第17話 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?(5)

 次の科目は魔導史の授業である。

 クリーデンスによると、この科目は全学年共通の必修授業なのだそうだ。

 必然として生徒数が多くなるため、授業は大教室で行われることになる。

 休み時間を利用して、メガデスとクリーデンスは南棟にある大教室へと移動した。

 授業開始までにまだ間があるにもかかわらず、大教室は席の半分近くが埋まっていた。

 教壇を見下ろすように、階段状にしつらえた席は、どこの席についても見やすいように設計されていた。

 大きな飾り窓と、採光用に天井には大きな天窓があり、息苦しさは感じられない。

 この教室でも、クリーデンスは隣に腰かけていた。


「……良くないと思うの、ああいうの」


 階段状の席の一角に腰を落ち着けると同時、メガデスに向かってこんなことを話しかけてきた。


「ああいうのって、何が?」

「先生を質問責めにして、困らせることよ!」


 どうやら、お小言を言っているつもりらしい。

 人差し指を立てて、眉を吊り上げるが、あまり怖くない。


「なんであんなことをするのよ? 教科書に書いていないような難しい質問をしてさ。そんなのただの嫌がらせじゃない」

「嫌がらせなどしていない。ただ、間違いを指摘しただけじゃないか。彼女は魔導構文の解釈において重要な間違いを犯している。間違いは、その場で正さなくてはならない。そのための授業じゃないか」

「先生が間違ったこと教えるわけないじゃない」


 信頼する先生を馬鹿にされて、クリーデンスはいよいよ怒り出した。


「ここは宮廷魔導士団直轄の、魔導士養成学校なんだよ。先生たちはみんな、宮廷魔導士団で働く現役の魔導士なんだから。そのなかでもエカテリーナ先生は、開発部門で働いているとても優秀な研究者なんだよ」

「どんな偉い先生だって間違えることはあるし、知らないことだってある。そもそも学問とは、既成の概念を疑うことから始まるんだ。教師の言うことを聞いて、教科書の内容を丸暗記しただけでは、学問とは呼べないだろうが」

「そんなだからメガデス君はひねくれているんだね」

「なにおう!」


 などと言い争っていると、二人の下へ女子生徒がやってきた。


「誰が、ひねくれているっていうんですか?」

「ああ、ラオ」


 同じ宿舎のラオである。

 昨日と同じく、だぶついた制服姿の胸元に、大聖母教会の聖印が揺れていた。

 クリーデンスを挟んで、メガデスの反対側の席に腰掛けた。


「次の授業、ラオもここなんだ?」

「ええ。魔導史の授業は、全学年共通の必修授業ですから」

「そうだね。一緒の授業だなんて、なんか久しぶりだね」


 仲良く並んで談笑する二人に、メガデスはふと気づく。


「ところで、一つ聞きたいんだが?」

「な、何?」


 たずねると、クリーデンスはおびえるようにのけぞった。


「言っとくけど、授業のことなら答えられないよ。あたし、基礎魔導理論の授業は赤点だったんだから」

「そんなことは聞かねぇよ。授業とは関係のない、個人的な質問だ。お前、ラオより年上だよな」

「うん。そうだよ。三つ年上」

「さっきの基礎課程の授業に、ラオはいなかったよな?」

「私はすでに、基礎課程の授業は履修し終えています」


 答えたのは、クリーデンスを挟んで向こう側のラオだった。


「今は上級魔導課程に進んでいます。基礎魔導理論の授業を今更、受ける必要はありません」

「そうなのか、それはいいんだが……クリーデンス。年上のお前が、なんで基礎課程の授業を受けているんだ?」

「えっと……」


 途端に歯切れが悪くなる。

 代わりに答えたのは、ラオであった。


「クリーデンスさんは、基礎課程を履修し終えていません。だから、下級生に交じって授業を受けているのです」

「やっぱり、そうなのか……」


 納得したようにメガデスはうなずいた。


「妙だと思っていたんだ。さっきの授業でも、教室にいた生徒たちはみんなお前よりも年下に見えたからな」

「うっ!」


 恥ずかし気にうつむくクリーデンスに、ふと思いついたことをたずねる。


「もしかしてお前、バカなのか?」

「いや。そんな、真顔で訊かれると、傷つくんだけど……」

「クリーデンスさんはバカじゃありません」


 いじけるクリーデンスを、横からラオが助け舟を出す。


「ただ、ちょっと物覚えが悪くて、要領が悪いだけです」

「そういうのをバカって言うんじゃねぇのか?」

「バカじゃないもん!」


 などと言っているうちに、始業のベルが鳴った。

 同時に大教室に次々と生徒たちが駆け込んできた。

 席の大方が埋まったところで、魔導史担当の教師がやってきた。

 壇上に登る教師を眺めていると、横からクリーデンスがささやいた。


「今度はさっきみたいのは、ダメだからね」

「さっきみたいな?」

「質問責めにして先生を困らせること」

「だから、別に俺は困らせるために質問しているわけじゃ……」

「と、に、か、く、おとなしくしていること。この授業のケインズ先生はものすっごく厳しいんだから。怒らせるととっても怖いのよ」

「わかったよ」


 なんにせよ、おとなしくしているに越したことはないというわけだ。

 メガデスとしても、好き好んでもめ事を起こしたいわけではない。

 よくよく考えてみたら、まじめに授業を受ける必要なんてないのだ。

 未熟な教師たちの授業なぞ、うわの空で右から左に聞き流しておけばいい。

 なんなら、机に突っ伏して居眠りしたってかまわない。

 そんなことをすればクリーデンスに怒られるだろうが。

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