第15話 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?(3)

 校舎に入ると、二人は職員室へと向かった。

 校舎の内部は、メガデスが住んでいたころと大きく変わっていなかった。

 市街区にあるような近代建築にはない、ほどよく古びていて趣が感じられる。

 長い廊下を歩き、やがて二人は職員室へ到着した。

 すでに授業が始まっているらしく、職員室に残っているのは数人の教師だけだった。

 そのうちの一人の下へ、クリーデンスはメガデスを連れて行った。

 

「エカテリーナ先生、彼が転校生の、……ええと、メープルシロップ君です」

「いや、なんでその名前選んだし!」

「……ええと、この書類ではメガデスってなっているんだけれど」


 書類を見ながら、エカテリーナと呼ばれた女教師は怪訝な表情を浮かべる。


「それは略称です。フルネームはメープルシロップ・ガトー・デ・スィーツ、っていうんです」

「長ぇよ! なんだよ、その露骨に嘘くさい名前は!」

「ああ、そういうことなのね。初めまして、メープルシロップ君。担任のカトリーヌです」

「あんたも信じるなよ!」


 メガデスの抗議を、エカテリーナはあっさり無視する。

 あらためて、担任の女教師を見る。

 まず驚いたのは、その若さである。

 外見をみるに、二十代そこそこ。魔導によって外見を変えているようには見えないので、おそらくは見た目通りの年齢なのだろう。

 一般に、魔導士の実力は年齢に比例すると考えられている。

 魔導の習得には、長い年月が必要とされ、必然として年齢の高い者がより多くの術を行使することが可能となる。

 この若さで教鞭をとるとは、このエカテリーナが傑出した魔導士なのか、それとも単にこの学校のレベルが低いのか。

 疑惑のまなざしで見つめるメガデスに、エカテリーナは柔らかく微笑んで見せた。


「あなたがこの学校に入学するまでの、大まかな経緯については聞いています。犯罪歴があるそうね?」

「ええ、まあ」

「団長が後見人なんて、よほどの重罪を犯したようね。……そう、わかりました」


 経緯、というのはつまり、メガデスが犯罪者で、仮釈放中の身分であることを言っているのだろう。

 質問を終えると、おもむろに女教師は説教を始めた。


「あなたがこれまで、どんな人生を歩んできたかは、深く詮索したりはしません」


 教会の聴罪師のように、瞳に慈愛をたたえ、優しくメガデスに語り掛ける。


「あなたは罪を犯しましたが、刑期を終えることによってそれを償いました。だからと言って、あなたが罪を犯したという事実は消えてなくなるわけではありません。再び同じ罪を犯さないためにも、あなたはその罪を一生背負って生きていかなければならないのです」

「……はあ」

「罪を悔いる気持ちも重要ですが、それにこだわっていてはいけません。重要なのは、犯した罪を悔い改め、これからの人生をどう生きるかです。あなたがこうして学校に通えるのは、多くの人々の支援によって成り立っているのです。その人々の期待を、くれぐれも裏切るようなことはしてはいけません」

「……どうも」


 多分、いいことを言っているのだろうが、メガデスの心には全く響かない。

 そもそも、メガデスに罪の意識なんてものはない。

 ありがたい訓示は、右から左へときれいさっぱり聞き流していた。

 そんなメガデスの心中を知らず、

 ひとしきり説教をすると、エカテリーナは再び書類に目を向けた。


「メープルシロップ君は、どこで魔導を学んでいたのかしら?」

「どこ?」

「学校です。学歴の欄が空欄になっているけど、あなたは一応、魔導士なのよね。宮廷魔導士団に囚われていたわけだから、何らかの魔導犯罪を、犯したわけでしょう? つまり、魔導を使えるのよね?」

「……まあ、そこそこ、には」


 実際にはそこそこ、どころではないのだが、あえて言葉を濁した。


「普通の学校に通っていなかったとしても、魔導士としての教育は受けていたはずよね。それとも、どこかの魔導士の弟子だったのかしら?」

「独学だ」

「え?」

「独学だ。自分で覚えた」

「いや、でもそんなこと……。それでも誰か、先生はいたわけでしょう? 魔導の基礎理論を教えてくれるような……」

「特に誰に師事したということはないな。独学で過去の文献を分析したり、他の魔導士たちと交流していくうちに、自然と覚えた。そもそも、俺の暮らしていた時代……、もとい、場所では、魔導士を養成する学校なんてものは無かったからな。魔導を覚えるには、自分で研究して一から作り出すか、さもなくば他の魔導士を殺して魔導書を奪うかしかない」

「そんな、百年前じゃあるまいし、野蛮な……」


 信じられない、といった表情を浮かべるエカテリーナ。

 事実、メガデスのいた時代は大陸史において暗黒時代と呼ばれる野蛮な時代であった。

 そもそも、百年前は文字の読み書きすらできない人間がほとんどで、魔導学校どころかまともな学校すらなかった。


「つまり、メガデスくんは……」


 唖然とするエカテリーナの横から、クリーデンスが口をはさむ。


「学校もないような田舎で暮らしていたんだね」

「違ぇよ!」


 すかさず否定するメガデスの横で、エカテリーナがうなずく。


「ああ、なるほど田舎者なのね」

「だから、違ぇよ! ……ってか、あんた、なんでこいつの言うこと一々真に受けるんだよ! 少しは疑えよ!!」

「道理でこの辺では聞かない珍妙な名前をしているわけね。ええと、犯罪歴のある、田舎者と……」

「なんかすっごい、感じ悪いな! あんた!!」


 経歴書の備考欄に何やら書き込んでから、メガデスに向き直る。


「まあ、安心して頂戴。ここでは、魔導の基本から学んでもらいます。あなたが言語も通わぬ未開地域に住んでいた蛮人だったとしても、人並みの社会生活を送れる程度には教育してみせます」

「……とてつもなく上から目線でいわれて、かえって不安になるんだがな?」

「幸い、私の担任は基礎魔導理論です。魔導の基礎から、実用レベルまで手取り足取り教えてあげます。わからないことがあったら、何でも聞いてくださいね」

「……ってか、あんたが俺の話を聞けよ」


 抗議は、やっぱり無視された。

 机から教科書と出席簿を取り上げると、カトリーヌは立ち上がった。


「それでは、メープルシロップ……なんちゃら君。教室に行きましょう。クラスメート達にあなたを紹介します」


 紹介する、と言っておきながら、当のエカテリーナ教諭は名前を憶えていないようだ。

 まあ、長ったらしくも恥ずかしい偽名を教室でさらされるよりかはいいだろうと、あえて詮索はしなかった。


「大丈夫、みんないい子たちばかりだから。共に魔導を学ぶ者同士、すぐに仲良くなれるはずよ」

「最初の授業は私も同じ教室よ。安心して」


 ガッツポーズで請け合うクリーデンスを、横目でにらみつける。


「むしろ、お前と一緒のほうが不安なんだがな」


 出会ってからもうすぐ丸一日経とうとしているが、全く何の役にも立っていないことに当の本人だけが気が付いていなかった。


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