第10話
「……どうして、貴女は助けに向かおうとしてくれるんですか」
向かう最中。
道中にて、ソフィアは隣で並んで歩く女性に対してそう問いかける。
あの時あの瞬間。冒険者の者が集まっていたあの場にいたからこそ、彼女は否定的な意見で押し通されかけていた事を知悉していた。だから不思議に思い、疑念を抱く。
どうして貴女だけ、ユリウスを助けようとしてくれたのか、と。
「……そう、ねえ。簡潔に言い表すとすれば、その理由は間違いなく、勘ね」
「勘、ですか」
「そう。勘。剣士としての勘が、向かった方が良いって忙しなく訴えかけてくるの。だから、私は気になった。だから、私は向かおうと思った」
決して、助けるとは言わない。
彼女自身も、終始向かう事に否定的だった男の意見が何より正しい事を知っている。けれど、気になった。だからそれを知っていて尚、向かうのだ。脳裏に渦巻く疑念を晴らさんが為に。
「まあでも、これも何かの縁なんでしょうね。手の届く範囲にいると判断すればちゃんと助けてあげるから安心なさい」
きっと、他のメンバーも私と同じ考えの筈よ。
そう言って彼女は渋々といった様子で追従する4人の冒険者へ視線を移しながら軽く顎をしゃくった。
「ま、あいつは希望を持つなと言ったけれど、いの一番に貴女を逃したのならば、先の見えない愚か者というわけではないでしょうし……」
自分が強いと思い込んだ身の程知らずならば、守り切れると考える筈。けれど、彼は何よりも先に彼女を逃した。
それらの行動から察するに、少なくとも思い上がった先の見えていない愚か者では無いのだろう。彼女は沈痛な面持ちを崩さないソフィアを横目に冷静に分析を続けていた。
「生存している可能性はまだ十分に———」
ある、と。
当初、彼女はそう言葉を紡ごうとしていた。
けれど、現実彼女は発言を止めてしまった。否、止まってしまったと言い表した方が適切か。
言葉を思わず失ってしまったと言っても良い。
「……おい。リレア」
後ろから付いてきていた冒険者の男もその
「……ええ。私にも聞こえてる。剣士である私がこの音を聞き間違える筈はないわ」
この音。
どこからか響くとある音に彼女らは反応したのだとソフィアは会話の内容から理解するも、なんの音なのかが彼女は分かっていない。
「あの、音って———」
「ねえ。ソフィアちゃん、だったわよね?」
疑問を解消するべく尋ねるも、それを遮るようにリレアも同様に問い掛ける。
「あ、はい。そうですけど……」
「この村に、剣士はいるのかしら? ……それも、腕に覚えがあるであろう剣士」
『剣士』
その言葉を耳にした時、ソフィアの脳裏に1人の少年の姿が浮かび上がる。
『———俺は、星を斬りたいんだよ』
口癖のようにそればかり口にし、村中のみんなに呆れられていた1人の少年の姿が。
村に腕に覚えのある「剣士」どころか、そもそも武器を扱える人間すら片手で事足りる程だ。「剣士」と限定されたならば、村には1人としていなかった。……だが。
「剣士」に憧れていた者ならばいた。
唯一、『星斬り』に憧れていた少年が1人だけ、いた。
「……いません。でも、村に1人だけ「剣士」に憧れていたバカがいました」
憧れていた。
それはつまり、「剣士」ではないという事。
ソフィアが並べる言葉は、リレアの問いに沿う答えではなかった。にもかかわらず、リレアは黙って聞き入っていた。やはりそうだったのかと言わんばかりの笑みを浮かべて、揚々と頷いていた。
「……そう。やっぱり、私の勘はよく当たるわ。道理で妙に手が疼くと思った。……あの子、剣士だったのね」
リレアはソフィアから視線を外し、駆け寄ってきていた男性に再び焦点を当てる。
「ロウ!! これで死んでるだなんて、口が裂けても言わないわよね?」
「……まだそいつと決まったわけじゃねえ。それにオレは夜中は動かねえってあれほど言って———」
「四の五の言ってんじゃないわよ。とっととついて来なさい」
「い゛ッ!? お、おい!! くそ、髪引っ張んじゃねえ!!!」
むんずと髪を掴まれ、無理矢理に引っ張られながら男———ロウは痛みに相貌を歪ませ、片足でたたらを踏んだ。
「ちょっと私達はユリウス、君だっけ? その子、迎えに行ってくるから後よろしくね?」
呆れた様子で一連のやり取りを眺めていた他3人の冒険者は、リレアが口にしたよろしくねの意味。つまり、ソフィアの事を押し付けて早足に先へ駆けて行く彼女を眺めながら、深い溜息を吐いた。
常に面白い出来事を求めている気分屋であり、好奇心旺盛すぎる剣士。
あいつはああいうやつなんだとゆったりとした足取りで歩み寄る残された3人の冒険者は、どういう事なのと呆然としていたソフィアに向けて、弁明をしていた。
悲鳴のごとく鳴り止まぬ金属音。
虚しい鉄の音が、夜の静寂をどこからか斬り裂き続けていた。時折、耳朶を叩く葉擦れの音など歯牙にもかけず、それは淡々と、作業のように途切れる事なく響き続ける。
「……こんな夜中にここまで暴れるとは」
残された冒険者のうち、その1人。
切れ長目の痩躯の男が、呆れ混じりに言葉を紡ぎ始める。
金属同士が削り合う音は絶えず、夜の森に轟いていた。ただ、ただ、歪んでいく音だけがその瞬間、その瞬間に取り残されている。次、次、次。
終わりの見えない打ち合う音は、淡々とひたすら続く。
「ほんと———」
これがもし仮に、殺し合いの中で生まれている衝突音だとして。この音を生んだ張本人達は一体、どれほど苛烈な攻防を、斬り合いを繰り広げているのだろうか。
少なくとも、どちらも常人ではないのだろう事は想像に難くない。
「はた迷惑な化け物がいたものです」
半ば諦めたかのような面持ちで、辟易を隠す素振りもせずに男はそう言葉を吐き捨てた。
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