第9話

「えー、それでは生徒会長による新入生への挨拶を始めたいと思います」


 少々頭が心許ない教頭によって挨拶は始められる。同時に長い髪を揺らしながら生徒会長が壇上に上がった。

 絶世の美女と、そう表現しても差し支えない程の女性がそこにはいた。周りから息を飲む音が聞こえる。


「皆さんこんにちは。今期生徒会長を務めさせていただいている、2年の七瀬ななせ琴美ことみです」


 すべてを見透かしているような黒の瞳に、吸い込まれるかのような黒髪。スッキリと整った鼻とキリッとした眉が、人に少し鋭い印象をもたせる。その声はよく通り、声優になれば売れるのではないかと言うレベルだ。


「君たちはまだ入学して3日なので、まだまだ学校には慣れていないでしょうが、これからの高校3年間存分に楽しんでください」


 はっきり言ってしまおう。惚れた。

 もしかしたら今朝後ろ姿を見たのはこの人なのかもしれない。そして槙也の言っていた、とてつもない美少女はこの人なのだろう。


 「そして、私達生徒会は皆さんが悔いの残らない3年間を送れるために全力で活動していこうと思います。それでは少し短いですが私の挨拶はこれで終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございました」


 七瀬会長が言い終わると、一瞬その場が静寂に満ち、その後割れんばかりの拍手が起こった。

 興奮冷めやらぬ中、空気の読めないハゲ教頭が1限の時間が30分になることだけを伝え、解散となった。

 周りは解散となると同時に生徒会長の話題で溢れ、騒がしくなった。俺もその例に漏れず隣の結崎さんに話しかける。


「七瀬会長、ものすごい美人だったね」


「…………」


「結崎さん?」


 ……反応がない。ただのしかばねのようだ。

 じゃなくて、本当にどうしたのだろうか。少し揺すってみる。


「……ん?」


 良かった、死んでなかった。


「どうしたの結崎さん。体調でも悪いの?」


「大丈夫。ちょっと気を失ってただけ」


「え、寝てたの?」


 質問の答えに結崎さんは首を振った。


「じゃあ、生徒会長の名前、言える?」


 そう言うと結崎さんは突然立ち上がり、体育館を出ていった。

 もしかしたら結崎さんの機嫌を損ねてしまったのかもしれない。後で謝っておこう。

 そう思い、教室に戻ろうとすると槙也に声をかけられた。


「修、あれが例の人だ」


「やっぱりな。そうだと思ったよ」


 歩きながら会話をする。


「やはり彼女はありえない程の美人であるな」


「そうだな。俺は惚れたよ」


 そう言うと槙也はうんざりという顔をした。


「そうなると思っていたから、修と彼女をあわせたくなかったんだがな。まさか生徒会長をやっているとは思わなかった。修、付き合えるとは思うなよ。」


「分かってるって、この気持ちは大事にしまっておくさ。もしかしたら告白するかもしれないがな」


「全く分かってないではないか。しかし、その時は全力で援護させてもらおう。力になれるかはわからないがな」


「センキュ。そう言ってもらえると助かるよ」


 なんだかんだこいつは良いやつであると思う修であった。


 教室に戻り、後ろの席にいる結崎さんに先程のことを謝る。


「結崎さん。さっきはごめん。まさか気を失ってたとは思わなかったんだ」


「そう、私は気を失ってただけ。分かったならいい」


 結崎さんは意外と面白い性格をしているらしい。表情が読めないのが難点だが、それほど気にはならない。

 結崎さんと話し終え、前をむくと数学の先生が教室に入ってきたところだった。


「では、授業を始めたいと思います。30分しかないので急ぎます。ちゃんとついてきてくださいね」


 それからは淡々と授業が進み、昼休みになった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る