第7話 魔王復活~誰も信じない(6)

 その後、いろいろな手続きを終えて、ようやくメガデスは外へと向かった。

 所持品や、資料や、その他書類を両手いっぱいに抱え、よたよたとエントランスを歩いてゆく。


「とりあえず、宿舎に行きましょう」


 外までの道を案内しながら、クリーデンスは言った。


「当分の間は、職員用宿舎に寝泊まりしてもらいます」

「わかった」


 職員用宿舎とやらがどういうものかは知らないが、異存はなかった。

 手荷物が多いし、メガデスとしても落ち着く場所が欲しかった。

 不満があるとすれば、この女だ。


「……ところで。お前、どこまでついてくるんだ?」

「もちろん、宿舎までついてゆくよ?」


 当然のように答える、クリーデンス。


「だって、メガデスくん、道がわからないでしょう? 案内してあげるよ」

「必要ない。地図をもらったからな」


 先ほど受け取った資料の中から、『出所後の手引き』のリーフレットを取り出した。

 リーフレットには、この町の地図があり、職員用宿舎も記されている。


「この印がある場所に行けばいいんだろう? 子供じゃないんだ。ひとりで行ける」

「そういうわけにはいかないよ!」


 こちらに向かって指を突き刺し、言ってくる。


「この際、はっきり言っておくけど、メガデスくんは保護観察中なんだよ」

「知っている」

「それで、私は保護観察官」

「聞いている」

「だから、私たちは常に一緒に行動しなくちゃいけないの。勝手な行動をしちゃいけないの。もし破ったら、刑務所に逆戻りなんだよ」

「俺もこの際、はっきり言っておく」


 おかえしとばかりに、メガデスはクリーデンスの鼻先に指を突き刺した。


「俺はお前のことが嫌いだ」

「……え?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかったらしい。

 ぱちくりと、目を瞬かせるクリーデンスに向かって繰り返し言う。


「俺はお前のことが嫌いだ」

「……え? ええっ!?」


 ようやく意味が理解できたようだ。

 面と向かって嫌いと言われ、さすがに傷ついたらしく、クリーデンスは一瞬にして泣きそうな顔になる。


「そんな、会ったばかりなのになんで……。私、何か気に障るような事でもした?」

「別にそんなことはない」

「だったらなんで」

「理由なんかない。あえて言うなら、顔だな。お前の顔は、昔の知り合いに似ているんだ。気に食わん奴でな、お前の顔を見ているとそいつを思い出すんだ」

「そんな理由で!?」


 さすがに腹が立ったのだろう。

 泣きそうな顔から一転、眉を吊り上げ怒りの表情を浮かべる。


「とにかく、お前と一緒に行くのは嫌だ。どうしても見張りをつけたいというのならば、別の人間に担当を変わってもらえ」

「そんな、そんなこと言ったって無理だよ。代わりの人間なんて、すぐには用意できないもの」

「じゃあ、一人で行く」

「だから、待ってって……」


 クリーデンスの静止を振り切り、メガデスは外へと踏み出した。

 新たな人生の第一歩を記して、


「…………え?」


 絶句する。

 真っ先に、メガデスの視界に飛び込んできたのは、巨大な建築物だった。

 魔王城に匹敵するほどの高さの、四角く無機質な建築物。

 それが、大通り沿いに整然と立ち並び、地平線の彼方まで続いている。

 道も石畳などでは無く、黒い舗装材で滑らかに舗装されていた。


「……なんだ、これは?」


 頭を巡らせ、呆然とつぶやく。

 そこにあったのは百年の時を超え、様変わりしたスペルディアの町並みであった。

 その道の上で、呆然とたたずんでいると、横からけたたましい警笛が聞こえてきた。


「危ない!」

 

 慌ててクリーデンスに、後ろから引き戻される。

 次の瞬間、メガデスが立っていたあたりを、高速で移動する物体が通り過ぎてゆく。

 四輪で高速移動する物体は、警笛をたなびかせて消えていった。


「な、なんだ今の?」

「車だよ。車!」

「く、車だと? 何車だよ、あれ? 馬も牛も引いてないのに走っているぞ!?」

「だから、自動車だよ。魔導力自動車」

「自動車? 自分で勝手に動くのか? 御者とかも無しで?」

「いや、運転手はいるんだけど」

「じゃあ、自動じゃないじゃん!」

「いや、そんなことを言われても……」


 困ったような表情を浮かべるクリーデンスを捨て置き、メガデスは道を行き交う自動車を観察する。

 クリーデンスの言う通り、魔導力で動いているのは確かだった。

 魔導士の目で見ると、どの自動車にも高濃度の魔力が感じられる。

 形状もさまざまだ。

 大人数を乗せた箱型の自動車もあれば、荷台をつけた運搬用の自動車もある。


「……すごいものだな、自動車というものは。これだけの質量を動かすなんて、いったいどうやって魔力を供給しているのだ?」


 感心するメガデスを、クリーデンスはあきれた表情でみつめる。


「あなた、一体どんな生活していたの? 車を知らないなんて、よっぽどの世間知らずね」

「……いや、ちょっと、牢屋暮らしが長くてな。最近の世の中が理解できんのだ」

「そうなんだ。自動車なんて、だいぶ前からあったような気がするけど?」


 不自然な言い訳なのだが、クリーデンスはあっさり納得してくれた。

 素直というか抜けているというか、なんにせようまくごまかせた。


「なんにしても、気を付けて。標識を無視して歩いていたら、車に引かれちゃうよ?」


 言われて、魔王は道路を見た。

 道路には、数字や記号が書き込まれていた。

 道路わきには、そこかしこには標識がある。

 歩行者たちはそれに従って歩いているらしく、危なげなく道路を行き来していた。

 どうやら何か法則性があるらしいのだが、勿論、メガデスはそんな事を知らない。


「だから、案内が必要だって言ったじゃない。あたしが交通ルールを教えてあげ……」

「必要ないと言っているだろうが!」

「そんなこと言ったって、危険じゃない。意固地にならずに、素直に言うこと聞きなさいよ」

「大丈夫だ。こんなもん、飛んでいけば問題ない!!」

「飛ぶ、って?」


 首をかしげるクリーデンスの目の前で。

 メガデスは呪文を詠唱する。

 手鏡を作り出すのと訳が違う。

 呪文詠唱を伴う、魔導式だ。


「《混沌》より来たれ、風薫の法師! 萎靡の遅れに、眞僞を成せ!!」


 詠唱が終わると同時。

 ふわり、とメガデスの体が浮かび上がる。

 

「へ?」


 唖然とするクリーデンスの前で、メガデスの体が上昇してゆく――正確には、空に向かって、下降してゆく。

 飛行呪文のなかでも、重力転換は比較的扱いやすい呪文であった。

 上下運動しかできないという不都合はあるが、魔具の補助なく扱えるのは魅力である。

 背の高さまで浮かんだところで、クリーデンスを見下ろし、告げる。


「それじゃあ、先に宿舎に行っているからな。お前は、後からついてこい」

「ダメッ! 勝手に行っちゃダメ!!」


 叫ぶと、クリーデンスはメガデスの足に飛びついた。

 地上へと引きずり戻そうとするが、小娘一人分の重量が増えても特に問題はない。

 かまわず、メガデスの体は上昇を続ける。


「きゃああああああああああああああっ!!」


 瞬く間に、魔王城を超える高さまで上昇する。

 人間が豆粒ほどにしか見えない高さまで上昇すると、クリーデンスは悲鳴を上げた。


「高いよう! 怖いよう! おろして、おろしてぇ!!」

「うるさい、黙れ」


 重力転換の呪文には、非常に繊細な精神集中が必要である。

 もっとも、メガデスの集中力は悲鳴ごときで微塵も揺らぎはしない。

 顔をしかめながらも、魔王は飛翔を続けた。

 眼下に広がる都市を見つめ、違和感を覚える。


「……ふむ?」


 大陸中央に位置するスペルディアは、魔王城を中心に、放射状に広がるように大通りを設置し、それに沿って住居を立てるように設定されている。

 百年の時が経過し街並みが変わっても、都市構造そのものは変化することはないはずだ。

 違和感の正体を突き止めるべく、さらに上昇を続ける。


「ちょっと! なんで高度を上げるの!?」

「ちょっと寄り道するぞ」

「寄り道ってどこに……。あ、なんか耳がキーンってなった。キーンって! ……い、息が苦しい」

「気圧が下がったんだ。口を閉じて息を止めろ。しゃべっていると口から内蔵が飛び出るぞ」

「ひぃぃっ!」


 悲鳴を上げながらも、クリーデンスは言われた通り口と目を固く閉じる。

 ようやく静かになったところで、魔王はさらに高度を上げた。

 雲を突き抜け、空の色が薄青から濃い群青へとかわる。


「よっ、と!」

 

 成層圏に達したところで、メガデスはようやく上昇を止めた。

 重力場を切り替え、停止する。

 メガデスの体にしがみついたまま、クリーデンスは完全に気絶していた。

 脱力した体を抱えなおして、あらためて地上を見下ろす。

 果てしなく続く大洋に、アクラシア大陸が浮かんでいる。

 真円を描く大陸の中央には、さっきまでメガデスたちがいた都市、スペルディアがある。

 その周囲を、六つの都市が取り囲んでいた。

 メガデスの魔導士の目には、衛星都市はそれぞれ魔力によって結ばれていることが見えていた。

 都市間に張り巡らされた魔力の経路――霊脈は、巨大な六芒星を形成していた。

 大輪の花のごとく輝く魔導陣を見つめ、メガデスは独り言ちる。


「……あのバカ。やりやがったな」 

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