蛇足

初めての友達


 美人と待ち合わせすると楽だと気付いた、とある土曜日の午前11時。

 待ち合わせ場所に選んだ適当な駅前にある適当な喫茶店に入ると、探すまでもなく窓際でスマホ弄っている女がいた。

 店が混み始めるピーク時間より少し早いこともあって、まだ席が埋まり切っていないのもあるが一目で気付けたのも、美人特有の光り輝くオーラが体から出ているからだ。

 どこにでもいる黒髪ロングでも美人だと注釈があれば艶めいて見えてくるし、どこにでもある喫茶店でも美人がいるというだけで特別に思えてくる。美人補正ってやつか。

 同じ女として生まれてきてもちょっと顔が良い止まりの私と、学年一どころか学校一レベルの彼女とでは比べるのもおこがましすぎる。

 これで性格が傲慢だったりするのがお決まりの欠点なのだがそうでもない。まぁ違った意味で性格に難はあるが。


 


 

「やほー。おまたせー」

「やっほ。時間ぴったりだね」

「ユキは早いねー。真面目ちゃんだ」

「そんなことないよ。5分前に着いてないと落ち着かないだけ」

「そこが真面目ってこと」

 


 


 夏と秋のちょうど間の季節、まだ少し……どころかだいぶ暑い日もあるが、対面に座る黒髪の女はその髪と同じ色の服を上下で揃えていた。しかも腕も脚も出さないスタイルで。

 今日はそこまで暑くなかったうえに正午前というのもあって涼しかったが、どうせそのうち暑くなるだろうしと面倒さを誤魔化す為の言い訳をしつつ、半袖のTシャツにショートパンツを穿いてきた私が馬鹿みたいだ。

 いや、本当は私が正しいはずなのだがモブ……サブヒロインくらいにしておこう。サブヒロインとメインヒロインではメインヒロインが正義なのだ。ここでも顔が良い女が勝つ運命ってわけ。


 

 


「まだ注文してないけど、マリ……あっ、こっちでもマリでいい?」

「いーよ、私もユキって呼ばせてもらうし。ネットの友達と会うなんてほとんど経験ないけど、お互いリアルっぽいで助かったね」

「そうだね。日本人顔してるのに外国の名前で呼ばれるのも違和感だろうし、それっぽくてよかった。でもそこまで他人の会話なんて聞かないか」

「んー、まぁ普通はそうだけど。ユキはちょっと気を付けた方がいいかもね」

「そう? マリが言うならそうなのかも、気を付けておくね。……で、注文どうする?」

「私はアイスコーヒーだけでいいや」

「じゃあ、私もそれで」


 

 


 注文の為に店員を呼ぶと、私が1人で来た時よりも気持ち早くオーダーを取りに来たように感じる。

 まだそこまで客がいないとはいえ、それなりにはいるから決して暇ではないはず。

 アイスコーヒー2つとだけ注文、かしこまりましたと返されてからキッチンに戻り商品を運んでくるまで1分もなかったことを考えると、案外暇だったのかもしれないが。

 2人してコーヒーで乾杯を済ませると、軽く1度口を付けた。

 待ち合わせの場所で喫茶店が1番都合が良くて、その喫茶店で待ち合わせをしたから形式上注文しただけ。喉が渇いているわけでもないのでこれだけで十分。

 相手も同じように1口しか飲んでいないし、早速本題の方に入りそうだ。


 



「はやてとの事、色々と相談に乗ってくれてありがとうね。助かったよ」

「いいってことよー。友達の頼みだからね」

「無事に仲直り? みたいなのもできたし。マリのおかげ」

「いやいや、私なんて全然大したことしてないし。全部ユキと早川ちゃんが自分たちで解決しただけっしょ」

「そんなことないよ。1人で抱え込まないで、誰かに話すだけでも楽になれた。絶対にマリのおかげ」

「いやいやいや……っていうと無限に続いちゃうから、ありがたく受け取っておくわー。にしてもリアルで会ってお礼言いたいとか、ほんとに真面目ちゃんなんだから」

「だから、そういうわけじゃないんだけどなぁ。ただ今回の件で、実際に会って目を見て話すことの大切さを知れただけだよ」

「なるほどねー。……まぁ実はリアルでそんな遠くに住んでなかったわけだし、別にいいけど」


 

 


 私の住む町とユキの住む町が隣同士らしいというのは、ユキがリアルで会って礼を言いたいと申し出てきてすぐに発覚した。

 別に多少距離があっても会うのに問題はない。ただの気分的な話だ。

 隣同士らしいので、待ち合わせはユキの町の方にある駅前にしてもらった。

 ユキは遠慮していたが押し切った。町の1つくらいで移動時間も何もない。


 

 そんな事よりも、私にとっては早川ちゃんとユキがリアルで姉妹だった事の方が驚いた。

 前から2人の仲の良さは有名だったけど、リアルで姉妹だったら納得するところもある。

 早川ちゃんがユキに憧れてこの世界に入ってきたのも、姉と一緒に遊びたかったからだと聞いた時には心が温まった。その後に私に嫉妬してユキと口論になったことを聞かなければだが。


 


 

「早川ちゃんとのオフコラボも、結果的にあんま批判無くてよかったね。配信者同士がケンカしてた話なんて良い火種かと思ったら、案外燃えなくてびっくり」

「いかにも燃えて欲しかったみたいに聞こえるんだけど?」

「それは失礼しましたー。でも私達のリスナーなんてちょーっとしたことでもすぐ杞憂するからさ。今回の事なんてカモ葱案件じゃんねぇ」

「まぁ否定はしないけどさ。コメントでもいくらか言われたし。……でも、それ以上に柚子からは散々叱られたよ」

「ぷっ……柚子ちゃんパイセンは相変わらずだなぁ。ユキもユキで、素直に聞いてくれるから叱りがいがあるんだろうねぇ」

「私の事を叱ってくれる人なんて今までいなかったから新鮮なんだ。両親は良い人達なんだけど不干渉気味だったし、妹はアレコレ言ってくるけどただ甘えてるだけだってわかるし」

「何それ、惚気? ウケるんだけど」


 

 


 本人にその気は無さそうだけど、ちょっとからかうくらい許してほしい。

 早川ちゃんとオフコラボを行う事が決まってから1週間の間、毎日相談を受けていた報酬みたいなものだ。

 さっき礼なんて要らないとは言ったけれど、それは感謝の言葉の事であって貰える報酬は貰っておく。

 変に遠慮する関係なんてお互いに『らしく』ないし。

 まだ顔を合わせて1年の関係だけど、どちらも遠慮するのもされるのも好きじゃないことくらいわかってる。

 だからこれでいいんだ。気の許せる友達、だからね。



 


「ていうか、なんで私に相談したわけ? 相談するならもっと良い人いたでしょ。それこそ柚子ちゃんパイセンとか」

「それは……マリがヴァーチャル世界で、いや、私が生まれて初めて自分から作れた友達だから」

「……へえ」

「つまんない話になっちゃうけどさ。私って小さい頃から相手の顔を見れば、今どんな感情なのかわかったんだ。気付いたらどういう時にどういう感情を人が持つか理解できて、何も面白みのない人生になってた」

「……」

「中学まで上辺だけでも友達なんて存在とは無縁で、家族だけが理解者……ううん、結局私の理解者は妹だけだったかな。そんな時に高校に入学して、初めての友達ができた」

「その友達に相談しなかったのはなんで?」

「もう友達じゃないから。昨日まで友好的だった彼女は、ちょっとした事で私を憎むようになったよ。……まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど。それで、リアルの人間関係は失敗したけど相手の顔が直接見えないヴァーチャル世界でなら、もしかしたら上手くいくんじゃないかってVtuberに応募したんだ」

「……そうだったんだ」

「結果合格してデビューして、初めて他のライバーとコラボできるようになって……ついに複数人でのオフラインコラボまで成功できた」


 

「オンラインとはいえコラボも慣れてきたけど、初めてのオフラインで10人近くと会う事になるって考えると凄く緊張した。また失敗したらって思うと、何度も断ろうと思った」

「でも、ユキは来たね」

「うん。このチャンスを逃したら一生後悔すると思ったし、私にとってVtuberは希望だったから。……そして初めて皆とリアルで会って、びっくりした。皆私に優しくしてくれて、配信と同じ調子で面白くて、その時のイベントに真剣に取り組んでた。あのマリでさえ」

「ちょっとー、それどういう意味ですかー?」

「それくらい意外だったってこと。マリってこういうイベント事、面倒臭そうだと思ってたけど……口では面倒臭がりながらも、目は真剣だった。だから私も……私が1番頑張らないと、って必死に練習した」

「結局、柚子ちゃんパイセンに大目玉くらってたけどねぇ」

「あれはマリが柚子の前に連行してくからでしょ……」

 


「……まぁそんなわけで、マリが私の初めての友達なんだよ。灰猫ユキの初めてのコラボ相手さん」

「いやぁ、なるほど。とりあえずユキが私に感謝してるのはよくわかったよ」

「うん、それだけわかって貰えればオッケー。……で、申し訳ないんだけど今日はこれで解散ってことでお願いしてもいい? マリと会ってくるって言ったら、この後妹と出かけなくちゃいけなくなっちゃって」

「あーうん、おけおけ。早く行って妹ちゃんの機嫌取ってあげて。私刺されるのは嫌だからね」

「うちの妹はそんなことしないんだけど? 変なキャラ付けしないでよ」

「ごめんごめん、冗談だってばさぁ。……あ、そうだ。今度は私ともオフコラボしようね」

「……うん、もちろん」


 


 

 ユキと一緒に喫茶店を後にした。

 会計の時にユキが奢ってくれそうになったが、割り勘にまで持ち込んだ。

 ユキはお金出さないと気が済まないだろうけど、私は割り勘以上じゃないと引く気ないよと言って納得させた。たかだかアイスコーヒー2杯で割り勘か奢りか揉めるのなんて馬鹿らしいってのは言わないでほしい。

 しかしユキからあそこまで感謝されるとは思わなかった。

 本当に自分では大した事をやったつもりなんてないし、初めての友達だなんて大げさだ。

 でも彼女から感謝されて嬉しい気持ちもある。

 自分の罪が軽くなったようで。


 



「私はただ見ていることしかできなかったのに、ね……」


  



 私にとって忘れられない高校3年間。

 クラス中の誰よりも輝いていた彼女は、クラスで誰よりも暗い場所にいた。

 クラスの中心気取りの勘違い女主導によるつまらない虐めは、私たちが卒業するまで続いてしまった。

 虐めといっても暴力やカツアゲなんてことは一切なく、彼女に対する噂が流れたり無視されたり程度のもので。私達が通っていた高校はお嬢様校とまではいかなくても、そこそこ良いところだったから虐めもお上品だったのかもしれない。

 まぁ虐めにお上品も何もないし、前提としてあんなつまらない女が主導している以上はつまらない虐めであることは明白だろう。



 クラスであの女と媚びを売っていた金魚のフン以外の誰もが、彼女に対する扱いに胸を痛めていたと思う。

 私も見て見ぬふりをしていたズルい人間だったから、同じ顔をしている人間の事くらいわかる。そして本心からいじめてやろうと思ってる奴の顔もわかる。

 誰も触れられなかった高嶺の花と、高嶺の花に敵わないと知って土足で踏み荒らしていった卑怯者、それをただ見ているだけで何もしなかった臆病者で過ごした3年間は私の一生忘れられない地獄だろう。

 唯一の救いといえば3年間彼女と同じクラスになれた事くらいだろうか。

 ただそれは自分の罪と3年間向き合うという、救い以上の苦痛を与える拷問付きだったが。



 こんなことなら入学したてのあの時に、あの女より早く声をかければよかった。

 彼女の輝きに魅せられていたせいで一歩遅れたのが悔しい。

 ……でも、こうして再び彼女と出会うことができて。

 姿は違っても友達になれて。

 前と同じ姿でも友達になれたのは、彼女には悪いが不幸中の幸いかも。


 




 


 


 



「……はぁ。暗い考えやーめた」



 


 彼女が気にしていないと言った以上、私にとってもそれで話を終わらせるべきだ。

 だって、その方が私達『らしい』から。

 そこで暗い思考を打ち切るため私はポケットの中に携帯していたスマホに手を伸ばし、電話帳からちょうどいい気分転換の相手に電話をかけた。

 時間的には12時を少し回ったほど。

 1コール、2コールと続くが、たぶん今はタイミング的に悪くないし出てくれるはず……そう考えた瞬間に、コール音が止み電話が繋がる。



 


「あ、もしもーし。私です、私。今お時間いいですかー?」

『そういうの間に合ってるんで。じゃあ』

「あーちょっと待って! 冗談じゃないですかぁ、まったくー」

『面白くない冗談は嫌いなの。知ってるでしょ?』

「知ってますよぉ。……相変わらず可愛い後輩にも厳しい先輩だってことも」

『少なくとも、今話してるのは生意気な後輩だから違うわね。私、生意気な後輩には遠慮しないことにしてるの』

「それじゃあメモリーズには生意気な後輩ばっかりってことですか、柚子ちゃんパイセン?」

『そんなわけ。生意気だと思ってるのなんてあんたくらいよ』

 


 


 そう言って電話の相手である、一ノ瀬柚子先輩は鼻を鳴らした。


 

 


「そんな……酷い……。私は傷つきました。お詫びに今日遊んでください」

『はぁ!? あのねぇ、あんたみたいな人生の夏休みの大学生とは違って、私は社会人なんだから土曜日だろうと普通に仕事なわけ! その辺わかって言ってる?』

「はい、もちろん。とりあえずどこで待ち合わせします?」

『目の前に居たら引っ叩いてやるのに……!』

「それは遠回しに遊んでくれると」

『言ってないわ! ……はぁ。今日、ユキとリアルで会ってきたんでしょ? どうだったのよ』

「……」

『駄目だったって即答しない辺り、まぁ特にやらかしたわけじゃなさそうだけど。あんたネガティブだから、まーた自己嫌悪してたんでしょ。そんで私に泣きついてきたと』

 


 


 ……本当に、この先輩には私の事なんかお見通しだ。

 別に私に限らず周りを見ているから、ある程度は誰でもお見通しなんだろうけど。そこが厳しく口喧しい彼女の慕われる所以であるのは、誰もが理解していた。

 今回も事前に今日の予定を報告していたのもあるが、電話して直ぐにバレてしまう辺り流石としか言えない。

 私もそこまでわかりやすくはないはずだし、そういう風に立ち回っているけど。それでも先輩にはいつもお見通しで、それが少し嬉しい。


 



『初めて会った時と比べると、溜め込まないで外に吐き出すようになったのは良い事なんだろうけど。その吐き出し方が面倒くさいというか生意気というか……育て方間違えたかしら』

「私が面倒くさいのは先輩にだけですよ」

『ありがとう、嬉しいわ』

「……全然心がこもってなーい」

『全然心に響かない口説き文句には、ちょうどいいでしょう?』


 

 


 私と先輩が初めて会ったのは、あの地獄の3年間を終えて大学に入学した後。

 映画の世界から出てきたゾンビのように生気の無い顔をして歩いていたら、当時4年生の先輩とぶつかったのがきっかけ。

 原因は当然私の前方不注意だし、当然の如く私が謝ったのだが……なぜか叱られた。

 辛気臭いとか、背筋伸ばせとか、顔を上げろとか。

 あの3年間で擦り切れていた当時の私は、今思い返すと自分でも酷い状態だと思う。

 そこで出会ってしまった先輩は私がぶつかった事にでもなく、私の生き方について叱ってきた。

 言葉は厳しかったけど、その裏に隠れている気持ちはとても温かいもので……久しぶりに人の温かさを知った私が、先輩に懐くのは一瞬だった。

 


 1年生と4年生で学年が分かれていたりで時間が合う事はあまりなかったけど、数少ない一緒にいられる時間は無駄にしないようにしてた。

 そんな時に、先輩がVtuberというものになって活動していることを知って。

 この人は卒業前の大事な時期に一体何をやっているんだと思って1度視聴してみると、私は一ノ瀬柚子のファンになっていた。

 その後、ライバー募集の知らせを見た私が裏でこっそり応募。

 ヴァーチャルの世界でも先輩の後輩になったと報告した時は先輩に酷く驚かれたが、まさかその後に高校時代に苦い思い出を残した彼女と再会することになるとは夢にも思っていなかった。


 



「……ユキには、お礼を言われました。妹との事を相談に乗ってくれてありがとうって」

『よかったじゃない』

「私なんて、何もしてないのに……」

『貰えるものは貰っておきなさい。礼なんて貰って損するわけでもないでしょう?』

「それと、高校時代の話を私に話してくれました……あの頃の話はあまり覚えてないというか、気にしていないみたいでした」

『それこそよかったじゃない。もうあなたが気に病む理由もなくて』

「私は、何もできなかったのに……今も昔も変わってない……」

『それは違う。昔と今で変わったことは確実にある。それがユキはわかっているから、あなたは礼を言われたのよ』

「……何が、変わったんですか」

『茜坂マリという友達ができたこと。友達ができたから、1人で悩まずに相談することができた。高校の頃のユキは1人で、誰も手を差し伸べなかった。けれど今はマリがいた。……1人で悩まず、誰かがいることの心強さをあなたは知っているはずよ、ひまり』


 


 

 なんでここまで温かい言葉をかけることができるのだろう。

 私はいつも、この人に助けられてばかりだ。

 少しは強くなれたと思ったけど、それは勘違いだったみたい。

 ちょっと優しい言葉をかけられるとすぐ泣きそうな自分がいる。

 でも、強くはなれなくても……彼女の役には立てたらしい。

 ……これで少しは赦されたかな、なんてね。


 


 

「……やっぱり会いたいです、柚希先輩」

『だから、今は昼休憩だけど私は仕事があるの』

「……ダメ、ですか」

『……………………今日の夜20時に事務所集合』

「え?」

『事務所でゲームでもするわよ。……あぁ、ついでだし配信しましょうか。ひまり、あんたが告知しなさい。突発だけど、あんたがやりたいって言ったんだから』

「いや、私別に配信がしたいとは言ってないんですけど……」

『あらそう。じゃあ残念だけど今夜の話はなかったことで』

「やっぱやりたいです! 配信! 告知もさせていただきます!」

『よろしい。それじゃあ、私ご飯まだだから切るわよ』

「はい。……いつもありがとうございます」

『いっつもそれぐらい素直だったら可愛い後輩なんだけどねぇ……』

 


 


 


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