第4話 魔王復活~誰も信じない(3)
「……釈放?」
意味が解らず、首をかしげる。
「釈放、って。一体どういう意味だよ? おい」
途端にくだけた口調になる、メガデス。
元々、堅苦しい話し方は好きではなかった。
合理主義的な魔導士の中でも、メガデスはとびきりの合理主義者であり、儀礼とか形式とか面倒なことは大嫌いな気質であった。
「文字通りの意味です。魔王メガデス」
詰問するメガデスに、平然とした様子でカーティスは答える。
「釈放。つまり、あなたをここから解き放つと言っているのです」
「うん。それはまあ、わかった。わかったけどさあ、そういうことを聞いているんじゃねぇよ。俺が言いたいのは、なんで釈放するのかってことだよ。いままで、剣の中に封じ込めておいて……そういや、ここはどこだ」
いまさらながらに、周りを見渡す。
よくみると、微妙に見覚えのある光景だった。
「宮廷魔導士団本部、グラウンド・ゼロ。かつて魔王城ダーク・パレスと呼ばれていた城です」
淡々とした説明に、メガデスも思い出す。
城の中にある研究室。
若干、くたびれた感じがしないでもないが、奇妙な機材が持ち込まれていること以外、当時と変わらぬ姿であった。
「俺が死んでから何年経った?」
「百年です」
「百年。百年か……」
腕を組んで、黙考する。
百年という年月は、永遠の時を生きる魔導士にとっては決して長い時間とは言えない。
しかし、定命の身である一般人にとっては永劫にも近い年月だろう。
生まれた子供が大人になり、子を産み死んでいく。
世代が一回りか、二回りするのに十分な年月だ。
魔導士ではない一般人では、魔王を知っている者は、存在しないはず。
いたとしてもそう多くはないだろう。
「……とりあえず。場所を変えませんか?」
難しい顔で考え込むメガデスに、カーティスが声をかける。
「いろいろと説明しなければならないこともありますし。落ち着いたところで、あらためて事情を説明しましょう」
「……ああ、そうだな」
カーティスの申し出に、メガデスは素直にうなずいた。
●
案内されたのは、研究室を出てすぐ隣の部屋だった。
事務室として使われている部屋らしく、飾り気はないが清潔な部屋である。
部屋の中にある調度品は、折り畳みの長机とパイプ椅子が数客あるだけ。
床にはカーッペットが敷かれ、天井には明々と輝く照明があった。
どういった原理かメガデスにはわからないが、この照明のおかげで窓のない部屋であるにもかかわらず、部屋の中は明るかった。
すっかり現代風にリフォームされた部屋の中で、メガデスはカーティスの説明を聞いていた。
「宮廷魔導士団ベナンダンディ?」
テーブルの上には水が用意してあった。
ガラスとは違う、半透明のボトルは、魔王の生きていた時代にはなかったものだ。
軽量で、適度な強度を持つボトルに興味が行きそうになるのをこらえ、カーティスの説明に耳を傾ける。
「そうです。魔導士による組織です。この大陸を統治している組織と考えていただきたい」
「その組織の長が、お前というわけか?」
「はい」
「つまりお前が、このアクラシア大陸を統べる、統一王朝の国王だというのか?」
「いいえ」
「違うのか? 国王はどうした?」
「いません」
「いない? 王がおらんのに、どうやって国を統治するのだ?」
「大陸にある七都市の代表による議会によって運営されています。王制は、この百年の間、存在しておりません。宮廷魔導士という呼称も、あくまでも便宜上の呼び名でしかありません」
「……ふーん。まあ、べつにいいけどな」
気のない様子で、答えるメガデス。
実際、興味のない話ではあった。
王国崩壊後、世界がどうなろうとメガデスには関係ない。
それよりも、机の上に置いてあるペットボトルのほうがよほど興味深い。
こんな物からでも、百年後の現在の社会がどのようなものかが推測される。
技術がどの程度、進歩しているかがわかるし、新鮮な水が広く社会に供給できるということも示している。
ぺこぺこと、ペットボトルをもてあそぶメガデスにかまわず、カーティスは説明を続ける。
「今から百年前、あなたは勇者によって滅ぼされました」
滅ぶ、という表現は適切ではなかった
実際には、魂を一時的に封印されていただけで、メガデスは滅んでなどいない。
事実こうやって生き返っているわけだし。
その辺を指摘すると、いろいろと話がややこしくなりそうなので、とりあえず黙っておくことにした。
「戦後、王政に代わる新しい政治体制が築かれました。大陸内に存在する、七つの都市国家の代表による、大陸議会を設立。そして、戦乱により荒廃した大陸を復興させるため、賢者スカイクラッドの指揮の下、宮廷魔導士団ベナンダンディが設立されたわけです」
「スカイクラッド? ……あの裏切り者が?」
忌々しげに、メガデスは言った。
賢者スカイクラッドは、メガデスにとってかつての弟子であり、腹心の部下であり――裏切り者である。
柳眉を吊り上げるメガデスに、カーティスは苦笑する。
「あなたにとっては裏切り者なのでしょうが、解放勢力にとっては勇者とともに魔王打倒を果たした功労者です」
「まあ、そういうことになるんだろうな」
勝利者の視点で語られるのが歴史の必定である。
わかっている、わかっているが納得はできない。
そして、自分を復活させてくれたカーティス率いる宮廷魔導士団は、その裏切り者の末裔であるというわけだ。
その皮肉な事実に、釈然としないものを感じずにはいられない。
複雑な心中のメガデスにかまわず、カーティスの話は続く。
「宮廷魔導士団が設立して最初の仕事が、魔王メガデス、つまりあなたの裁判です」
「裁判?」
「そうです。大陸議会はあなたを犯罪者として扱うことにしたのです。罪名は、人道に対する罪です」
「なんだよ、そのふわっとした罪名は」
あきれたような口調で、メガデス。
人道、という言葉自体、極めて曖昧なものだ。
道徳なんてものは社会体制や、地位や立場。時代によって容易に変質する。
解釈によってどうとでもとらえられてしまう法規範で、罪科を決定するのはいささか強引である。
「欠席裁判で、しかも死人を相手に裁判をするとは、また随分と酔狂な話だな。到底、公平な裁判とは言えねぇな」
「そうでもないと、大陸を統治するための正当性を主張することができなかったのですよ」
他人事のように言う、カーティス。
実際、彼にとってみれば他人事なのだろう。
何しろ、百年前の話である。
正確な年齢はわからないが、外見を見る限り五十代そこそこ。
どう考えても百は超えていないだろう。
強引極まる不当裁判も、彼にとっては生まれる前の出来事だ。
「発足直後の大陸議会は混乱状態にありました。大陸の中に存在する民族、宗教、軍閥。これらの勢力を抑え、議会としてまとめ上げるには、明確な旗印が必要だったのです」
「要するに、私刑か?」
「そういわれても仕方ありませんな」
またもや、他人事のようにいうと、カーティスは肩をすくめる。
「そこはそれ、勇者はどうしたんだ? あいつが俺の代わりに、王になればよかったんじゃないの?」
「勇者ライオットは消えました」
「消えた?」
「ええ。記録によりますと、魔王城での決戦の後、勇者ライオットは何処かへと消えさってしまったそうです」
「うわあ、革命起こして、あとはほったらかしかよ。無責任な野郎だな!」
渋面で、メガデスは言った。
「他の連中はどうしたんだ? 竜騎士スチールハートはどうした。あいつ、反乱軍の将軍だろ?」
「死にました」
「死んだ!? ウソだろ! あんな鬼強ぇ奴がなんで……」
「病気だったみたいです。終戦後、あえなく」
「ええーっ? 殺しても死にそうに無ぇ奴だったのに。そんじゃあ、ババァはどうした! 聖女ミッドレイクは! 大聖母教会の教祖様なら、大陸統治なんて簡単だろうに」
「政治には興味がないと言って、一線を退きました」
「あンのクソババァ! ……スカイクラッドはどうした! あのクソ弟子は!」
「スカイクラッド師は、宮廷魔導士団の設立した後、大陸復興に尽くされました。それからまもなくして……」
「死んだっていうのか?」
「はい」
「何やってんだ、あいつらは!? 反乱起こしたんなら、もっとちゃんとしろよ、ちゃんと!!」
不甲斐ない勇者パーティーに向かって、メガデスは理不尽な怒りをぶつける。
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