第6話 魔王復活~誰も信じない(5)
クリーデンスに連れられて、城の中を歩いていく。
かつて魔王城と呼ばれていたこの城は、今では宮廷魔導士団の拠点として大幅に改装されていた。
今歩いている通路も、リノリウム張りの床に、天井には電灯が明々とともっていた。
一切の装飾が排除された内装は、機能的ではあるがどうにも味気ない。
変わり果てた魔王城を眺めつつ歩いていると、クリーデンスが話しかけてきた。
「あらためて、自己紹介しますね」
メガデスと並んで歩きながら――しかし、殴られないように適度に距離を取りながら、クリーデンスは自己紹介を始める。
「私の名前はクリーデンス・クリアウォーター。宮廷魔導士団ベナンダンディの魔導官です」
「魔導官……」
あらためて、クリーデンスを見る。
年齢は十代そこそこ。
メガデスの外見年齢よりも、一つ二つ上といったところか。
その年代の少女にしては、背は高い方だろう。
大人びた容姿の割には、年相応の幼い顔立ちをしている。
洒落っ気はないらしく、癖のある金髪を、うなじのあたりで束ねている。
どう見ても普通の少女にしか見えない彼女が魔導士を名乗ることに、メガデスは違和感を覚えていた。
魔導士になるには、長い年月の修行と研究が必要である。
どうして彼女が宮廷魔導士団にいるのか、と不思議に思っていると、クリーデンスから声をかけてきた。
「それで、あなたのお名前は?」
「名前?」
「そう、名前。手元の資料には何も書かれていないんだけど……」
そう言って、手にしたファイルをめくった。
彼女の手元にあるファイルには、メガデスの履歴書が添付されていた。
「……っていうか、資料の大半が空欄なんだけど。何でだろう?」
「メガデスだ」
反射的に答えてから、しまった、と思った。
カーティスから身分を隠しておくように言われたばかりなのに、自分から名乗っていては意味がない。
「え?」
案の定、クリーデンスは不審に思ったようだ。
足を止めると、まじまじとメガデスを見つめてきた。
「メガデスだ」
「……えっと、それ、本名なの」
「本名だ」
今更、隠してもしょうがない。
堂々と答えると、クリーデンスは途端に憐みの表情を浮かべる。
「かわいそうに、お母さんによっぽど嫌われていたんだね」
「なんでそうなる!?」
「だって、メガデスって魔王の名前でしょう? そんなの自分の子供に名付けるなんて、嫌われていた証拠じゃない」
まさしく、その魔王なのだが、どうやら彼女は信じていないようだ。
「そっか。きっと、親の愛情を受けずに育ったんだね。それが原因で犯罪者の道に踏み込んでしまった、と」
「だから、勝手に物語を作るんじゃねぇ!」
「大丈夫、今日からわたしがあなたの家族になってあげる。わたしのことをお母さん……は無理があるから、お姉さんだと思って、何でも相談してちょうだい!」
「お前みたいなうっとおしい姉などいらんわ!」
●
二人が向かったのは、一階の受付であった。
クリーデンスと同じ濃紺色の制服を着た魔導官たちが、せわしなく行きかっているのが見える。
「所持品を返却します」
受付から段ボール箱を受け取ると、クリーデンスは所持品の一つ一つを取り出し、カウンターに並べ始めた。
「まず、服から返却します。囚人服じゃ外を歩けないものね。更衣室に案内するから、後で着替えてちょうだい」
「着替えろって……」
ビニール袋を開けた。
中から取り出したのは、魔導師のローブだった。
元は魔王の衣装に相応しい、上質な素材で作られた仕立ての良いローブだったが、百年もの時の流れに晒されていたせいでさすがに薄汚れていた。
おまけに、左胸の辺りに穴が開いている。
さらに左胸と、背中。二つの穴を中心に、べっとりと血が付着していた。
赤黒く変色した血痕は、黒という色のお蔭で目立たないが、臭いを嗅いでみると血の香りがした。
鼻をつく刺激臭に、覚えず顔を背ける。
「これに着替えろってのかよ……」
「しょうがないじゃない。他に着るものないんだから」
「この服でいいよ。着心地がいいし、動きやすいし」
言って、着ている服の胸元をつまむ。
「だめよ。それ、囚人服だもの」
「え、これって囚人服なの? オレンジ色でオシャレな服だと思っていたのに……」
「その格好で街を歩いていたら、脱走犯だと思われちゃうじゃない。ちゃんと着替えてちょうだい」
「だったら、せめて洗濯ぐらいしておいてくれよ。ごわごわしているし、穴あいているし。これじゃあ、囚人服より目立つじゃねぇか」
「文句があるなら、コインランドリーにでも行って自分で洗濯して。クリーニング代は、自分で払ってね」
「…………」
文無しの魔王が沈黙すると、次の所持品を取り出した。
「次。装飾品類ね。ネックレスが一つ。ブレスレットが三つ。指輪が四つ……」
同じく、ビニール袋に梱包されたアクセサリーを取り出す。
ちょっと、驚いたような表情になる。
「こんなにたくさんアクセサリーを持っているなんて。メガデス君って、お金持ちなの?」
「……まあな」
適当に返事をする。
これらのアクセサリーは、ただの装飾品ではない。
魔力を増幅し、魔導の補助をする、魔具である。
もっとも、ここにある魔具には、ほとんど魔力は残されていない。
勇者との決戦で、内部に込められた魔力はほとんど消費してしまっていた。
魔力はないが、装飾品としての価値はある。
質屋に流せば、それなりの値段になるはずだ。
「ああ、やめて!」
ネックレスを首に掛けようとすると、クリーデンスは慌てて引き止める。
「だめ! そのネックレスはすぐに外しなさい」
「なんだよ?」
「だってそのネックレス、魔王の紋章じゃない」
「魔王の紋章?」
言いながら、ペンダントをつまんで見せる。
鎖の先には、×印を三つ組み合わせた図形のペンダントがぶら下がっていた。
「これが、魔王の紋章だって?」
「ええ、そうよ。魔王の紋章は、持っているだけで犯罪になるんだから」
「違う。この三連十字は、永遠の力の象徴だ。魔導が確立する以前、呪術とよばれていた頃から用いられている、ごくありふれた文様だ。別に俺……じゃなかった、魔王専用ってわけじゃない。教会の連中だって普通に使っているはずだ」
「とにかくダメったらダメ。そんなの首に下げて歩いていたら、町中の人たちから石投げつけられるよ」
「……納得いかんな」
不承不承と言った口調ながらも、素直に従う。
百年の間に社会がどのように変化したのかわからない以上、余計なもめ事は控えるに越したことはない。
「次、杖が一本」
次に取り出したのは、魔導師の杖だった。
勇者との決戦の時に持っていたもので、聖剣で真っ二つに切り裂かれていた。
魔力も抜け落ちていて、魔具としても使い物にならない。
「こんなもの、返却されてもよ……」
「いらないんだったら、こちらで処分するけど」
「そうしてくれ」
魔導士の杖もまた、アクセサリーと同様に魔力を増幅する魔具であった。
杖を持たないということは、魔導士にとって丸腰で歩くようなものである。
百年後の未来で不安になっているところに、武器までなくしてしまっては、いかにも心もとない。
「最後に、剣一振り」
「あん?」
ごとり、と音を立て。
机の上に置かれたのは、鞘に納められ一振りの剣だった。
勇者ライオットの聖剣。バウンティ・ブレードだ。
「これ、俺のじゃ無ぇんだけどな……」
「え、そうなの? いらないんだったら廃棄するけど」
「いや、まあ。くれるって言うんだったら、もらっとくけどな」
仮にも、聖剣である。
ゴミ箱にポイ捨てされるのはいくら何でももったいない。
手に取って確かめる。
鞘から抜くと、一点の曇りもない白刃が姿を現した。
自分の心臓に突き立てられた刃の輝きを複雑な表情で一瞥すると、再び鞘に納める。
「以上で、所持品の返還は終わりです。何か、問題はありますか?」
「いや。特にない」
「それじゃあ、ここにサインしてください」
差し出された書類に、素直にサインする
サインを確認すると、クリーデンスは新たに書類の束を差し出した。
「これは、出所後の手引きです。よく読んでおいてね」
「ああ、わかった」
手始めに、一枚のリーフレットを受け取った。
読んでみると、出所してからの手順がイラスト付きで分かりやすく解説されている。
さらにクリーデンスは、次々と書類を手渡してきた。
「それで、これが住民票と、戸籍謄本。こっちは保健証ね」
「なんだよ、そのケンコウホケンとかジュウミンヒョウってのは? 住む場所とか、全部国に管理されるのかよ!」
「これがあれば、さまざまな行政サービスを受けることができるんだよ。病気した時とか、格安で診療を受けることができるようになるの」
「面倒だな」
煩雑な手続きに、うんざりとしてきた。
「国の世話になんてならなくったって、俺は一人で生きていけるよ」
「そういうことは一人前に税金を支払えるようになってから言ってちょうだい」
「……税金かよ」
今までは徴収する側だったが、今度からは納税者の立場になった。
あらためて自分が零落したことを思い知らされた。
「それと、当座の生活費として、五千マグが支給されます」
「なんだよ、この紙切れは?」
差し出された紙片を振りかざす。
「それは小切手です」
「コギッテ?」
「それを持って銀行にいけば、お金と交換してもらえるんです」
「ギンコウってなんだ?」
「…………」
「なんだよ、その呆れたような顔は?」
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