第13話 少年少女の夏休み(1/4)

「それで例の海へ行く話だけど」


 あかりと俺と、そしてなぎさの三人は突然の提言に目を丸くした。


「ちょっと待て健太郎。例の、って何だ?」

「あれ? こないだ話したじゃん。どっか遊び行こうって」

「話したっけ」


 隣に腰掛けているなぎさに尋ねる。


「そういえば言ってた……かも。ほら、私がはじめてみんなとご飯食べたとき」

「あ」


 あかりがはっとしたように声を漏らした。


 どうやら二人は聞いた覚えがあるらしい。


「ほらね。だからいつどこに行くか決めよう!

 別に海って限定しなくてもいいしさ。プールでも川でもいいぜ僕はっ」

「水辺ばっかだな」


「当然だろ? 

 夏だ。

 高校生だ。

 女子と一緒だ!

 水着イベントのほかに何があるというのかッ!!」


 なんて綺麗な目をして言うのだろうこいつは。下心もここまで丸出しだと逆にすがすがしい。


「私はいいと思う。海」


 俺が健太郎のセクハラを諌めようかと考えている最中、意外にも真っ先に参加を表明したのはなぎさだった。


「ありがとうなぎさちゃん!」


 大げさにガッツポーズを作る健太郎。


 いいのか? なぎさに視線で問うと、なぎさは頷いて小さく耳打ちをした。


「(場を盛り上げるために言ってくれてる……と思う。ちょっと本音が混じってるけど)」


 なぎさはその能力で健太郎の本意を汲んでいたようだった。今更だがその精度には舌を巻く。


「ほらなぎさちゃんもOKだってさ、真司。お前だって見たいんだろ?」

「——なに?」

「正直に言ってしまえこのむっつりめ」


 健太郎がにやにやしながら俺をつついた。なぎさもあかりもじっと俺の反応を見ている。


 これは返答を誤ればイジられる状況だと察した。


 どう答えるのがベストか。その後の展開をシュミレートしてみる。


『別に興味ないぞ』

『嘘。本当は……ちょっと想像してる』


 ぼそりと呟き、冷ややかな視線を向けるなぎさの顔が浮かんだ。


 なぎさに嘘は通じない。駄目だこのパターンは。


 だって普通に水着見たいし。


 なら素直に認めた場合はどうだろうか。


『見たいに決まってるだろ。よく言ってくれたな。ブラザー』

『え? 真司くんも、その、水着とか興味ある……んだ』


 いつもそういう目で見てたの……?


 そんな風に俺から目を逸らすあかりの姿が浮かんだ。


 ど、どっちにしても微妙。これ詰んでないか?


 どうせ詰んでいるなら素直に認めるほうが潔い。


 けどこのまま健太郎の思い通りになるのも癪だな。


「そりゃあ興味あるぞ」


 そんな返事をした上で、俺は即座に言葉を付け足した。


「特に健太郎の水着姿な。どれだけ眩しいボディを仕上げてくるのかなぁって」

「え?」


「夏だ。高校生だ。女子と一緒だ。

 もちろんそれなりに魅せつけてくれるんだよな。健太郎」

「お、おぅ。そりゃあもう浜辺の視線を独り占めしてやるぜ……」


 語尾に向かうにつれ健太郎の声がしおれてゆく。


「楽しみにしてるよ。健太郎の割れた腹筋」


 追い討ちをかけて俺はなぎさとあかりへ視線を戻した。


 なぜだか女子二人は、どこかほっとした表情に変わっていた。


「と、とにかく!」


 視線を逸らしていた健太郎だが、仕切りなおすように机へ両手を置いて乗り出した。


「反対意見がないなら海へ行くのは決まりな! みんないつごろが空いてる?」


 日程の話になり、俺は「八月頭の試合が終わった頃なら」と簡単に答えた。


「うちの陸上部もお盆の辺りならオッケーだ。なぎさちゃんは?」

「私は補習をたくさん受けなきゃいけないけれど、それと重なってない日ならいつでも大丈夫」


 なぎさには夏休み明けに進級を決める試験が待っている。それに向け、すでに夏休みの学習計画を立てているみたいだった。


「補習は僕らも受けるし、その期間には重ねないから大丈夫。

 っていうか真司もあかりも頭いいのに、補習なんてよく受けるよねぇ」

「そ、そんなことないよ?」


 あかりが健太郎となぎさを交互に向きながら否定をした。


「ま、とにかくお盆の前後は補習ないから大丈夫だよ。みんな問題なければお盆の前の時期に決めちゃおう!」

「ん。あかりもそれでよさそう?」


 あまり口を挟まず耳を傾けていたあかりにも確認を取ってみる。


「うん、大丈夫。みんながよければ」


 あかりはちらりと手帳に目を落とすと、柔らかく微笑んだ。


「よっしゃ決まりだ! 細かいことは補習のときにでも話すってことで」


 とんとん拍子に話は進み、そのまま健太郎が席を立つ。


 俺も話がまとまった気になって椅子を引いた。そのときだ。


「ねえ」


 なぎさが口を開き、あかりの方を向いた。


「双葉さん。本当にお盆の前の時期で平気?」

「え?」

「何か用事があるとか、そういうことはない?」


 なぎさがあかりの瞳の奥を覗くように見ている。俺はその意図を遅れて理解した。


「何かあるなら遠慮なく言えばいいぞ、あかり。急な話だし」


 おそらくあかりは気を遣って何かしらの嘘を言ったのだ。それをなぎさは見抜いたのだろう。


 不意の確認にあかりは視線を彷徨わせた。しかし俺が後押ししたことで「実は」そう小さく口火を切った。


「その、八月は半ばに習い事の発表会があるの。あ、でも他の用事はないから」

「いや、直前なら練習したいでしょ。無理することない。

 発表会の後の時期ならどう?」

「それなら……うん。本当に何もないよ」


 あかりの返事を受けてなぎさへ目配せをする。なぎさは無言で頷いた。


 今度はあかりも俺たちに気を遣っていない。


「健太郎にもあとで確認しておくよ。よければそれで決まりだね」


 昼食の用意を簡単にまとめて席を立つ。健太郎はというと、クラスの女子の輪に入って雑談に興じていた。頃合を見て尋ねると「お盆の後ね。全然いいよ!」健太郎も快諾をしてくれた。


「健太郎もOKだって」

「ごめんね、真司くん。工藤さん」


 あかりは申し訳なさそうに謝った。「気にしないで」そう言うと、なぎさもそれに合わせるように頷いた。


 そしてなぎさとともに自分の席へと戻る。


「ファインプレーだったよ」


 その途中、俺は隣を歩くなぎさに声をかけた。


「なぎささんがいたから、あかりの嘘に気づいてあげられた」

「気づいてあげられた?」


「うん。もしあのまま話が進んでいたらあかりに無理をさせたかもしれない。

 自分のことは後回しにしがちな子だから。なぎささんのおかげだ」

「私のおかげ……」


 なぎさが足を止めて呟く。


「私の体質が役に立てたということ?」

「そういうこと」


 肯定の返事をすると「そっか」と呟いて、なぎさはまた歩き出した。


 心なしか表情が柔らかくなっているような気もした。


「それにしてもなぎささんが真っ先にOKしたのは意外だったよ。まだハードル高いかなって思ってた」

「遠出することが?」


「うん。学校にも出てこられるようになったばっかだし。

 無理してない?」

「今もちょっとどきどきしてる……かな。

 でも変わらなくちゃ。いつまでも甘えてばかりの自分じゃ嫌だから」


 なぎさはそっと胸に手を当てながら言った。決意を、言葉に込めているようにも見えた。

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