第14話 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?(2)
首都スペルディアのはずれ。
職員寮からほど近い場所に、宮廷魔導士団付属魔導学院はあった。
ここは元々、魔王メガデスの別邸として建てられた屋敷である。
戦後になると宮廷魔導士団がこの屋敷を接収し、新人職員たちのための訓練校として活用していた。
その屋敷の門前。
今は魔導学院の校門の前に立ち、メガデスはつぶやいた。
「……帰りてぇ」
校門の脇には、かつてのこの屋敷の主であるメガデスの彫像があった。
登校する生徒たちを見下ろすように佇む彫像の、首から上は切り落されていた。
おそらく見せしめとして、そのまま残しているのだろう。
自らの首なし像を見上げ、メガデスはふたたび独り言ちる。
「……帰りてぇーっ!!」
「いまさら、何言ってんの」
子どものように駄々をこねるメガデスに、あきれた様子でクリーデンスが言った。
「初登校の日から、そんなんでどうするの。ほら、ちゃんと制服を着なさい」
メガデスは、用意された制服を着ていた。
魔導学院の制服は、宮廷魔導士団と共通である。
元々が軍服のせいか、窮屈で着心地はひどく悪い。
そのため、メガデスは制服を派手に着崩していた。
シャツの裾は外に出し、前ボタンはすべて外し、ネクタイを緩めて――はたから見れば、立派な不良学制である。
「ほら、ネクタイちゃんと締めて、ボタンもきちんと上までかけて……」
「いいよ。そんなにきつくしたら、苦しいじゃねぇえか」
抵抗するメガデスを押さえつけ、クリーデンスは乱れた制服を直し始める。
この少女、見た目からは想像できないほどに力がある。
ネクタイを締め上げ、ボタンをはめて――クリーデンスは子供を着せ替えるように、身なりを正してゆく。
「うちの学校は、校則が厳しいのよ。なにしろ宮廷魔導士団付属の魔導学校だもの。軍隊や警察と同じ。ボタンひとつはずしただけで、刑務所送りになることだってあるんだからね」
「校則と言えば、これはいいのか?」
そういうと、ベルトに手をやる。
腰のベルトには武器を下げておくのにちょうどいい金具が取り付けられていた。
そこに、メガデスは剣を差していた。
勇者の剣、バウンティー・ブレードがメガデスにとって唯一の私有財産である。
何かあってはと思い、持ってきてしまったのだが、
「さすがに、学校に武器を持ち込むのはまずいんじゃねぇか?」
「武器の持ち込みはオッケーなの。なにしろ宮廷魔導士団付属の魔導学校だもん。軍隊や警察と同じ」
「……厳しいのか、おおらかなのか。よくわからん校風だな」
一通り制服いじくりまわしてから、クリーデンスは満足そうにうなずいた。
「これでよし、と。さ、行きましょう。遅刻しちゃうよ」
「……って引っ張るなよ!」
クリーデンスに手を引かれ、メガデスは校門をくぐった。
後者へと向かう道を、引きずられるように歩きながら、メガデスはぶつぶつと不満を口にする。
「なんで俺が、学校なんぞに通わなきゃならんのだ?」
「だって君、まだ義務教育期間中じゃない」
クリーデンスは当然のように答える。
「書類では十五歳ってなっていたよ。普通だったら学校に通わなくちゃいけない年齢じゃない」
「義務教育、ねえ……」
その辺の事情は、昨晩、クリーデンスから聞かされていた。
彼女のいうことには恐ろしいことに、今の時代は教育が義務化されていて、十五歳までの未成年は強制的に学校に通わされることが法律によって義務化されているのだそうだ。
読み書きや算術など、基礎的な教養を学ばせると同時、集団的に行動させることによって社会生活の模擬演習をさせる、というのが目的らしい。
国民の知的水準を上昇させることは、労働力の質の向上につながり、ひいては国力の増加につながるということなのだろう。
理屈はわかるが、どうにも回りくどいやり方に思える。
国民は馬鹿なくらいが何かとあつかいやすいものだ。
愚民に余計な知恵を与えたところで、ろくでもないことにしかならないということを、メガデスは百年前の経験で知っていた。
「いままで少年院にいて、まともに学校にも通っていないんでしょう? いい機会じゃない。学校で社会人としての一般常識を学びなおしなさい」
「いまさら学校で教わることなんてねぇよ。俺は一人でもやっていけるし、魔導だって扱える」
「ここに来る人は大抵、同じようなことを言うのよね」
ぶつくさと文句を言うと、クリーデンスはしみじみとうなずいた。
「魔導犯罪に手を染める人って、一般常識に乏しいんだよね。特に、若くして魔導士になった人って、ろくな社会経験もなく精神的に未熟だから、簡単に犯罪に走るんだよね。そういった魔導犯罪者を更生させるにはまず、学校という団体生活を通して社会人としての一般常識を学ぶ必要があるんだよ。うん」
知った風な口を叩く、クリーデンス。
妙にたどたどしい口ぶりから察するに、何かの本の受け売りに違いない。
こういった偉そうな態度が一々、メガデスの癇に障る。
「手続きやなんやかんやは、事務の人達がやっといてくれたみたい。何しろ、保護者がカーティス団長だもんね。学費とかも全部、宮廷魔導士団で面倒見てくれるから心配しなくていいよ。それと、注意しておくけど、キミの名前なんだけど……」
「名前? 俺の名前がどうした?」
「メガデスって名前。クラスのみんなに自己紹介する前に、なにか別の名前を考えておかなくちゃ」
そう言うと、クリーデンスは顎に人差し指を当て、考えるようなそぶりを見せた。
「どんな名前がいいかな? なるべくかわいくて親しみやすい名前がいいよね。ブラマンジェ。チュロス。シュトーレン……」
「なんだよ、その甘ったるそうな名前は?」
「可愛くていいじゃない。お菓子の名前だったら、きっとみんなに好かれるよ」
「なんで一々、偽名を用意しなくちゃならんのだ? いいじゃねぇか、メガデスで」
「だって、メガデスだよ。魔王と同じ名前だなんて、絶対いじめられるよ」
「なんだその、いじめ、というのは? 名前がおかしいってだけで、虐待されるのか?」
「そうだよ。学校生活っていうのはね、何よりも協調性が重視される場所なの。人より目立つようなことや、同じことができない人は、すぐにいじめの対象になって、排除されちゃうんだから」
「それはいじめをする側に問題があるんじゃねぇか? なんで虐待される側が、する側に気を使わなきゃならないんだよ」
「そういう屁理屈はいいの!」
「屁理屈かなぁ。正論だと思うんだが……」
「とにかく、余計なトラブルに巻き込まれるようなことは極力避けてちょうだい。いい?」
「……了解」
強く念を押され、不承不承うなずくメガデス。
どうも、学校というのはひどく物騒なところらしい。
登校前からちょっと、不安になってきた。
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