第30話 帰ってきたよ(おまけ2/4)

 試合の翌日。真司くんは朝からいろんな人に話しかけられていた。


 昨日の結果は3対1の快勝。うち1ゴール、1アシスト? の活躍で、また注目が集まってしまったようだ。


 お疲れ様とか、大活躍だったね、とか。声をかけたいのになかなかタイミングが見つけられない。


 クラスの友達(女の子多め)に囲まれて、真司くんは謙遜したようなことを言いながらも、ニコニコ笑って応対している。


 真司くんあなた、そんなに愛想よかったっけ?


 いや、もちろん大事なことなんだけど。かくいう私も、男の子が話しかけてきたらそれなりに顔は作るし。


 でも距離を詰めてきたらやんわりと壁を作るようにはしてるよ。


 真司くんはそのあたりどうなの? なんかデレデレしてない?


 あなたは彼の何なの。って言われたらそれまでのようなことを考えながら、私はもやもやした視線を彼に送った。


 ——いけないいけない。これじゃ重い女じゃない。


 ただでさえ嘘がつけない体質なのに、そんなこと考えてたらすぐボロが出てしまう。


 真司くんだってずっと誰かに囲まれてるってこともないでしょ。

 

 例えば……お昼ご飯の前のタイミングとか。


 私は始業のチャイムを聴きながら、頭の中で計画を練り始めた。






 四時間目の授業が終わると私はすぐに席を立った。


 真司くんはお昼ご飯の時に必ず缶コーヒーを置いている。今日はずっと教室にいたから、このタイミングで自販機に行くはず。


 正直、お昼ご飯は健太郎くんたちと一緒に食べるんだから、そこで話すことはできる。でもどうしてか、短い時間でもいいから、今日は二人きりで話したい気分だった。


 自販機のそばで彼が来るのを待つ。今日は他に人の姿は見当たらない。


 ——そういえばどういう設定で話しかけよう。何もしないでここにいたら不自然よね。


 たまたまジュース買いにきたことにする? あれ、でも私、嘘つけないんですけど。


 実際にジュースを買えば嘘にはならないけど、なんにも考えてなかったので、お財布は教室に置いてきてしまった。


 どうする私……。そんなことを考えていたら、廊下の向こうに真司くんの姿が見えた。


 今さら考えても仕方がない。もう何となく! 雰囲気でいくしかない!


「真……!」


「しーんじくーん♪」


 校舎の影から聞こえてきた、何だか甘いトーンの声が私の呼び声を塗りつぶす。


 そして直後には、真司くんの胸元に女の子が抱きついていた。


 ——————


 ———


え?


「か、カナデさん……!」


 うわずった声で、慌てふためいた表情を浮かべる真司くん。


 そんな彼を、“カナデさん“と呼ばれた女の子は悪戯っぽく見上げた。


「やー、こうして抱き合うのも久しぶりよね真司くん。胸板もこんなに立派になっちゃって」


 カナデ……先輩? の細い指が真司くんのシャツをなぞる。


 っていうか、え? 抱き合うのも? 久しぶりよね? さっきそう言った?


 そう聞こえたんですけど。


「ちょ……やめてくださいよ学校で! 変な目で見られるじゃないですか!」


「えー? でも私、こないだまで留学に行ってたしぃ。ハグとか普通だったっていうかぁ?」


「ここは日本です! 感覚戻してください、っていうか何なんですかそのキャラ!」


「冗談冗談♪ 他の人には抱きついてないから安心してね」


 そういう意味じゃないですから! と言いながら、真司くんはやっとカナデ先輩を引き剥がした。


 引き剥がすのおそくない?


 その辺りでようやく、真司くんは私の姿を見つけたらしい。「な、なぎさ」と困惑した声を出した。

 

「この人はカナデさん。この間留学先から帰ってきた。中学の頃、サッカー部で世話になったんだ」


 聞いてもいないのに喋り出す真司くん。


 よっぽど『誰よその女?』的な表情をしていたのかもしれない。


「あら。すっごいきれいな子がいる。真司くんの友達?」


「はい」


「あー、スミに置けないんだぁ。もう、私というものがありながら」


 それはこっちのセリフ……いやこっちのセリフでもないけれど、とにかく気になることが多すぎて収集がつかない。


 カナデさんとは何者なのか。


 ていうかどういう関係なの?


 いろんなことをぐるぐる考えながら、私はやっと声を絞り出した。


「初めまして……カナデ先輩。工藤くどうなぎさです」


「——工藤、さん?」


 キョトンとした表情のカナデ先輩。言葉は何とか体裁を保ったが、表情までは怪しかったのかもしれない。


 カナデ先輩は私をじっと見た後、「雉場カナデだよ。よろしくね、なぎさちゃん」と挨拶をした。


 そしてこう続けた。


「ねえねえ。なぎさちゃんって、真司くんとどういう関係?」


 !?


 ——思わず体が固まってしまった。


 これまでトリッキーな姿を見せておきながら、いきなりど真ん中の質問を放り込まれた形。人間、不意をつかれると頭が真っ白になるってこういう意味だったんだって思う。


 ただこのカナデ先輩という存在。黙っていたらいいようにされてしまう……そんな気がした。


 何か言わなきゃ。考えた結果、最初に浮かんだのは


『別に付き合ってるわけじゃないんですけど、最近いい感じで限りなく彼女に近い存在っていうかほぼ彼女です。ていうかあなたこそどういう関係なんですか? 私、ほぼ彼女の立場としてはそのスキンシップ見過ごせないんですけど。あ、今の距離も近いのでもうちょっと離れていただけたら』


 という主張だった。


 我ながらドン引きしてしまう長文。真司くんの中にある私のイメージも無事ではいられないだろう。


 しかし私は嘘がつけない。


 どうにも答えられずにいると、「ちょ、カナデさん!」と真司くんの方が先に反応した。


「友達ですって、普通に! ほら、なぎさも困ってるじゃないですか!」


 言葉が出てこなかったので、真司くんの返答にコクコクと頷いで返してみせる。


 するとカナデさんは「よかったぁ」と言って真司くんの腕に自分の腕を絡ませた。


 ねえ。


 それ胸当たってるんですけど。


「彼女じゃないならこんな感じで絡んでも大丈夫だね♪」


「え、あ、いや」


「えー、はっきりしてよぉ」


 そうね。ハッキリしなさいよ。


 口に出てはいない(多分)けど、真司くんは私が心の中で呟いたのと同時に再び先輩を引き剥がした。


「ていうかカナデさん、さっきから何なんですか! なんか用事ですか!?」


「んーん。用事なんてないよ。

 真司くんって昔からお昼はパンにコーヒーだからさ。待ってたら来るかなって。待ち伏せちゃった」


 カナデ先輩はそんなふうに言った。


 呼吸をするかのように。あっけらかんと。


 私が言えなかったことを口にした。


「今日はセンパイが奢ってあげるよ。あ、なぎさちゃんも。お近づきの印ね」


「……お気持ちだけで結構です」


 ちゃんと聞こえたか聞こえてないかわからない声だけを残し、私はその場を走り去った。


 ——ちょっといじわるだったかな?


 後ろから聞こえた悪戯っぽい声が、背中から胸まで突き刺さった気がした。

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