第9話 魔王復活~誰も信じない(8)

「銀行強盗?」


 聞きなれない単語に首をかしげると、

 突如、クリーデンスがローブの襟首をつかんだ。


「メガデスくん、隠れて!」

「うおっ!」


 意外なほどの膂力に、なすすべもなく引きずられ、クリーデンスとともにソファの影に身を潜ませる


「痛てぇじゃねぇか! 何すんだよ、いきなり……」

「シッ! 静かに!」


 緊張した面持ちで、フロアの様子を窺う、クリーデンス。

 フロアに現れた銀行強盗たちは、三人。

 三人とも、奇妙な武器を構えていた。

 音の正体はこれだろう。

 金属製の、筒状の武器を振りかざしながら、銀行強盗達は客や行員たちをしきりに威嚇していた。


「全員動くな! おとなしくしていれば危害を加えない!」


 奥にいた警備用ガーディアンが動いた。

 ぎこちない動きで、銀行強盗の元まで歩くと、合成音声で警告する。


『銀行内デノ武器ノ持チ込ミ、及ビ使用ハ禁止サレテオリマス。オトナシク武器ヲステ、投降シテ……』

「うるせぇ!」


 銀行強盗達は、一斉にガーディアンに向かって発砲した。


 バン、バババン!!


 轟音と共に武器から発射された金属弾により、ガーディアンは瞬く間にハチの巣にされてゆく。

 銀行強盗たちの持つ武器の威力に、メガデスは目を見張る。


「……なんだ、あの武器は?」

「銃だよ。魔導銃」


 といいつつ、クリーデンスも同様の武器を腰から引き抜いた。

 シリンダー状の弾倉に、弾が込められていることを確認してから、メガデスを振り返る。


「メガデスくんは、後ろに下がっていて……あれ?」


 しかし振り向いた先に、すでにメガデスの姿はなかった。


 ●


 ハチの巣にされ、倒れたガーディアンを指し、強盗達は叫んだ。


「こうなりたくなかったら、おとなしく言うことを聞け! 全員腹ばいになって伏せろ! そこのお前、このバッグに金をつめろ、早く!」


 武器の威力を見せつけられて、行内の人々は銀行強盗の指示に従った。

 フロアの客たちは腹ばいになり、カウンターの受け付は、革製のバッグに金を詰め始めた。


「ほうほうほうほう」


 ただ一人、メガデスだけは、強盗達に従わなかった。

 いつの間に強盗達に近づいていたのか、メガデスは魔導銃を興味深げな様子でのぞき込んでいた。


「な、なんだ、お前!」

「金属筒に《煉獄》の炎を封じ込めているわけか。それを解放した瞬間に発生した爆発力で、弾丸を射出すると……。うむうむ」


 薄気味悪げにこちらを見る強盗に構わず、メガデスは武器を検分する。


「随分とまた野蛮な武器だな。一見、複雑に見えるが、構造そのものは単純だ。しかし、実用的ではある。利点は、扱いやすいという所だな。魔導と違って引き金を引くだけで、確実に動作する。これならばどんなバカでも、魔導士と同等の力を扱うことができるというわけだ」

「野郎、ふざけるな!」


 バカ呼ばわりされて腹が立ったのか、

 強盗はメガデスに銃を向けると、引き金を引いた。

 待ち構えていたように、メガデスは魔導を展開する。


「ふんっ!」


 眼前に掌をかざし、力場を展開する。

 呪文を使うまでもない、銃口から飛び出した弾丸は、魔王の作り出した障壁によって阻まれた。


「な、なんだと!?」

「……問題点は、軌道が読みやすいという事だな」


 驚愕する強盗に向かって、さらに解説を続ける。


「狙いがわかれば、防ぐのは簡単だ。まっすぐにしか飛ばない飛び道具なんて、魔導士の前では通用しない」

「お前、魔導士か!?」

「相手の正体も解らずケンカを売るからバカだってんだよ!」


 吠えると同時。

 メガデスは拳を顔面にたたきつける。

 

「へぎゃっ!」


 踏んづけられたカエルのような声を上げて、強盗は倒れた。


「な、なんだ」


 仲間をやられ、残りの二人が動きを見せる。

 メガデスに銃を向けると、警告なしで発砲した。


「だから、通用しねぇって言っているだろうが!」


 同じく、力場を使って銃弾を防ぐ。


「な、何っ!」

「今度は、俺の番だ」


 嘲りと共に、魔王は魔導を発動する。

 先ほどまでの、手抜きの防御呪文とは違う。

 呪文詠唱を媒介とする、攻撃呪文だ。


「《煉獄》より来たれ! 霹靂の楽士……」


 明確な意思を持って、異世界の理を現世に持ち込む

 一言一句に意志を乗せ、世界を自分の意志に染め上げてゆく。


「浩然をなして、彼を撃襄せよ!」


 呪文が完成した後、翳した指先から火炎弾が飛び出した。


「ぎゃあああっ!」


 直撃した火炎弾に全身を焼かれ、強盗は倒れる。


「どうだ、本物の《煉獄》の炎の味は? はっはぁ! グーラ攻城戦を思い出すぜ。籠城した兵士たちを、三日三晩かけて城ごと焼き尽くしてやったっけ」


 肉の焼ける香ばしい香りは、かつての戦場を想起させる。

 瞬く間に仲間二人倒したところで、最後の一人は降伏した。


「ま、待った! 待った!」


 圧倒的な魔導の力を見せつけられ、完全に戦意を喪失しているらしく、強盗は銃を放り捨てて両手を上げた。


「降参だ、降参!」

「降参、だと?」

「魔導士相手に勝てるわけねぇだろ! 降参する!!」

「ふざけんじゃねぇ!」


 強盗に向かって一喝する。


「人様の金を奪おうとして、いまさら降伏だと? なめるな! てめぇも犯罪者なら、命尽き果てるまで戦え!」

「そんな無茶な……。い、いいのかよ! あんた、魔導士なんだろう? 魔導士が無抵抗の一般人相手に魔導を使うのは、大陸法で禁止されているんだぞ!」

「そんなの知るか、ボケ。犯罪者の分際で法の庇護を求めるんじゃねぇ!」


 自身も犯罪者で、仮釈放中の身なのだが、それはそれ。


「逆らう奴は皆殺し、ってのが俺の流儀なんでな。運がなかったと思ってあきらめな」

「ひぃいいいいいいいいいいいっ!」


 少年の外見に似つかわしくない迫力に、強盗は震え上がる。

 手をかざし、魔導を放とうとしたその時、


「全員、動かないで! 動いたら撃っちゃいます!!」


 声と同時、後方から数発の銃弾が、メガデスの頭めがけて飛んできた。


「のわぁっ!」


 あわてて、攻撃魔導を防御に回す。

 後方の死角から放たれた銃弾を、寸でのところで防御する。

 弾丸が飛んできた方向を振り向くと、クリーデンスがいた。

 目をつぶったまま銃を構え、銃口をこちらに向けている。


「クリーデンス!」


 叫びつつ駆け寄ると、ようやくクリーデンスは目を開けて顔を上げた

 

「……あれ?」

「あれじゃねぇよ、バカ野郎!」


 小首をかしげるクリーデンスに向かって怒声をぶつけると、いまだ銃口をこちらに向けたままの銃を取り上げる。


「今お前、俺の頭を狙って撃ちやがっただろう!?」

「そんな、狙ってなんていないよ! 偶然だよ、偶然! 目をつぶって撃ったらたまたまメガデスくんに当たっただけで……」

「狙えよ! 目を開けて、しっかりと狙って撃てよ!!」

「そんな、目を開けて撃つなんて……。怖いじゃない」

「撃たれるこっちは怖いじゃ済まねぇんだよ!! 当たっていたらマジで死んでいるところだったぞ!」


 などと、二人が言い争っているそのうちに、


「ひいいいぃぃぃぃぃぃっ!」


 強盗は悲鳴を上げて逃げ出した。

 エントランスを駆け抜け、銀行を出た所で、


『宮廷魔導士団だ! 動くな』


 銀行の周囲は既に、宮廷魔導士団によって包囲されていた。

 銀行前の大通りはすでに、回転灯のついた車両が封鎖していた。

 その車両を盾にして、宮廷魔導士たちが魔導銃を構えていた。


『両手を上げて腹ばいになれ! 従わなければ発砲する』

「ひぃいいいいいいいいいいっ!!」


 向けられた銃口に、銀行強盗はあっさりと降伏した。

 命じられるまま、腹ばいになった銀行強盗に、銃を構えた宮廷魔導士たちが駆け寄る。

 こうして、強盗事件は無事、解決したのだが、


「大体、狙って撃ったら当たっちゃうじゃない! 拳銃の弾って、当たったら痛いんだよ。……当たったことないけど」

「……なんなの、お前? 本当に何なの!?」


 二人の罵り合いは、しばらくの間続いた。

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