第18話 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?(6)
「授業を始める」
愛想のかけらもなく、授業は始まった。
魔導史の担当教師は初老の男だった。
白髪に痩せぎす。
神経質な顔立ちは、クリーデンスの言った通り、見るからに厳格そうであった。
よほど生徒達に恐れられているらしく、生徒たちは皆、真剣な表情で教師の声に耳を傾けていた。
「今日の授業で取り上げるのは、戦前から戦後に至るまでの変遷について解説する。近代魔導の成立を賢者スカイクラッドの業績と絡めて説明してゆく。この学校の創設者であり、魔導史に偉大なる足跡を残した大賢者の理念を学ぶことは意義のあることである。今回の授業は、期末テストの範囲内であるからして、生徒諸君は皆、心して傾注するように」
水を打ったように静まり返った教室に、老教師の声が朗々と響き渡る。
当初の予定通り、老教師の講義をメガデスは右から左へと聞き流す。
一言も聞き漏らすまいと、講義に傾注している学生たちの中で、メガデス一人が窓の外に目を向けていた。
「そもそも、この建物は、魔王メガデスがここスペルディアに遷都する際の仮住まいとして建てられたものである。大陸統一の覇業を成し遂げた直後、王国は深刻な人材不足に直面していた。広大な大陸を支配するには、魔王一人の力では手に余る。そのため、魔王は王国の中枢を担う幹部を育成すべく、国中から優秀な魔導士を招聘し、弟子として育成することを考えた。その中の一人が、後に大賢者と呼ばれ、宮廷魔導士団の創設に尽力したスカイクラッド師である」
学校の中庭には、初夏の青空に戯れる小鳥の姿があった。
渡り鳥だろうか、小鳥たちを見ていると心が和む。
「彼はその時から傑出した魔導士であった。招聘されて程なくしてスカイクラッド師は、魔王メガデスの高弟として、また側近として瞬く間に頭角を現すことになる。メガデスの指導の下、スカイクラッド師は弟子として魔導を学ぶと同時、助手としてこの敷地内で多くの研究に携わっていたという。やがてスカイクラッド師はスペルディア都市計画のすべてを一任されるまでに至った」
飾り窓越しに見る中庭の風景は、一枚の絵画のように見えた。
緑豊かな中庭の向こう側には、ひときわ高くそびえ立つ尖塔が見える
内陸にあるスペルディアは、今が最も心地よく過ごせる季節であった。
こんな日に教室に閉じこもっているのは、なんだか損をしているような気分になる。
「都市計画の際、スカイクラッド師が提案したのが魔導供給網“バスケット・アイ”であった。このシステムは、都市そのものを魔導陣として機能させ、無限の魔導力を抽出するという、当時にしてみれば壮大かつ画期的魔導技術であった。“バスケット・アイ”の導入により、魔導技術は大きく発展することになる。魔導力自動車や鉄道といった、交通網。魔導力通信による通信網。その他、医療、工業、農業。あらゆる産業に魔導が用いられ、今日ではだれもが皆、魔導の力の恩恵を受けることができるようになったのである」
視線を下に向けると、中庭を歩く生徒たちの姿が見えた。
休み時間を利用法は様々だ。
次の授業に備え、ベンチで本を読む者、芝生で寝転び、日向ぼっこをする者。
肩を寄せ合う男女は、恋人同士だろうか?
青春を謳歌する若者たちの姿は、見ていて微笑ましい。
「人類の進歩と発展を約束するこの計画は、皮肉にも二人の師弟関係に決定的な亀裂を作り上げる切欠となった。スカイクラッド師がこの計画を提案したのは、より多くの人々に、魔導という神秘の力を還元するという、崇高な志に基づくものであった。しかし、それは魔王の思い描く支配体制大きく揺るがすものであった。魔導の独占を目論む、あるいは若き才能に対する嫉妬心燃やす卑小な魔王は、この画期的な発明を闇に葬り去ろうとした。卑劣な魔王はスカイクラッド師を破門。王国からの追放を命じたのである」
「……ちょっと待てや! コルァァッ!!」
席から立ち上がると同時、教壇に向かってメガデスは絶叫した。
「その後、野に下ったスカイクラッド師は、勇者ライオットと共に反乱軍を結成。魔王に反旗を……。何だね、君は?」
佳境に入った講義を邪魔され、魔導史教師はうるさそうにメガデスに目をやる。
「黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって! 誰が卑小だ? いつ俺が、あのバカ弟子に嫉妬したっていうんだ!?」
「ちょっと、メガデスくん落ち着いて!」
横からクリーデンスが止めに入る。
袖をつかみ、力ずくで席に座らせようとするが、メガデスは従わなかった。
「メガデス? ……ああ、君か。魔王の名を騙る奇妙な転入生というのは」
いきり立つメガデスに、魔導史教師は小ばかにするように鼻を鳴らした。
「エカテリーナ教諭から話は聞いている。なんでも、仮釈放中の罪人だそうじゃないか。魔導の知識だけはあるようだが、基礎課程の授業を妨害しただけでなく、私の研究成果にまで文句をつけるつもりかね?」
「なーにが研究成果だ! まるで見てきたように大嘘並べやがって! 大体お前、百年前は生まれてねぇだろうが! 卑小だの、卑劣だの、会ったこともない人間のことを悪し様に語ってんじゃねぇ!!」
「当事者でなくとも歴史を語ることはできる。歴史研究にとって必要なのは、想像力だ。残された資料を基に、独自の推論を加えることによって、歴史研究は完成するのだ!」
「歴史学者が想像力に頼ってんじゃねぇよ! 推論を加えている時点で、お前の主観が入り混じっているじゃねぇか! 人様を非難するなら、物的証拠を見せろ、証拠を!!」
「残念だが、当時の記録は残されていない。魔王メガデスに関する資料の多くは、先の解放戦争における戦禍によって焼失している。これはつまり、卑劣な魔王が自分に不利な証拠は抹消したという証! 即ち、証拠が残っていないことこそが、証拠だといえる」
「なんだその無茶苦茶な理屈は! てめえも学者なら、客観的事実と物証でもって議論しやがれ!」
「これだから、苦労知らずの学生は! 事実をありのままに伝えただけでは、世間の耳目を集めることはできんのだ。研究費を稼ぐためには、大衆の興味を引くようなインパクトのある研究をせねばならん」
「結局金じゃねぇか! それが学者のすることか! 教育は教師たちの小遣い稼ぎなのためにあるんじゃねぇぞ!!」
「教師だって生活しなきゃならんのだ! 理想だけじゃ、腹は膨れんわい!!」
「もうやめてよ、二人とも!」
クリーデンスの制止に耳を貸さず、生徒と教師の不毛な罵り合いはしばらく続いた。
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