2022

1月

Episode1 「お配りよろしくお願いします」

 日本語の取り扱いが難しいことは、重々承知している。そう思っているのは老若男女問わずだと思うが、ここ最近、独特な表現をする後輩の言葉遣いがやや気になる……。


 ――お客様へのお配り、よろしくお願いします。


 これは、各部署に向けて指示を出した文書の中にあった一文である。

 今回の場合は「お配り」という言葉が気になるのだが、それは私だけだろうか。


 「お配り」というのは「丁寧にしよう」という心意気の表れだったり、配る人への敬意を払った言い方なのだと思う。しかし、残念ながらこれは不適切な表現だ。

 それは「お」や「ご」などの接頭語は、基本的にどの言葉に付けるかが決まっているからで、そのなかに「お配り」というものがないためである。


 基本的に「お」は和語に対して付け、「ご」は漢語に対して付ける。この法則に当てはまらない例外もあるが、それはあまり多くない。

 また、たとえ上記の文のように、他人に関わる動作や状態を表わす表現であっても、接頭語である「お」や「ご」を付けるのが不適切なものもある。上記の一文はそれに当てはまる。


 よく、居酒屋などで「おビールお持ちしました」などと店員に言われることがあるかもしれないが、あれも不適切な表現だ。「お酒」はよくても「ビール」は使ってはいけない。そういう決まりが日本語にある。

 何故、「ビール」に「おビール」としてはいけないのかというと、前述したように、和語に対しては「お」を付け、漢語に対しては「ご」を付けるからだ。「ビール」はそのどちらにも当てはまらない。故に、不適切というわけである。


 ただし、「お配り下さい」として使うのであれば、間違いとは言いにくい。敬語の規則のなかに「お[ご]を付けず動詞連用形・サ変動詞語幹に直接『ください』と付けるのは誤り」とされているので、「配り下さい」とは言えないからだ。

 しかし「お配り下さい」という表現を使うとなると、謙譲語の表現になる。「お〔ご〕~する〔申し上げる〕」は、自分の動作に対して使うもの。しかし「お配り下さい」というのはどう考えても、他者への指示である。つまり、どうあがいても「お配り」という言葉はつかえないことになる。


 ということで、今回の問題に対して答えは出たが、それよりも問題なのはこれについて後輩に教えた方がいいのか否かである。

 もちろん、教えてあげた方が親切なのだろう。

 だが、後輩は自信満々に使っているため、それを言ったら矜持きょうじを傷つけることになってはしまわないだろうかと想像してしまう。いや、会社のためにも教えてあげた方がいいとは思う。今後の後輩のことを考えて、言ってあげることが優しさだ。

 しかし、部署が違う人に口を出すのはお節介ではないか。そもそも、言葉の指摘に対していい顔をする人はいない。いくらこちらが心を砕いても、素直に受け取れる人は一握りである。そう思うと、私は口を閉ざした方がいいという考えに落ち着いてしまう。

 日本語について考えようとして下さっている『NIHONGO』の読者の方なら、少なくとも話は聞いて下さるだろう。そしてきっと、「なるほど」と言って下さったり、「こういう考えもあるんじゃないか?」と言って下さるに違いない。

 しかしそれほど興味のない人にとっては、間違っていてもそれでよいと思っている方が大半を占めている。

 日本語の間違いについて調べることよりも、それをどうやって使っている相手に教える方が私にとっては難儀なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る