第8話 魔王復活~誰も信じない(7)


「ひっく、ひっく。……うええええええええぇんっ!!」


 泣きじゃくるクリーデンスの手を引き、メガデスは大通りを歩いていた。

 重力転換による高高度飛行が、よほどショックだったらしい。

 意識を取り戻してから今まで、クリーデンスは泣き通しだった。

 それでも、保護観察としての使命感だけは残っているようだ。

 逃がさないよう、メガデスの手をしっかりと握って放そうとはしない。

 大通りを行き交う人々が、二人に注目する。

 宮廷魔導士の制服を着た少女と、穴の開いた時代遅れのローブを着た少年が手をつないで歩く姿は、いやでも人目を引いた。


「……うっうっ、うぇっ、うええええええええぇんっ!!」

「あーもー、うっとおしい!」


 周囲からよせられる好奇の視線に耐え兼ね、観念したように足を止める。


「お前、仮にも魔導士なんだろうが。たかだか成層圏突破したぐらいで泣くんじゃねぇ!」

「うっ、うっ……だって、飛行魔導なんて高度な呪文、わたし使えないもん。それに、宮廷魔導士の仕事だって、今回が初仕事だし……」

「偉そうに説教していたくせに、新人だったのかよ……」


 泣きじゃくる少女を見下ろし、ため息をつく。


「まあ、そうじゃないだろうかと予想はついていたがな。お前みたいな小娘まで駆り出さねばならないとは、宮廷魔導士団というところはよほど人材不足らしいな」

「初めてもらったお仕事だったから張り切っていたのに。一生懸命にがんばろうって思っていたのに。それなのに、それなのに。いきなり殴られて、嫌いだとか言われて、その上、……うえっ、うえっ、うええええええぇんっ!!」

「あー、もー。本当にうっとおしい……」


 一向に泣き止む気配のないクリーデンスに、途方に暮れるメガデス。

 いかな魔王といえども、泣く子にはかなわない。

 泣く子を黙らせるには、飴玉と相場が決まっている。

 どこかに菓子屋でもないものかと、通りを見回す。

 大通り沿いには、数多くの店舗が軒を連ねていた。

 このあたりは、所得の高い地域らしく、どの店も高級そうな店構えであった。

 整然と立ち並ぶガラス張りのショーウィンドウをみつめ、はたと気づく。


「……そういえば、俺、文無しだったっけ」


 ●


 なにはなくとも、先立つものがなければ始まらない。

 逆に言えば、金さえあれば世の中大抵のことは何とかなるものだ。

 幸いなことに、宮廷魔導士団は餞別代りに支度金を用意してくれていた。

 あの小切手、とかいう紙切れだ。


「……ここが銀行だよ」

 

 銀行についたところで、クリーデンスはようやく泣き止んだ。

 新人とはいえ、宮廷魔導士団の一員としての使命感は持ち合わせているらしい。

 仕事を与えてやると、クリーデンスは落ち着いた。


「つまり、ここでこの紙切れを、金に換金してくれるわけだな?」


 ひらひらと、小切手をかざすと、クリーデンスはうなずく。

 銀行と呼ばれる場所は、金を扱う場所だけあって、たいそう立派な外観であった。

 大理石でできた豪奢な建築物は、どうかすると魔王城よりも金がかかっていそうに見えた。


「つまり、銀行とは両替商のことか?」

「いや、両替だけじゃなくて、お金を預けたりとか、お金を借りたりとか、いろんなことができるの」

「他人から預かった金を、また貸しするのか。そいつはまた、阿漕な商売だな。立派な店構えもうなずける」

「いや、そういういい方はちょっと……」


 いまいちよくわからなかったが。

 とりあえず、中に入ることにした。

 大通り沿いにある銀行は、外観も立派だったが、内装も立派であった。

 きれいに磨き上げられた大理石の壁と床。

 ガラスを多用した採光窓のおかげで、室内は自然光で満たされていた。

 贅の限りを尽くしたインテリアは、貴族の屋敷に匹敵するほどの豪華さであった。


「いらっしゃいませ」


 中に入ると同時、二人の下へ銀行員が駆け寄ってきた。


「何かご用件でしょうか? お客様」


 銀行員は明らかに怪しげな風体のメガデスに警戒心を顕わにしていた。

 教育が行き届いているらしく、露骨に嫌な顔こそしなかったが、場合によってはすぐさまここからたたき出しかねない様子だ。


「あ、現金の引き落としをお願いします」

「そうでしたか。それではこちらの席でお待ちください」


 宮廷魔導士団の制服を着たクリーデンスが応対すると、銀行員は和らいだ物腰で、二人を席へと招いた。

 フロアの隅には、ソファが置いてあった。

 二人並んでソファに座ると、一礼して銀行員は立ち去った。

 いわれるがまま、メガデスは順番が来るまでおとなしく待つことにした。

 暇つぶしに、銀行内を見回す。

 銀行にいる客たちは、小ぎれいな身なりでいかにも裕福そうであった。

 富裕層が存在するということは、通貨経済が発達している証拠でもある。

 メガデスのいた時代では、貨幣は都市部の一部でしか流通しておらず、それ以外では物々交換が主流であった。

 フロアにいる客たちを検分していると、やがてメガデスはあるものに注目する。


「おい、あれはなんだ?」

「あれ?」

「隅に居るあいつ。あのからくり人形」


 メガデスは指をさす。

 フロアの隅、銀行の奥へと向かう通路。

 その先には、預かった金を保管しておく金庫があるのだろう。

 通路の入り口には、一体の人影がたたずんでいた。

 一見すると、甲冑姿の騎士のように見えるが、中から人の気配が感じられない。

 代わりに感じるのは、濃密な魔力だ。


「ああ、ガーディアンね」

「ガーディアン?」

「ええっと、昔風に言うならばゴーレムかな」

「あれが? ゴーレム?」


 驚きに目を見張る。

 ゴーレムとは魔導によって作られた疑似生命体のことである。

 しかし、メガデスの知っている時代のものとは、大きく形状が違っていた。


「民生用のガーディアンだね。軍用よりも性能が落ちるけど、安価でメンテナンスが楽なんだ、って知り合いの魔導技工士が言っていたよ」


 たどたどしい口調で説明する、クリーデンス。

 多分、クリーデンス自身もよく理解していないのだろう。

 知り合いの魔導魔導技工士とやらの受け売りに違いない。


「民生用? 魔導士以外の民間人がゴーレムを保有しているのか?」

「うん。そうだよ。今の世の中は物騒だからね。民間企業も防犯に資金を割いているんだって」

「民間人が容易く魔導兵器を入手できるほうが、物騒だと思うが……」


 などと話していると、

 

 バンっ!


 銀行の中に、破裂音が鳴り響いた。

 続いて、フロアに覆面姿の男たちがなだれ込んできた。

 目出し帽をかぶった男たちは、行内にいる客たちに向かって叫んだ。


「全員動くな!」


 突然の騒動に、メガデスは身構える。


「……なんだ?」

「銀行強盗だよ!」

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