第13話 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?(1)

「それでは、超遠距離攻撃術式『テンペスト』のご説明をします」


 そう前置きして、技術長の説明が始まった。

 宮廷魔導士団総本部。

 グラウンド・ゼロ内部にある会議室では、定例の報告会が行われていた。

 議題は、技術部が開発した新兵器の報告だった。

 技術部長は幻影魔導で設計図を投影しながら、自ら新兵器の開発を始めた。


「グラウンド・ゼロにある管制室から《奈落:211》術式を起動。次元斥力場を生成します。生成した術式を“バスケット・アイ”を経由し、増幅。目標を原子レベルで崩壊させ、空間ごと消し去ります。さらに、都市内部にある監視網と魔導管制システム“スカイクラッド”と同期させます。これにより精密砲撃が可能となり、対象を外科的に処置することができます。有効射程距離は、現時点で都市内部全域。効果範囲は、半径約100mから1㎞まで設定が可能。誤差は10%前後におさまりますので命中精度はほぼ100%と言っていいでしょう。無論、テストをしておりませんので試算ですが」


 ここまで一息に説明すると、技術部長はこちらを振り向いた。


「おおよその概要ついては以上です。何か質問はありますか?」

「いや、特にない」


 専門用語の羅列にめまいを起こしそうになりながら、カーティスは報告を遮った。


「ご苦労だった技術部長。ほかに報告すべきことがないのならば、これで終わりにするが?」

「特には。ただ、事前にお渡ししました資料に記載していた問題点についても、改善されておりません。この術式の最大の欠点は、魔力消費量が膨大だということです。一発撃ったら再充填に約三十時間。これには、メンテナンスの時間は含まれておりませんので、実際にはもっとかかるでしょう」

「それは大した問題ではない。テンペストは一撃必殺の兵器。二発目を撃つことなどありえん」


 最後に、一言付け加える。


「二発目が必要な時――その時は、我々ベナンダンディの敗北する時だ」


 ●


 報告を終え、技術部長が退出すると、

 カーティスは疲れたようにうなだれた。


「……しかし、なんだな」


 隣にいる、秘書官に向かって話しかける。


「大量破壊兵器の詳細など、朝から聞きたい内容ではないな」

「しかたがありません」


 にこりともせず、秘書官は答える。


「他にも処理しなければならない仕事は山積しております。気の滅入る案件を後回しにしたところで、結局疲れるだけです」

「他にもまだ、あるのかね? その、気の滅入る案件とやらが」

「法務部から、例の件で報告が来ております」


 そう言うと、秘書官は一枚のファイルを差し出した。


「……早速、やらかしてくれたようだな」


 ファイルに目を通し、カーティスは苦笑する。

 例の件、とは、先日釈放したメガデスについてである。

 ファイルには、釈放されてからのメガデスの行動が詳細に記されていた。


「出所直後に銀行強盗三人を相手に大立ち回り。さすがというか、やはりというか……」

「いささかやりすぎたかと。捕えた三人のうち、二人は重症です」

「死人は出ておらんのだろう? ならば、問題はあるまい」

「問題は、魔導を使ったところにあります。一般人を相手に魔導を使用することは大陸法に違反します。即刻、保釈を取り消し、再収監すべきかと……」

「つまらぬことを言うな」


 ファイルを放り投げ、カーティスは言った。


「犯罪者を捕えるなんて、市民の鑑ではないか。むしろ、感謝状を与えねばならんくらいだ」

「銀行強盗達が雇った弁護士が、訴えると騒いでおります。いかがいたしますか?」

「放っておけ。どうせ、たいした弁護士じゃない。まともな弁護士が雇えるならば、銀行強盗などしないだろう」

「もう一つ、目撃情報によりますと、グラウンド・ゼロを出た直後、魔王は保護観察官と共に上空に飛び立ったそうです。逃亡を試みたのではないでしょうか?」

「高度を上げただけだろう? 都市外への逃亡を試みたわけではないし、保護観察官と一緒だったのならば問題なかろう。このくらいは大目に見ろ」

「承知しました」


 うなずきながらも、秘書官は不服そうな表情をうかべる。


「少しばかり甘すぎるのではありませんか? 相手は魔王と呼ばれた男。ただの犯罪者ではありません。くれぐれも、注意したほうがよろしいかと」

「別に甘くしているわけではない。そのために監視もつけている。何が不満だ?」

「その、監視が問題なのです。見習い職員の小娘に到底、任務を果たせるとは思えません」

「仕方がないだろう。ほかに適任者がいないのだから」


 解放記念日を数日後に控え、宮廷魔導士団の職務は多忙を極めていた。

 どこの部署も人手不足であり、余計な仕事に人手を割く余裕はない。

 

「監視役の見習い職員――クリーデンスと言ったか? 彼女以外に手が空いている職員がいなかったのだから仕方があるまい。それに、誰が担当したところで、監視役など務まるはずがあるまい。相手は歴史上、最強の魔導士と呼ばれた魔王メガデスだぞ。その気になれば、この街を灰にしてでも逃げ出すだろうさ」


 自分で言って、あらためて事態の深刻さを思い知らされた。

 一都市を灰にできるほどの魔導士が、大手を振るって表を歩いている。

 その明確な事実に、一人の魔導士としてカーティスもまた恐怖を覚える。

 それでも、やらなければならない。

 なぜなら、それが必要なことだからだ


「それで、魔王たちは今、どうしているのだ?」


 たずねると、秘書官は時計を見た。

 時計の針は、午前八時を数分すぎたあたりを指していた。


「……指示通り、入学手続きをしておきました。いまごろは、学校に向かっているところでしょう」

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