第10話 魔王復活~誰も信じない(9)

 なにはともあれ、強盗事件は無事――ではないが、とりあえず解決した。

 回転灯の付いた車――パトカーと言うらしい、に乗せられて銀行強盗達は、本部に連行されていった。

 もっとも逮捕された銀行強盗三名の内、メガデスにやられた二名は重症であったため、そのまま病院へ搬送された。

 現場に残されたメガデスとクリーデンスは、現場にいた魔導官から事情聴取を受けていた。


「……で、あんたは何やってんの。クリーデンス?」


 担当の魔導官は二十代前半の女だった。

 細身の長身。

 背中まで届く長い黒髪。

 なかなか整った顔をしていたが、仏頂面がせっかくの美人を台無しにしていた。

 この女性魔導官はどうやら、クリーデンスと顔見知りらしい。

 大方の事情を聴き終えると、女性魔導官はクリーデンスに向かって説教を始めた。


「あんた、任務中だったんじゃないの? それがなぜ、銀行なんかにいるの」

「ちょっと、いろいろあって……」


 言い訳をすると、クリーデンスは恨みがましそうな視線でメガデスの方を見た。


「ラオから連絡があったぞ。いつまでたっても宿舎に帰って来ないって。遅れるんなら、せめて連絡くらい入れな」

「……はい」

「どんなことがあろうと、常に連絡は怠らない。宮廷魔導士団の基本でしょ。あんたも現場に出るようになったんなら、最低限のことは覚えておきなさい」

「……すみません」


 先輩魔導士からの叱責に、しょんぼりとうなだれる。

 ひとしきり説教を終えると、今度はメガデスの方に向き直った。


「それで、この子があんたの担当する保護観察対象?」

「この子、って……」


 子ども扱いされてむくれるメガデスを見た。

 ボロボロのローブを着た少年の姿は、だれの目から見ても不審人物であった。

 銃で武装した銀行強盗三人を瞬く間に倒した相手ならば、不審に思うのも無理もない。

 女性魔導官は、詰問口調でメガデスにたずねる。


「仮釈放中だそうね。名前は?」

「メガデス」


 高圧的な態度に、思わず本名で答える。


「あん?」

「メガデスだ」

「メガデスって……」

 

 助けを求めるように、クリーデンスを見ると、彼女は苦笑を浮かべた。


「ちょっと、変わった子なんです」

「ああ、なるほど。変人なのか」

「ちょっと待て、なんでそれで納得する!」


 変人呼ばわりに、思わず突っ込みを入れるメガデス。


「なんなんだ、この無礼な女は!?」

「この人はクラウディアさん。警邏隊所属で、私の先輩なの」

「よろしく」


 ぞんざいなしぐさで、片手をあげる。

 大雑把な性格らしく、彼女の目からはメガデスに対する不信はすでに消えていた。

 何はともあれ、メガデスの不審は払拭されたようだった。

 長い髪をかき上げると、二人に向かって告げる。


「まあいい。事情聴取はこの辺にしておこう。報告書は明日、あたしが出しておくとして……クリーデンス、あんたはこれからどうするの?」

「メガデスくんと寮に帰るところです」

「そうか。ちょうど、あたしも勤務時間が終わるところだ。宿舎に帰るから、ついでに乗せてってやるよ」


 そういうと、クラウディアは停車している一台のパトカーを指さした。


 ●


「うわあ! 速いはやーい! ぶーぶーはやーい!」


 初めて乗る車に、メガデスはすっかり興奮していた。

 子どものように車窓にへばりつき、外の景色を眺める。


「すごいものだな、この自動車というものは。まさしく魔導工学の結晶だ! これが百台ほどあれば、わが軍も反乱軍なぞに遅れはとらなかったものを……」

「わかったから! 落ち着いて。メガデスくん。ちゃんとシートに座りなさい」


 隣に座ったクリーデンスに襟首をつかまれて、しぶしぶシートに座りなおす。

 しかし、興味はすぐに運転席のクラウディアに向かった。


「その丸っこい輪っかで、この車を運転しているのか」

「……丸っこいって、ハンドルのこと? ああ、そうだよ」


 面倒くさそうに応えながら、クラウディアは運転を続ける。

 後部座席から身を乗り出し、車を操るクラウディアの動きを観察する


「ほうほう。なるほどなるほど。そのハンドルを回すことで左右の動きを、そして、足元のペダルで加速と減速を制御するのだな。そのレバーはなんだ? シフトチェンジ? なるほど、これで速度を調整するのだな。実に、コンパクトでシンプルなシステムだ。よし、大体仕組みは理解できたぞ。俺に運転を変われ」

「バカを言うな。あんた、免許持っていないでしょ? 仮釈放中に無免許運転なんかしたら、刑務所に逆戻りよ」

「いーじゃん、ちょっとくらい!」

「バカ! 離しなさい! 危ないでしょうが!!」


 ●


「すごいものだな、自動車というものは。あっという間に目的地についてしまった」

「メガデスくんが騒がなければ、もっと早く着いたんだけどね……」


 結局、宿舎についたのは日暮れ前になってしまった。

 非難めいたまなざしを向けるクリーデンスを放っておいて、あらためて自分の寝泊まりする宿舎を眺める。


「……ここが、俺の住む場所か?」

「そうよ」


 宿舎所は、スペルディアのはずれ、都市の外延部にある。

 中心部と違い、この辺の建物は低層住宅ばかりである。

 三階建ての集合住宅。

 飾り気のない外観は、いかにもお役所の用意した建物といった感じだった。


「ここは宮廷魔導士団の職員寮なの。通常の魔導犯罪者の場合は、専用の宿舎が用意されるんだけど、メガデスくんは未成年だから、特別待遇としてここに住んでもらいます」

「ふん。まあいいだろう」


 元々、メガデスは贅沢が嫌いな性分だった。

 住む場所についても、雨露しのげればそれで満足であった。

 しばらくの間厄介になるであろう仮住まいを眺めていると、宿舎の中から一人の少女が出てきた。

 どうやら、クリーデンスと顔見知りらしく、二人を見つけるとこちらに向かって駆け寄ってきた。


「……クリーデンスさん」

「ラオ。ただいま!」

「おかえりなさい、クリーデンスさん。……どうしたんですか、こんな時間まで心配したんですよ。朝に出てったっきり、連絡がなかったから」

「あはは、ちょっといろいろあってね。……あ、メガデスくん。紹介するね。この子はラオ」


 話を逸らすつもりなのか、クリーデンスは慌てた様子で少女を紹介する。


「わたしと同じ、宮廷魔導士団の魔導士よ」

「まだ見習いですけど」


 と、付け加える、ラオ。

 あらためて、彼女の姿を観察する。

 黒髪を短く揃えた、小柄な少女だった。

 メガデスの外見年齢と同じくらい――15歳ぐらいだろうか。

 小柄な体格のせいで、宮廷魔導士団の制服の袖がだぶついていた。

 制服の胸元には、丸を二つ重ねた紋章――大聖母教会の紋章がぶら下がっている。


「……こんなちびっこが、宮廷魔導士?」


 ちびっこ、と呼ばれて、むっとした表情になる、ラオ。

 機嫌を損ねたラオをとりなすように、クリーデンスが付け加える。


「若いけど、とても優秀な魔導士なのよ。ラオ、この人はメガデスくん」

「……メガデス」


 クラウディア同様、名前にひっかかるものを感じたのだろう。

 途端に、表情が険しくなる。


「なんだか、いろいろかわいそうな人なの」

「ああ、かわいそうな人なんですか」

「おいちょっと待て、コラ。その説明で、なんで納得する?」

「しばらくの間、ここに住んでもらうことになったから、わからないことがあったら教えてあげて」

「わかりました。よろしく、かわいそうな人」

「だから、かわいそうな人、言うな!!」


 不本意な扱いに抗議するが、やっぱり聞き届けてはもらえなかった。

 メガデスの抗議を無視して、二人は寮の中に入ってゆく。

 仕方がないので、メガデスも後に続く。

 職員寮のなかは、公務員の宿舎らしく素朴な内装だった。

 丁度、終業時間と重なったせいか、狭苦しい通路には帰宅したばかりの職員たちの姿がみえた。

 玄関に入ってすぐに、クリーデンスは説明を始める。

 

「ここが、玄関ね。庭からでも入れるけど、出入りはここからだけにして。こっちは食堂ね。食事は朝と夜の二回。お昼は自分で用意してね」

「ああ、わかった」


 クリーデンスの説明を聞きながら、職員寮のなかを見渡す。

 この職員寮は、専用に建てられたのではなく、おそらくは民家を後から寮として改装したものなのだろう。

 通路が狭い、出入口が二つあるなど、間取りに不自然なところが見受けられるのはそのせいだ。


「メガデスくんの部屋は、こっちね」


 そういって、玄関のそばにある階段を指さした。

 丁度その時、階段から女が下りてきた。

 この女も顔見知りらしく、クリーデンスはあいさつをする。


「あ、ケイトさん」

「おはよー、クリーデンス」


 ケイトと呼ばれた女は、二十台前後――クラウディアと同じくらいの年齢だった。

 茶色い髪をショートカットにそろえ、メガネをかけている。

 寮内の他の住民たちと違い、彼女だけは宮廷魔導士団の制服ではなく、作業用のつなぎを着ていた。


「おはようって、もう夕方ですけど」

「ついさっきまで寝てたんよ」


 そういうと、ケイトは大きくあくびをした。


「昨日は徹夜でさ。プログラムにバグが出て、調整に朝までかかったよ」

「例の、パレードの準備ですか?」

「そういうこと。これからまた、整備場にいかなきゃならんのよ。あーあ、今日も多分、徹夜だよ。……それで、そこにいるやたらと物騒な雰囲気の男はなに」

「……物騒なって、俺のことか?」


 こたえるまでもなく、メガデスのことなのだろう。

 不機嫌な様子のメガデスの肩に手を置くと、クリーデンスはケイトに紹介する。


「この子はメガデスくん」

「メガデス?」


 やはり気にかかるらしい。

 名前を聞いた途端、ケイトは怪訝な表情を浮かべる。


「なんかいろいろ、めんどくさい人なの」

「ああ、めんどくさい人なの」


 クリーデンスが付け加えると、ケイトは納得したようにうなずいた。


「なんだその、めんどくさいってのは! だんだんと説明が雑になってきているぞ、お前! ……そして、なんであっさりと信じるんだ、あんたは!」


 叫ぶが、やはり無視された。

 なだめるように、クリーデンスはぽんぽんと、肩を叩く。


「まあ、まあそう怒らずに。メガデスくん」

「怒るわっ! 変人だとか、かわいそうだとか、めんどくさいだとか言われれば、誰でも怒るわっ!!」

「あ、そうだ。お腹空いているんでしょ? メガデスくん。だから怒りっぽくなっているんだ」

「違ぇよ!」

「そりゃそうだよね。お昼抜きだったもん。いろいろあったから、食べるの忘れていたよ」

「いや、だから違うって……」

「ごめん、ごめん。部屋に案内するのは後回しにして、食堂に行きましょう」

「夕食なら、もう出来ていますよ」


 横からラオが口をはさむと、食堂を指さした。

 ラオの言う通り、夕食の準備はできているらしい。

 食堂の方から香ばしい臭いが漂ってくる。


「あっそ。じゃあ、早めに食事を済ませちまおうかね」


 そういうと、ケイトはそそくさと食堂に行ってしまった。

 その後を、クリーデンスとラオが続く。


「今日のご飯は、何かな?」

「シーフード・ガンボとチキン。それとレタスとアスパラガスのサラダです」


 連れ立って食堂へと向かう三人を見送りながら、メガデスはつぶやく。


「……だから、人の話を聞けよ。お前ら」


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