第二章 魔王、学校へ行く~何を学べというんだ?

第12話 【閑話】気に食わん奴だった

 初めて会った時から、気に食わない奴だった。

 

 二人が出会った当時、メガデスは魔王ではなく、ただの王であった。

 そして、ライオットもまた、勇者ではなく辺境に住むただの農民だった。


 戦乱に揺れる大陸を平定し、統一王朝を打ち上げたメガデスは、国民に期待を一身に受け、将来を嘱望される王であった。

 建国間もない多忙な時期、メガデスの頭を悩ます難題が持ち上がる。

 王国内に突如、一匹の龍が出現し、領内の村々を襲い始めたのである。

 龍とはいえ、トカゲ一匹。

 王の力をもってすれば倒すことは造作もないが、問題は暴竜の活動地域が大陸の全域におよんでいるところにある。

 戦乱の熱がようやく冷め始めた現在、大規模な派兵は国内の各勢力を刺激し、再び戦乱の火種になりかねない。

 かといって、メガデス自ら赴き、龍退治をするわけにもいかない。

 今や、メガデスは大陸を支配する統一王朝の主である。

 軽々しく動いては、王の沽券にかかわる。

 くだらないことだが、王の権威が失墜することは統治するうえで非常にまずい事態であった。

 どうしたものかと思案しているところに、一人の青年が暴龍退治に名乗りを上げた。

 

 ●


 後に魔王城と呼ばれるダーク・パレスの謁見の間だった。

 金剛石の玉座に腰掛け、メガデスは青年の姿を見下ろした。

 癖のある金髪、意志の強そうな目鼻立ち。自ら暴龍討伐に名乗りを上げるだけあって、ふてぶてしい面構えをしている。

 青年は長身で肉好きの良い体の上から、みすぼらしい野良着を羽織っていた。

 どこからどう見ても、ただの百姓姿の若者に、メガデスはたずねる。

 

「名は?」

「ライオット」


 王の問いに、愛想のかけらもなく青年は答える。

 大陸を統一した上級王を前にして、まったく物怖じする気配がない。

 度胸があるのか、はたまた唯の礼儀知らずなのか――そういう意味では、その頃から勇者の片鱗は感じられた。


「なぜ龍退治に名乗りを上げた?」

「あなたがやらないから」


 王の問いに、間髪入れずに答える。

 そのあまりにも毅然とした態度が、また気に食わない。


「あなたには戦いの経験がある。強大な魔導を操ることもできる。兵隊も持っている。なのに、何もしない。王なのに、何もしようともしない」


 大陸支配の証。

 金剛石の玉座に腰掛ける王に向かって、若者は怖気ることなく批判する。

 そういう態度の一つ一つが、いちいち気に食わない。


「民を救うのが王の務めのはず。そのあなたがやらないというのならば、私が代わりにやりましょう」

「では、お前ならあの暴龍を倒せるというのか? 見たところ、お前はただの百姓のようだ。武芸の心得があるのか?」

「いいえ」

「魔導に通じているのか?」

「いいえ」

「では、兵を雇う財があるというのか? それとも、龍を倒す必勝の策があるとでもいうのか?」

「ありません」

「では、どうやって龍を退治する? ただの辺境の百姓が、どうしてこの王と王国に力になれるというのだ」

「私があなたの力になるのではない。あなたが私に力を貸すのだ。王よ」


 すかさず、ライオットは反論する。


「あなたには力がある。知恵もある。それを私にお貸しください。必ずや龍を倒して御覧に入れましょう」


 王を非難した挙句、図々しくも力を貸せという。

 つくづく、気に食わない。

 が、おもしろい。

 上級王(ブレトワルダ)となって以来、メガデスの周りに集まってくるのは、権力のおこぼれにありつこうと媚びへつらうものばかり。

 うわべばかりの阿諛追従に辟易していたところに、この若造の挑発はむしろ心地よい。

 

「バウンティー・ブレードを、これに」

「……は」


 命じると、それまで傍らにいる影のように控えていた従者が動いた。

 魔導士であることを示すローブ姿の従者は、玉座の王に向かって、恭しく一振りの剣を差し出した。

 毛氈にくるまれた、細身の長剣。

 柄は長く、両手で扱えるようになっている。

 刀身には、魔導文字が刻まれていた。

 差し出された剣に向けて、メガデスが手をかざした。

 すると、従者の手から剣が浮かび上がる。

 滑るように宙を舞うと、剣は若者の眼前で止まった。

 眼前に突き付けられた剣先を、ライオットは微動だにせず見つめる。

 少しはおびえて見せれば可愛げがあるものの、度胸だけはあるらしい。


「その剣を貴様に授けよう。さあ手に取るがよい」


 躊躇うことなく、若者は剣をつかんだ。

 柄ではなく、刃を。

 彼の五指が、鈍色の刃を固く握りしめる。

 これが普通の剣ならば、指ごと切り落とされてしまうのだろうが、


「……?」

「そうだ、その剣に刃はない」


 怪訝な表情で、手中の剣を見つめる若者に、メガデスは笑った。


「その剣は、採魂の剣。バウンティー・ブレードだ。望むものすべてを切り裂き、望まぬものは草木一本傷つけることはかなわない」

「……っ!」


 それまで空中で静止していた剣が突如、動いた。

 刃引きされているとはいえ、研がれた鉄片。

 掌の皮一枚ぐらいならば、摩擦で切り裂くことはできる。

 ライオットの手の内から逃れた剣は、再び宙を舞う。

 その鈍色の剣先に、紅色の鮮血がこびりついているのを見て、メガデスは満足げに笑みを浮かべた。


「それでよし」


 つぶやくと、メガデスはようやく魔導の軛から解放する。

 放物線を描いて落下する剣を、ライオットはつかみ取る。

 両手で柄を握ると、刀身をまじまじと見つめる。


「貴様の血を受け、その剣は貴様の体の一部となった。これで貴様以外に、その剣を扱えるものはいない」


 うなずくと、ライオットはその場で素振りをしてみせた。

 まるで鍬を振り下ろすような、ぎこちない振り方だ。

 武芸の心得などない、明らかに素人の素振りだ。


「その剣でもって見事、暴龍を討ち取って見せろ。狙うのは、心臓だ。いかな暴龍とはいえ、その剣で心臓を貫けばひとたまりもあるまい。できるか?」

「やりましょう」


 メガデスの問いに、若者は静かにうなずいた。

 つくづく生意気な男だった。

 暴龍が相手では近づくことすら難しいだろうに、本気で倒して見せるつもりらしい。

 踵を返すとライオットは、礼も言わず立ち去ろうとする。


「見事、龍を倒すことが出来た暁には、褒美をくれてやる」


 その背中に向けて、メガデスが声をかける。


「何が欲しいか考えておくがいい。財も地位も名誉も、思いのままだ」

「いりません」


 振り返りもせずに、言い返す。


「褒美が欲しくて戦う訳ではありません」

「では、貴様は何のために戦う?」

「人を助けるのに理由など必要ないでしょう」


 それだけ言い残すと、若者は立ち去った。

 若者の後ろ姿を見送ると、メガデスは吐き捨てる。


「つまらない男だ」


 それが、若者に抱いたメガデスの率直な感想であった。

 清廉潔白も、過ぎれば嫌味にしか見えない。

 首尾よく龍を倒すことができれば、配下に加えてやろうとも思っていたが、やめた。

 欲のない人間ほど、扱いづらいものはない。


「よろしいのですか、陛下?」


 ライオットが立ち去ったところで、それまで無言を貫いていた従者が口を開いた。

 メガデスの一番弟子にして腹心の部下、魔導士スカイクラッドである。

 この当時、スカイクラッドもまた、賢者ではなく、一介の魔導士であり、また王国の重臣であった。

 

「暴龍退治という大役、あのような若造に任せてしまって」

「かまわん」


 腹心の部下の忠言を、メガデスは一蹴する。


「とまれかくまれ、一応対策は講じたのだ。これで、政治的な体面を取り繕うことはできるだろうよ。首尾よく彼奴が暴龍を倒したならばそれで良し。倒せなければ……」

「責を負うのは、あの若者だけ。……なるほど、妙手ですな」

「そういうことだ」


 顔を見合わせ、二人は笑った。

 メガデスにとってみれば、暴龍退治など退屈しのぎの座興に過ぎない。

 倒されるのが、暴龍であろうと小生意気な若造であろうと、無聊の慰めになればそれでよい。


「国中に触れを出せ。王の名において命ずる。暴龍討伐を……」


 少し考えてから、続ける。


「暴龍討伐を、勇者、ライオットに命じる」

「勇者、ですか?」

「そう、勇者だ。一応は、王命だからな。あの若造にも、しかるべき称号が必要だ」


 勇者ライオット。

 その場の思い付きで作った称号であったが、不思議としっくりとくる。


「いくらなんでも龍退治を命じておいて、ナマクラの剣一本、持たせて放り出すというわけにはいくまいよ。宿の手配、道案内、情報提供、その他諸々。彼の者が龍退治を無事果たせるように便宜を図るよう、諸侯たちに伝えろ」

「はっ!」


 一礼すると、スカイクラッドは退出した。

 一人きりになった謁見の間で、メガデスは深々と玉座に座り込む。

 誰もいなくなった部屋で、メガデスはひとり言ちる。


「……さて、勇者ライオット。お手並み拝見と行こうか」

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