一ノ瀬柚子のお悩み相談室





「柚子ちゃん先輩~! 私はもうダメなんですぅ!」

「私の配信が終了して3分もしないうちに面倒くさいチャットを送ってきて、返事したら有無を言わさず通話を繋いだ奴から『私はダメ人間だ』と言われても同意しかできないわよ?」

「ダメ人間なんて言ってません! もうダメって言ったんです!」

「そんなに変わらないでしょう。違うとすれば『もう』ダメか、『やっと』ダメになったかくらいよ」

「なんか今日の柚子ちゃん先輩、当たり強くないですか!?」

「今日の配信終わったし明日の準備して寝ようと思ってたところに来た、招かれざる客に対する態度としては完璧なはずだけど?」

「相談する相手間違えた!」






 今更気付いたのか、この後輩は……と呆れる。

 大学を卒業してそのまま就職した私は今日も社会に貢献してきたし、明日も貢献する予定。休みなんて基本的に週末か夏と冬の長期休暇しかないから当たり前だ。今週は始まったばかりだし、この前夏が終わり今は初秋といったところで冬にもまだ早い。

 明日の出勤時に必要な諸々の準備をして25時くらいには寝れるかな、と思っていた矢先の予定外のイベント。私が社会人で深夜にはほぼ連絡付かないことを知っているはずなのに押しかけてきたこの後輩には、今日はこのくらいの態度でちょうどいい。

 まぁどこかの馬鹿後輩とは違って、この子——くれない林檎はわざと今日みたいな事をしているわけじゃないから怒ったりしない(違う意味で馬鹿だとは思ってるけど)。

 あっちは分かった上で面倒な態度で接してくるし、何かあっても私が断らない(断る理由がない、とも言う)ラインで責めてくるのが生意気だ。そして肝心な時に頼らないと来た。隠し事が下手くそなくせに、私に隠れてコソコソするなっての。





「それで、何? 悩み事?」

「えっ……聞いてくれるんですか?」

「私の睡眠時間を削ってでも聞いて欲しい話があるんでしょう? 気になるから話してみなさい」

「いやいやいや! そんなそんな、柚子ちゃん先輩さんの睡眠時間を削る程の話じゃないので……やっぱり無しになったり?」

「なるわけないでしょう? 早く話してくれないと気になってこの後寝れなくなっちゃうわ。オールで出勤するしかないわね……」

「タチが悪い! 押しかけた分際で言うのもなんだけど、めちゃくちゃタチ悪いですね柚子ちゃん先輩! 言い辛いったらありゃしないですよ!」

「本当にどの口で言ってるの。まぁこれくらいで許してあげる……いい加減に要件を聞きたいんだけど?」

「あっ、はい。えっとですね……最近、メモリーズ内で恐竜のゲームが大流行中じゃないですか」





 恐竜のゲーム。

 そこら辺に恐竜やら絶滅したはずの生物が生息している広大な世界が舞台のゲームで、そこにプレイヤーはその身一つで投げ出されるところからスタートする。

 一応のボスやエンディングはあるが、まず最初は衣食住を確保することから始まり、何故か古代にはない(現代でも見ない)アイテムを生成、駆使して生活していくことを目的としてプレイヤーは進めていくことになる。

 アイテムの中には謎の技術により恐竜を捕まえることができるアイテムもあるという如何にも男の子が好きそうなゲームが何故、女所帯のメモリーズで大流行しているかというと、ゲームの終わりどころがない事とコラボのしやすさにある。特にこのコラボのしやすさというのが大きくて1人が2人、2人が4人といった形で爆発的に流行していった。





「確かに今のメモリーズは、どの時間帯でも誰かしらが恐竜と戯れているわね」

「そうなんです! このままじゃ……このままじゃダメなんです!」

「なんでよ?」

「だって、だって……寂しいんです! 皆、通話に誘っても恐竜が忙しそうだし……私達の1年が、出会ってちょっとの恐竜に負けるなんて納得いきませんよ!」

「はぁ」

「それに私のマシマロとか鳩のリプライにも恐竜やらないのかって質問が定期的に来るし! 私だって好きでやってないわけじゃないんですよ!?」

「あー、確かに林檎も最初に裏でちょっとやってたわね。なんでやめたのよ」

「私のパソコンじゃ裏で遊ぶのが精一杯でした! 配信なんてまず無理ですし、裏でだけやるのもリスナーに悪い気がして……あと単純にゲームが合わないです! 無駄にリアルで!」

「絶対最後が原因でしょ」





 確かにあのゲーム、無駄に生き物の描写がリアルだから耐性の無い人間——特に女性には厳しいかもしれない。私は平気だったし、他のメンバーも当たり前のようにプレイしてたから全然気にしてなかったけど、林檎のようなタイプもいるわけで。

 というか裏だけでプレイするのがリスナーに悪いとか、SNSにくる質問に心を痛めるとか言い方は悪いけど良い子ちゃんすぎる。1年もやってればそういうのに慣れてくるものだと思うけど、変に純情なままここまで来たのか。この娘の同期には特に神経が図太いのがいるから、少しはあっちを見習ったらいいと思う。

 まぁ見習えと言ったところで、できそうにないから言わないけど。馬鹿なこの娘には難しい相談だ(ここでの馬鹿は、馬鹿正直の馬鹿の事)。





「どうせ今の恐竜ブームも直ぐに収まるわよ、それまでは我慢しなさい。恐竜以外で何を配信すればいいのか分からなかったら、得意な歌枠でも取ればリスナーも喜ぶでしょ?」

「流石に毎日歌枠取られるリスナーの気持ちにもなってください……あと私の喉とか」

「取れるなら取りたいみたいに聞こえたんだけど?」

「配信外でも歌は歌いますからね、結局。私が良くてもリスナーが良いとは限らないって話ですよ。最近、全国の主婦が晩ご飯の献立を悩む気持ちがわかりました」

「私は毎日好きなもの食べても飽きないけど」

「リスナーが皆、柚子ちゃん先輩だったら私も楽だったのかもしれませんね……」

「基本ロムって指示コメか批判コメしか書き込まないけどいい?」

「嫌ですごめんなさい」

「よろしい」

「こうなったらネットで見つけた、絶対にバズる3つの方法を実践するしかない……!」

「ちなみに中身は?」

「売名、炎上、百合営業……です!」

「悪い事は言わないからやめておきなさい。全部あんたには無理よ」





 どれ1つ碌なモノがなかった……最後のは比較的マシに見えるけど、この娘は正直1本で生きてきたんだろうし、今更演技なんて無理だろう。

 今の3項目を聞いて思い出したが、先月あった某オフコラボは炎上と百合営業を抑えてバズってた気がする。正確に言うと、同じ箱のライバー同士が裏でケンカした話をした割には燃えなかったし、ひまり曰く営業ではなくてガチらしいが。見えないところからすれば営業かどうかなんて同じか。

 そもそもあの2人が実の姉妹だという事を知っている人間自体が運営スタッフを除けばユキから直接聞いたひまりと、ひまりから聞いた私しかいないはず。この事が外に知れれば、それこそバズりの引き金になるかもしれない。もしくは同性の近親による禁断の関係を突っつかれるかもしれないが、そちらは近親云々を抜きにしても今はマイノリティーに関する話は話をややこしくするだけでデメリットの方が多そうだ。

 私としては同性だろうがなんだろうが結局は当人同士の話でしょ、で終わってしまうけど。少子化とかまでいくと政治に触れそうだし、この話はここまで。





「……じゃあ、私は寝るから。おやすみ」

「あっ、はい! おやすみなさい! 今日はありがとうございました!」

「私は何もしてないんだけど、ありがたく受け取っておくわ。大して時間も取られなかったし」





 そのままの流れで通話が切れた。

 現在時刻は午前0時30分を少し過ぎたところ……朝の30分ならともかく、寝る前ならそこまで気にする程でもないか。あの良い子ちゃんの事だから、私を気遣って少し話しただけで通話を切ったのかとも思ったけど、その割にはスッキリした感じを覚えたし問題ないでしょう。態々追及する話でもないし、私は本当に話を聞いて適当に返しただけだ。





「……さっさと準備して寝ましょ。それがいいわ」













「お呼ばれしたので来たんですが、今日はどのようなご用件でしょうか……?」

「何その話し方」

「急に不良から呼び出しをくらったもので。流石にツラ貸せはちょと」

「今度1発ね、今から予約しておくわ」

「相変わらず理不尽な人だなぁ」





 私からすれば、そっちこそ相変わらず生意気な後輩だとしか言えない。

 理解してそうしているのが余計に生意気だ。生意気な態度を取ってくる相手に対して、ついこういう態度を取ってしまうのが私の悪い癖だけど、アレは私から構ってもらうには生意気な態度を取るのが最効率だと1年足らずの付き合いのうちに気付いてしまった。おかげで私の大学生活のラスト半年程度は、常に生意気な後輩を構いながらの生活だった。

 自分で言うのもなんだけど、決して良いとは言えない態度で接していたはず。それでも嬉しそうに傍に寄ってくるこの後輩は大丈夫なんだろうか? 

 たぶん動物で例えたら犬だろう。忠犬じゃなくて駄犬の類。悪い飼い主に引っかかるタイプ。





「昨日の配信終わった後、あんたの同期の馬鹿から相談……相談? された。メモリーズで恐竜が流行りすぎて寂しいって。あんたら、ちゃんと構ってあげなさいよ」

「あちゃー、やっぱリンゴン気にしてたのかぁ。……ていうか柚子ちゃんパイセン、配信終わりにリンゴンと話したんですか!? 通話!?」

「それが何か関係あるの? ていうか、寂しがってるの気付いてたのね」

「何それ羨ましい。私も柚子ちゃんパイセンと深夜の個通希望です」

「今してるじゃない、個通」

「深夜じゃないですよ! 朝まで通話したりとか寝落ち通話とか、そういうの憧れてたんですよ……」

「無理言ってんじゃないわよ。夜帰宅して朝出勤する人間に朝まで通話とか」

「だから遠慮してたんじゃないですかぁ……リンゴンずるい……」





 なんか面倒くさいモードに入ったけど無視。構うだけ無駄。





「気付いてたんなら話は早いわね。私が言うまでもないでしょうけど、ちょっとでも気を使ってあげなさい」

「はぁーい……」

「あの娘も今すぐやめろとは言ってないし、むしろ配信でやりたいのにできない自分が悪いみたいな話をしてたわね」

「あぁー、如何にもリンゴンらしいなぁ」

「嫌いじゃないけど配信できない人間の気持ちがわかる? 好きで恐竜配信ばかりやってる茜坂マリさんには」

「そもそも私はリンゴンじゃないので、リンゴンの気持ちが全部わかるなんて言えませーん」

「あんた国語の成績悪そうね。テストで登場人物の気持ちを答えろって問題にいつもバツ付いてたりした?」

「さっきの言葉は柚子ちゃんパイセンの真似して言っただけですよ、私はそれなりに理解しているつもりです。それと自慢じゃないですけど私は国語の成績は良かったですし、文章問題も得意でした」

「それ、遠回しに私の国語の成績が悪かったって言ってる? 私も悪くなかったし、他人の気持ちなんて適当に書けば大体合ってたから苦労した記憶もないわね。あと、私に彼女の気持ちはさっぱりわからなかった」

「いやぁ……好きで恐竜配信やらない一ノ瀬柚子先輩の言う事は違うなぁ」





 まぁ、そうなのだけど。

 結局私は好きで恐竜配信をせず、いつも通りの配信をする日々を送っているわけで。そんな私に、好きな配信ができなくて辛いと相談されたところで何も返せるわけもなかった。

 本当に、ただ話を聞いていただけで彼女は満足して帰ってしまった。私としては大変にありがたい話だった。

 私に相談する程だし悩んでいたのは本当なんだろう。だからといって恐竜ブームが起きてから配信してなかったわけでもないし、彼女のあまり引きずらない性格だったりもあっていつも通りの配信で問題ない、と少し背中を押してあげればすぐ立ち直ってしまった。

 この役目が私であった必要なんてないし、馬鹿ともいえるその性格が少し羨ましく感じる。自分がなりたいとは思わないけど。





「先輩は昔から、最終的に自分の好きな事しかやらない人ですよねぇ」

「別に、恐竜は嫌いじゃないけど」

「嫌いじゃないってことは、そこまで好きでもないんでしょう? そこまで好きじゃないから、それより好きな事をやっていたい。だから配信でもやらないし、裏で少し遊んで終わったんですよね」

「……ちょっと鳥肌立った。何あんた、私の観察日記でもつけてるわけ?」

「そういう厄介なファンみたいな行為はしてないですよ、ただ一緒に居て気付いただけですって」

「身の危険を感じるから通話切っていい?」

「ちょ、なんもしませんって! 本当です、本当! 先輩に失礼な事なんてできませんよ!」

「あんたと話す度に失礼な事されてた気がするんだけど、今日も初っ端からあったわね」

「そんなつもりで言ってないです! ……だからその、通話切るのだけはやめてもらっていいですかね……」

「そんなに私と話したいわけ……? それはそれで、ちょっと」




「だって先輩、いつもならこの時間って配信してる時間ですよね? だけど今日はお休みして、私と今通話してるのに……ここで切られちゃったら勿体無いというか。あっ、先輩が何か用事とかあるなら別ですけど……私は久しぶりに先輩と話せて嬉しかったですし。平日は毎日朝から出勤して夜に帰ってきた後、配信やってるの凄いと思います。休日も平日長時間できない分ってことで、自分が好きなように配信して楽しそうだなって。だから私も、あんまり空いてる時間に通話できるか聞くのも迷惑かなって控えてて……でも昨日、配信終わった後にリンゴンと通話したとか羨ましいし、やっぱ勇気出して通話に誘えばよかった……いや、でも」




 めんどくさっ!

 ちょっと(1ヶ月)話しする機会が作れなかっただけでこれとか、めんどくさっ!

 あぁでも他にもあるか、私が昨日林檎と通話したのもか。

 なんで大学時代の私はこんなの拾っちゃったのかなぁ……今からでも返品対応受け付けているだろうか。でも返品するにしても引き取り先がいない以上、本人に直接言うしかないのか。となると泣きそうな顔しながらも、わかりましたって言って去っていくのが容易に想像できた。

 うん、やっぱ返品なし。目覚め悪すぎ。

 ていうかやっぱこいつ、駄犬では? その場合、こいつを引っかけた悪い飼い主枠が私になるわけだが……私はどちらかといえば被害者なんですけど。こんなんだって知ってたら拾わなかった、はず。

 でも初めて会った時からしてネガティブモード全開だったし、最初から面倒くさいやつだった。つまり拾った私の自己責任かぁ……。

 それよりまたこいつ、1人で溜め込んで爆発してるし。私に迷惑かけるのが嫌だって言ううくらいなら、いい加減こうして溜め込んで爆発される方が迷惑だって事に気付いてくれ。





「ひまり、あんた土曜の夕方に泊まる準備して事務所に来なさい。そのままどこかで夕飯食べて私のうちに1晩泊まり。日曜は適当に何かして、夕飯食べて解散。何か質問は?」

「……今、柚希先輩のおうちにお泊りって聞こえたんですけど。私の耳がおかしくなったわけではないですよね?」

「ちゃんと聞こえているようで何より。で、質問は? 事務所集合だから、私の家の住所忘れてても問題ないわよ」

「な、なんで急にお泊りだなんて話が出てきたんでしょうか……?」

「なんでも何も、ひまりが言い出したんでしょ。朝まで話したいとかって。それに拾った犬の世話は飼い主の役目だし。それが言う事を聞かない駄犬でもね」

「い、犬扱い……」

「構って貰いたくて態と生意気な態度取ったり、散々何かあったら溜め込まずに頼れって言ってるのに守らない奴にはちょうどいいでしょ? 人間扱いされたかったら直しなさい。あんたが弱っちい人間だってことなんて最初から知ってるんだから、何も強がる必要なんてないの」





 ……そう。ひまりが面倒な奴だって事なんか、最初からわかってたんだから。

 私が受け身でいたところで改善しないんだったら、こっちからも動くしかない。

 それが1人俯いて生きていたひまりを拾い上げた私の責任、でしょう?





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