第11話 魔王復活~誰も信じない(10)
食事時にはまだ早い時間であったにも関わらず、食堂には職員たちであふれかえっていた。
食事を終えたら再び仕事に向かうのだろう、みんな制服を着用したままだ。
車を置いてきたクラウディアも合流して、メガデスたち五人は食卓に着いた。
夕食のメニューは、エビが入った海産物のスープ。焼いた鶏。それに、青野菜のサラダとパンが添えられていた。
テーブルに並んだ色とりどりの皿を、メガデスは凝視する。
「どうしたの? メガデスくん」
夕食に手を付けようとしないメガデスに、クリーデンスが声をかける。
「もしかして、ベジタリアンだった?」
「いや、そんなことはないが……」
何の変哲もない夕食であっても、その社会の文化レベルがうかがい知ることができる。
例えば、エビをはじめとする海産物の入ったスープ。
大陸中央、内陸に位置するこの都市は、海から最も遠い場所だ。
傷みやすいエビを新鮮なままこの都市まで運んでくるには、安定した物流網が存在する証であり、食文化が豊かであることを示している。
主菜の鶏も、同じことがいえる。
百年前、メガデスがいた時代では鶏は卵を産んでくれる貴重品であった。
鶏肉のソテーなど、祭りの時でもなければ食べられないものだ。
そして、料理から立ち上る、食欲をそそる香り。
これは、塩をはじめとする調味料をふんだんに使用していることを表している。
「お前たちはいつもこんな豪勢な食事を食べているのか?」
「豪勢? 普通だと思うけど?」
スープに口をつけながら、こたえるクリーデンス。
「そりゃあ、刑務所の飯に比べれば、どんな料理だってごちそうでしょうよ」
笑いながらクラウディアは、新聞片手に料理をつついていた。
パンを一口かじっては、新聞をめくる。
「お行儀悪いですよ、クラウディアさん」
「ちょっと気になる記事があってね。……これだ」
ラオにたしなめられても、クラウディアは改めるそぶりも見せなかった。
ようやく目当ての記事を見つけたらしく、皆に見えるようテーブルに新聞を広げた。
「……こいつのせいで、警備部は大騒ぎさ。まったく、飯食っている暇もありゃしない」
差し出された新聞を、メガデスはのぞき込む。
一面の見出しに『ファストウェイから声明文』という見出しの後に、記事が続く。
『本日正午。宮廷魔導士団ベナンダンディは、連続魔導テロ事件の主犯“ファストウェイ”から、声明文が届いたことを明らかにした。声明文は、レポート用紙百枚を超える量であり、内容は、これまで公表されたものと同一であるとされている』
紙面に一通り目を通し、メガデスはたずねる。
「この、ファストウェイっていうのは、何者なんだ?」
「魔王信者です」
メガデスの問いに、どことなく不機嫌な様子で答える、ラオ。
「魔王信者?」
「魔王メガデスの復活を目論むテロリストさ」
後を継いでこたえたのは、ケイトだった。
「近代魔導文明を否定し、魔導士のあるべき姿を取り戻すべきだと主張して、魔導力を使用した公共施設に対して破壊活動を行っているの。このあいだは、魔導力発電所を破壊してくれやがった。そのせいで、今でも都市全域に灯火管制がかけられてんの。まったく、不便だったらありゃしない」
「宮廷魔導士団が総力を挙げて捜索しているんだが、いまだに正体すらつかめない」
と、ぼやくケイトに、クラウディアが忌々し気に続く。
「ファストウェイの要求は二つ、魔導力供給網“バスケット・アイ”の停止と、魔王メガデスの釈放だ」
「……釈放」
複雑な表情のメガデスに気が付かず、クラウディアは説明を続ける。
「全くバカげた話さ。交通管制網や電気、ガス、水道といった各種インフラは、すべてバスケット・アイによって運用されている。停止なんかできるはずがない。それに、百年も前に死んだ魔王をどうやって釈放しろっていうのよ」
「伝説では、肉体は滅びたけれど、魔王の魂は聖剣バウンティ・ブレードに封じ込められているっていう話です」
あきれたように言うクラウディアに、ラオが付け加える。
「肉体を再生し、封じられた魂を開放することができれば、かの魔王はこの世に復活することが可能だと言われて……」
そこで、四人は一斉にメガデスに視線を向けた。
女たちの話を聞き流しながら、メガデスは黙々と食事を続けていた。
その傍らには、テーブルに立てかけられている剣があった。
メガデスと剣。二つを交互に見つめる。
『…………』
「……? なんだ、お前ら」
意味ありげな視線に気が付いたメガデスがたずねると、四人は一斉に目をそらす。
「……まさかね」
「……まさかな」
「……ありえません」
「……ないない」
首を振ると、四人は再び食事に戻った。
●
「ここがメガデスくんの部屋だよ」
食事が終わった後、メガデスは部屋に案内された。
メガデスにあてがわれた部屋は、宿舎の二階。
階段を上ってすぐの部屋だった。
「階段のすぐそばだから、朝はちょっと騒がしくなるけど、がまんしてね。まあ、早起きすれば問題ないけど」
と、前置きしてから部屋に入る。
部屋の中は暗かった。
ドアの近くのスイッチを押すと、天井の照明がついた。
「……ほう」
用意された部屋は、ワンルーム。
室内には、ベッドやクローゼット。小さな本棚。書き物ができる小さなライティングデスクと折り畳み椅子もある。
独身者用の部屋らしく、狭苦しいが生活に必要最小限のものはすべてそろっている、そんな部屋だった。
部屋の中に入ると、クリーデンスは窓へと向かった。
白一色の味気ないカーテンを引きながら、メガデスに向けて部屋に関する色々を説明する。
「パジャマはクローゼットの中に、タオルとかは下にある引き出しに入っているから。お風呂に入るときに使ってね」
「風呂? 風呂まであるのか?」
「ええ。時間帯によって、女性用と男性用で分けられているから、気をつけてね」
食事に風呂に、ふかふかのベッド。
小うるさい付き人さえいなければ、申し分のない生活である。
「洗面用具とか歯ブラシとかは後で管理人さんの所にいって受け取りに行くとして。……あ、制服が届いているね」
そういうと、クリーデンスはベッドの上に近づいた。
ベッドの上には、一着のスーツカバーが置いてあった。
ファスナーを下すと、中から制服が出てきた。
クリーデンスたちが着ているのと同じ、宮廷魔導士団であることを示す濃紺色の制服。
「サイズはあっていると思うけど。裾直しとかしなければならないかもだから、あとで袖を通しておいてね」
そう言うと、メガデスの体の上に制服を当てて見せた。
あつらえたようなピッタリのサイズに、メガデスは怪訝な表情をうかべる。
「……? なんで俺が、その制服を着なくちゃならないんだよ?」
「だって、メガデスくん。明日から学校に通わなくちゃいけないんでしょう? 制服着ないとだめじゃない」
「学校?」
「そう、学校」
当然のように、クリーデンスはうなずいた。
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