真っ赤になった。
「やろう!」
再びトレーを叩き落そうと手をふるう。
それを、再びメガデスはひょい、とかわす。
力はあるようだが、体の使い方が全くなっていない。
それなりの戦闘訓練を受けているらしいが、間合いの取り方も、体さばきもまだまだ未熟だ。
「この!」
攻撃をかわしながらも食事を続けるメガデスに、完全に頭に血が上ったらしい。
少年はとうとう、直接攻撃に切り替えた。
メガデスの腹めがけて、キックを放つ。
前蹴りを放とうと足を持ち上げた瞬間を狙って、メガデスはトレーを投げつけた。
「ぐわっ!」
幸いなことに、トレーの上にある食事はすべて平らげた後だった。
顔面にトレーをくらい、少年はもんどりうって倒れる。
「メシを食っている所で暴れんな、埃が立つ」
一部始終を見ていた食堂の学生たちから、どっという笑い声が沸き上がる。
座ったまま、食事をしつつ一方的に相手を叩きのめす様は、はたから見れば喧嘩というよりもコントのようなものだった。
トレーを頭からかぶり、無様に倒れる少年を、ギャラリーたちは遠慮なく笑いものにした。
「……この野郎!」
乱暴にトレーを払いのけると、少年は立ち上がる。
食堂に響き渡る笑い声は、少年の自尊心を完膚なきまでに打ち砕いたようだ。
完全に自分を見失っているらしく、目の色が変わっている。
さすがにこれ以上、遊び半分で相手をするわけにはいかないようだ。
本格的なケンカに備え、立ち上がろうとしたところで、
「もうよせ。グレン!」
それまで後ろで見ていた仲間の男が止めに入る。
さっきまでの脳筋と違い、いくらか話の分かる男らしい。
グレン、と呼ばれた少年の肩を抑え、落ち着かせようと説得を始めた。
「止めるんじゃねぇ、ケント! 今日という今日は、こいつらに思い知らせてやる!!」
「やるなとは言っていない。場所をわきまえろと言っているんだ。こんな人目のあるところで暴れたりして、また停学食らいたいのか?」
「でもよ……」
「ここでこいつらを叩きのめしたって、どうにもならないだろう。相手は寮住まいの優等生だ。騒ぎになれば、教師たちはみんなこいつらの味方する」
「……クソッ! ご機嫌取りどもが」
口惜し気に歯噛みすると、こちらをにらみつけた。
その視線は、さっきまで戦っていたメガデスではなく、後ろにいるクリーデンスに向けられていた。
「心配しなくても機会はある。午後の授業は、魔導実習だろう? いいか……」
顔を近づけ、ケントがなにやら耳打ちすると、
「……そうか、成程」
グレンと呼ばれた少年は、納得したようにうなずいた。
すると、怒りの形相から一転、グレンはいやらしい笑みを浮かべて、その場を引きさがる。
入れ違いに、ケントと呼ばれた少年が、メガデスに話しかけてきた。
「迷惑をかけたな、君」
「ああ。別に気にしてねぇよ」
穏やかな口調で語り掛ける。
グレンと違い、この少年は幾分、理知的に見える。
だからと言って、性質がよいとは限らないが。
「魔導史の授業での、君の活躍は拝見させてもらったよ。メガデス、と名乗っているそうだね?」
「ああ」
「質問していいかな。なぜ君は魔王の名前を名乗っているのだい? その名前の意味を、知らないわけじゃないだろう?」
「それが俺の名前だからさ」
きっぱりと、メガデスは答える。
「誰が何と言おうと、メガデスは俺の名だ。その名に向けられた賞賛も、非難も、すべて俺のものだ」
「そうか。……なら仕方ない」
その答えは、少年の満足のいくものだったらしい。
うなずくと、ケントはその場を立ち去った。
その後を、グレンと取り巻きたちの少年が続く。
「食いすぎるんじゃねぇぞ。グラウンドに反吐をぶちまけられたら、後始末が大変だ」
脅し文句のつもりなのだろうか。
捨て台詞を残すと、グレンは仲間たちと連れ立って学食から出て行った。
少年たちを見送り、メガデスはふりかえる。
「おい、クリーデンス。これがもしかして、お前の言っていた“いじめ”、とかいうやつか?」
「え? ええ、まあ、そうかな……」
「意外と穏便じゃないか。期待して損した」
「……何を期待していたの?」
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