第5話 魔王復活~誰も信じない(4)
「とにかく、あなたは新しく制定された大陸法で裁かれた、初めての罪人というわけです」
ぶつぶつと文句を言うメガデスに、カーティスは続ける。
「裁判が始まって、まず問題になったのは、どのような刑を言い渡すかでした。検察の求刑は極刑、すなわち死刑でした。しかし、被告人であるあなたはすでに死亡している。既に死亡していた人間を死刑にすることはできない」
「まあ、道理だわな」
「仕方がないので、死刑に次ぐ刑罰を適用することにしました。そして、下された判決が、禁固百年の刑だったというわけです」
「……なるほど」
ようやく話が見えてきた。
「そして刑が施行されて、今日でちょうど百年になります。その間、あなたの魂は勇者の剣に封印されていました。これが懲役刑に相当すると、我々は判断しました」
「それで、百年経ったから、刑期満了で生き返らせて釈放するって?」
「そうです」
うなずくカーティスに、疲れたような視線を向ける。
「自分で言うのもなんだけどさ、いいのかよ? そんないい加減で」
「法律とはそういうものです。どんな法律でも瑕疵はある。悪法といえども法は法。従うことに意義があるのです」
「まあな」
メガデスもまた為政者であった。
法律の煩雑さや、融通の利かないことについては理解できる。
その法律とやらのおかげで、こうして生き返ることができたのだし、今更文句をいうつもりもない。
「無論、あなたの釈放に関しては、各方面から意見がありました。大勢は反対意見で占められていましたが。あなたを釈放すれば、少なからず問題が発生する。しかし、釈放しなければ、より多くの問題が発生することとなる。我々、ベナンダンディは大陸魔導社会の規範となる組織です。それが、率先して法を違えるようなことをすれば、信用失墜はまぬかれない」
「面倒な話だな」
その面倒の張本人が、かくいうメガデスなわけだが。
「まあ、大体の事情は掴めた。細かい部分は、おいおい調べていくとして、だ……」
ぽんと、机をたたくと、メガデスは居住まいを正し、カーティスに向いた。
「あらためて聞こう。宮廷魔導士カーティス・ドノヴァン」
「はい?」
「願いはないのか?」
「いいえ」
間髪入れずに答えるカーティスに、メガデスはなおも食い下がる。
「いや、でもほら。経緯はどうあれ、お前は俺を生き返らせてくれた恩人なわけじゃない? 礼をしないわけにはいかないだろう、人として」
「いりません」
「そりゃお前はそれでいいかもしれないけどさ、やっぱさあ、様式美みたいなものがあるじゃん。やっぱりお礼ぐらいはしておかなければ、魔王としての沽券にかかわるわけよ」
「公務ですので、殊更礼を言っていただく必要はありません。それに、囚人から謝礼を受け取りますと、収賄の罪に問われてしますので」
「……えー?」
かたくなに申し出を固辞するカーティスに、メガデスは不満げな表情を浮かべる。
「いや、でも俺、魔王だよ? 魔導を極めた男だよ。なんかあるだろう?」
「あなたが社会人として社会復帰してくださればそれで充分です」
「そういう優等生的な答えが聞きたいんじゃねぇよ。お前だって、生身の男だろう。欲もあれば、業もある。なんか、あるだろ? 欲しいものとか、やりたいことの一つや二つくらい」
「ありません。あなたに願うことはただ一つ。とっとと、ここから出て行ってください」
「いや、そんな犬や猫じゃあるまいし。あの世から呼び出しといて出てけって、それってどうなの?」
「犬猫ではないから出て行け、と言っています。犬や猫ならば、保健所に命じて保護しますが、あなたは人間だ。無実の人間を拘留していると、人権とかの問題が生じます。食費もかかりますし」
「動物以下なのかよ、俺……」
衝撃を受けたように、うつむくメガデス。
今まで魔王だとか、悪魔の化身だとか呼ばれたことはあるが、畜生以下の扱いを受けたのは初めてであった。
がっくりとうなだれていると、部屋の扉があいた。
「団長」
中に入ってきたのは、制服姿の若い女性だった。
おそらくはカーティスの秘書なのだろう。
研究室でも、部屋の片隅で何やら記録していたのを覚えていた。
女性秘書官は短く要件を告げる。
「彼女が到着しました」
「そうか」
報告にうなずくと、再びメガデスに向き直る。
「釈放、といっても当分の間は保護観察処分という扱いになります。行動には制限が付きます。詳しい説明は、彼女から聞いてください」
「彼女?」
たずねると同時、部屋の中に一人の少女が入ってきた。
制服姿であることを見ると、この少女もまた、宮廷魔導士団の一員であるらしかった。
「クリーデンス魔導官。こちらが君の担当する保護観察対象だ」
「は、初めまして」
緊張した面持ちで、少女は挨拶する。
「あなたの担当になりました、クリーデンス……ふぎゃっ!」
名前を言い終えるまえに、メガデスは動いた
立ち上がり、彼女の下へ駆け寄ると、
思い切り拳で殴りつける。
「……え、な、何? 何なの!?」
殴られた鼻柱をさすりながら、目を瞬かせる。
驚きのあまり、殴られたことに気が付いてないようだ。
カーティスと秘書官も、驚きに目を丸くする。
突然の行動に、彼らも反応できなかったようだ。
いちばん驚いていたのは、メガデスだったかもしれない。
叩きつけた拳と、少女の顔を見比べ、つぶやく。
「……あ、いや。悪ぃ」
素直に謝る。
ようやく自分が殴られたことに気が付いたのか、少女はメガデスに向かってまくしたてる。
「な、なんで! なんでいきなり殴ったりなんかするの!?」
「いや、なんとなく」
「なんとなく? なんとなくでいきなり殴るの!?」
「いや、なーんか、ムカつく顔していたから無意識に……」
「顔!? 顔なの!? 無意識に人を殴るって、どういうこと!?」
「……落ち着きたまえ。クリーデンス魔導官」
子犬のようにキャンキャンと、まくしたてる少女を、上司であるカーティスがなだめる。
「彼は長い間、刑務所に収監されていたのだ。情緒に問題があっても致し方ないだろう」
「ものすごく冷静で落ち着いているように見えるんですけど……」
殴られた後をさすりながら、メガデスを横目でにらむ。
「彼はその、なんというか……複雑な事情を抱えているのだ」
「複雑な事情、ですか?」
「そうだ。いろいろと問題はあるだろうが、どうか寛大な心でもって彼を導いてやってくれたまえ」
「はい、わかりました!」
カーティスに言われて、気を取り直したのか、
瞳に自愛を浮かべ、メガデスにやさしく語りかける。
「苦労したんだね、君」
「……まあな」
「きっと誰からも愛されず、孤独な生活の中で生きてきたんだね。世を拗ね、天をなじり、人生の裏街道を歩んできたんだね。うんうん、わかるわかる」
「…………」
「世間は君に対して冷たかったかもしれない。でも、あきらめちゃダメ。重要なのは、信用を取り戻すことだよ。そのためには、きみが世間を信じることから始めなくちゃダメなんだよ。私はあきらめないよ。きみが真人間として更生するその日まで、ちゃんとサポートしてあげ……って、痛っ! また殴ったぁ!」
再び拳を振るうメガデス。
さすがに二発目は見のがせなかったのか、カーティスが注意する。
「今度は、何で殴ったのかね?」
「いや、こいつの上から目線の説教がムカついたんで殴った」
「今度は意識した上で殴ったのかね?」
「ああ」
「ならいい」
「よくない! よくないですよ!!」
うずくまったまま半泣きで抗議するクリーデンスに聞こえないように、耳元に顔を近づけ、カーティスはささやく。
「一応、忠告しておこう」
「なんだ?」
「あなたが復活したことは、なるべく隠しておくように」
「なんで?」
「さっきも言ったが、あなたの釈放に関しては、複雑な事情によるものだ。百年たったとはいえ、魔王であるあなたの復活を快く思っていない者も多い」
「まあ、そうだろうな」
「あなたが復活は、公式には発表されていない。知っているのは、私とここにいる数人の職員だけだ」
「この娘は?」
「彼女は何も知らない。ただの事務員だ」
「ふうん」
本当に何も知らないらしい。
みつめると、少女は不思議そうな顔で見返してきた。
「あなたの復活が世に知られれば、面倒なトラブルを巻き込むことになるだろう。周囲には素性を隠しておくことが肝要かと」
「わかった、気を付ける」
うなずくと、カーティスはクリーデンスに向かって命じた。
「それでは、クリーデンス魔導官。彼を頼む。手続きについては、知っているな?」
「はい。先日講義を受けました」
「では所定の手続きに従って、彼を釈放するように。君の奮闘に期待する」
「はい! 了解しました」
元気に返事をすると、クリーデンスは退室する。
その後に続き、メガデスもまた部屋を出て行こうとして、
直前で、カーティスを振り向く。
「改めて聞くけど、本当に願いはないわけ」
「ありません」
「いや、でも。お前さんも魔導士だろ? 魔導についていろいろ聞きたいことがあるんじゃない? 核分裂の技術とか、暗黒物質の精製とか」
「興味ありません」
「錬金術とか興味ない? お金作り放題だよ? あんまりやり過ぎると、インフレになって、後始末が大変だけど……」
「いりません」
「……そっか。だったらしょうがないな」
あくまでも固辞するカーティスに、がっくりと肩を落とす。
ここまでないがしろにされると、さすがに傷付く。
とぼとぼと、捨てられた子犬のような足取りで、部屋から出て行く――寸前で、未練がましく振り返る。
「中高年のあなたにお勧め。体の一部がすっごく元気になって、持久力も増加する不思議なお薬の精製法とかは……」
「出ていけ」
「……はい」
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