第12話

「本当に造、れた……っ」


 己の手の内に収まっている無骨な剣を見やり、感触を確かめながら自分が成した事ながら俺は驚愕を隠せなかった。しかし、この窮状に大した変化はない。剣を手にしたと言うだけで、この状況を打破出来たわけではないからだ。所詮数秒程度、俺の寿命が伸びたという違いでしかないからだ。


 満身創痍は変わらず、オーガ自身も驚きはしたのだろうが、手を止める程ではないようで後方へ押しやられていた俺に向かって再度肉薄を始めていた。全身を筆舌に尽くし難い鈍痛が覆う。最早、立つ事も。剣を振るうという行為にすら痛みは伴う事だろう。


 けれど、それがどうした。

 視界が霞む程の痛獄。

 だが———それがどうしたよ。

 と、俺は己に言い聞かせ続ける。


 それは足を止める程か。

 それは『星斬り』を捨ててまで優先しなければならない事なのか。俺にとって『星斬り』はそんなに安いものだったのかと胸中で叫び散らし、己を奮い立たせる。



 立てよ。動けよ。



 痙攣を起こす手足にそう命じても、反応は薄い。オーガは目の前にまで迫っている。先程は俺が無手であったからと直線的過ぎる剣撃を選択したのだろうが、今度はきっとそうはならない。


「は、ぁ———っ」


 思考は常に痛みという感情が付き纏い、埋め尽くす。唇を歯で強く噛み締めながら歯を食いしばろうともその状況は一向に改善される事はない。

 空気を取り込み、腹に力を込めようともそれは変わらなかった。でも。それでも、諦められないのだ。


 どこまでも無様に足掻いてでも『生』を掴み取らなければならなかった。


 全ては———『星斬り』を成さんが為に。






『私は、最強を証明したいんだ』


 それは、剣士の言葉。

 『星斬り』を目指した剣士の言葉であった。


『私の剣が最強であったと、証明をしたいのだ』


 これは記憶のカケラ。

 俺がかつて体験し、追憶した記憶の一部。

 『星斬り』を指針とし、目指した剣士の根幹であった。


 その場に居合わせていた1人の男性は問うた。

 どうして証明をしたいのか、と。


『私の剣が最強であったと、是が非でも伝えたいヤツがいた・・からだ。最強であると信じてくれていたヤツが、いた・・からだ』


 逡巡なく彼は答える。

 付き合いの長い人間でも気付けたか分からない程度の、ほんの少しの寂寥感を言葉に乗せて。


『なあ……お前は、知っているか。人は死ぬと星になるという根も葉もない法螺話を』


 人は死ぬと星になると言う。

 誰もが口々にかく語るのだ。

 人は死ぬと星になるのだと。


 男は答えた。

 もちろん、聞いたことがあると。

 星は空に無限に存在している。強ち間違いではないんじゃないか。男はそう言った。


『私も、そう思う。強ち間違いではないのでは、とな』


 空を仰ぐ。

 ちょうど、陽は落ちて星が薄らと見え始める時間帯であった。


『……誰もが最強であると認める行為は何だろうか。死んで逝った者達ですら認める最強とは。誰もが認める最強になる為には、どうすれば良いのだろうか』


 言葉は続く。

 空に浮かぶ星に焦点を当てて離さない剣士は、少しだけ自虐を込めて、言うのだ。


『そう考えた時。私は、一つの答えに辿り着いた』


 それが、『星斬り』だと?

 男は呆れ混じりに言葉を返す。


『ああ。そうだとも。私の剣が最強である事を証明する上で、「星斬り」は何より都合が良かった』


 へぇ。つまり、星になっちまったヤツに、お前の剣を伝えたいから、か……。だが、解せねえな。どうしてそこまで最強にこだわるよ? そんな事をせずとも、お前の強さは———。


 続く発言は、今求めている言葉ではなかった。

 だから、剣士は強引にその声を遮った。


『私は、誰もが認める最強にならなければならない。もし仮に、星を斬る事が出来たならば、誰もが認めるだろう。私が最強であると。死に逝き、星になったかもしれない過去の英雄も、誰も彼もが認める筈だ。私こそが最強なのだと。……私はな、どうしても伝えたいんだよ。星になったかもしれないアイツに。****に、見せられなかった私の剣を。お前が信じたものは、正しかったのだと。……星を斬る事だけが、証明出来る唯一の手段なのだ』


 だからお前は星を斬る、と? ただそれだけの為に斬られるなんざ、斬られる星も堪ったもんじゃねえな。男は呆れ混じりに肩を竦め、そんな軽口を叩いた。


『誰に何と言われようがこの考えだけは変わらんよ。私は星を斬り、最強を証明する。それだけが****に報いる方法なのだから』


 頑固なヤツ……。

 だからあんな変なあだ名を付けられる事になるんだ。


『別に良い。私は、あの呼び名を気に入っている』


 そうか、そうか。

 まあ、お前にはぴったりなのかもな。俺なら勘弁願いたいところだが……。でも、お前なら成せる気がするぜ。なにせ、この俺ですら認めてるんだからな。お前の剣技は。だから、きっと成せるさ。お前なら。


 ———『星斬り』と呼ばれてるお前なら、な。



「ふ、はっ」


 意識が、現実に引き戻される。

 そう、だ。

 俺は、何が何でも『星斬り』を成さねばならない。肢体を斬り裂かれてでも、成さねばならないのだ。


 憧れた理由は、格好良かったからだった。

 その剣士の生き様が俺の琴線に触れたから。

 俺もそんな生き方をしてみたいと思った。そしてそれと同時、彼の研鑽し続けた剣技は、星に届き得たのだと俺が代わりに証明したくもあった。


 終生、『星斬り』を成す事は叶わなかった星斬りの剣士。もし彼が万全の状態・・・・・であったならば、きっと届き得た筈なのだ。

 だから、代わりに俺が証明する。

 彼に憧れてしまった俺だからこそ、その意思を代わりに。この憧憬を抱かせてくれたせめてもの恩返しに。


「ふはっ、あはははははっ!!!」


 俺の『星斬り』を目指す想いを誰かにぶつけたところでそれはきっと理解されない。理由を口にすれば誰もが夢見心地さが抜けきれてないと呆れるだろう。


 夢の見過ぎだと笑う事だろう。

 『星斬り』の憧憬を抱いておきながら、何も出来ずに生を終えてしまう。たしかにそんな人間には笑い者にされる末路がお似合いだ。だから、俺は俺自身を笑った。


「や、っぱり———!! こんなところで終わっていいはずがないよな。終われるはずがないよな」


 泣き言は全てを失ってから初めて溢そう。

 そう心に決め、痛覚情報を下位に据えて剣を手にする左手の感覚を最優先に置き、オーガを見据える。


 痛みのせいで既にぐちゃぐちゃに掻き乱された思考。ただ、ただ、斬ると言う一点にのみ集中させ、雑念を振り払う。ビキリと軋む足の骨。けれど俺はそれに構わず、膝をついていた状態から無理矢理に立ち上がる。


「だから……戦って、やるよ……ッ! 手足が引き千切れるその瞬間まで戦ってやるよ!! こんなところで終われるか。終わらせてなるものか。……俺は、『星斬り』を成すんだろう、がッッ!!!」


 記憶には、今の状況に御誂え向きの戦い方が存在していた。膂力で及ばない相手に対する対処法が鮮明に。


「—————!!!」

「ああ! ああ!! 俺も、全身全霊をかけてお前を倒す。だから———!!!」


 直後。

 耳をつんざくような甲高い金属音が辺りに木霊する。金属同士が打ち合った音。けれど、その音は直線的ではなく、少しばかり逸らされていくような。受け流されていくような音であった。


「だから、どちらかがぶっ倒れるまで、絶対、手ぇ抜くなよ……オーガァァァアアッッ!!!!」


 左の手がイかれていく感覚を直に感じながらも、俺は喉を枯らさんとばかりに大声で叫び散らす。巨躯から繰り出され、襲い来る剣撃。

 それを上手く受け流しながら俺は懐に入り込み、剣を振るう。


「……俺の。『星斬り』に至る為の、糧となれ……ッ」


 浅く、肉を斬り裂く一撃。

 それは決して致命傷になり得ない一撃であったが、それでも。それは紛れもなく、反撃への足掛かりとなる一振りであった。

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