第9話
薄明かりに照らされる一軒家。
暗闇に慣れてしまっていたからか、目に優しい暖色の光でも尚、思わず目を細めて顔を顰めてしまう。けれど、それに構わず走る。
彼女は走って、走って———駆け走って。
言われた通り、冒険者がもし本当にいるのならば。あの言葉がその場しのぎの嘘でないならば、きっと———。
そんな渇望を胸に、彼女は。
ソフィアは、乱暴に扉を押し開けた。
「は、ぁ————」
中腰になりながら、膝に手を置き、切れた息をゆっくり空気を貪る事で整えつつソフィアは部屋の中を見回した。
中には、見慣れた人物が数人と見慣れない身格好をした者が5人程。
———冒険者だ。
それをソフィアは相手側に確認するまでもなく、断定した。そして、ガバッと勢いよく頭を下げる。
「助けては、頂けませんかッ!!!」
夜中にもかかわらず、他の事など御構い無しに彼女はそう声を張り上げた。
「ソフィア、お前今の今までどこにいたんだ……人がどれだけ心配していたと思って」
鬼気迫る様子のソフィアに対し、いの一番に話しかけたのは彼女の父親であり、村長でもあるアレクだった。
けれど、そんな事は知らないと言わんばかりにソフィアが取り合う素振りを一切見せない。
ただ、ただ、見慣れない者達に頭を下げ続ける。
「……嬢ちゃん。そりゃ、どういう意味だ?」
「時間が、ないんですッ。早くしないと、ユリウスが……」
ユリウス。
そのワードが出た途端、即座に扉の外へ出る者がいた。
言わずもがな、ユリウスの父である。
「あれ程忠告しただろうがあんの、バカ息子がッ」
視線の先。
そこにはユリウスの家が映されており、淀みない歩調で駆け足気味に彼は飛び出した。
「……どういう事か説明しなさいソフィア」
怒りを孕んだ口調で、静謐にアレクが言う。
唯一、ユリウスの父親だけが事態を大凡理解していたようだが、それ以外の者はアレクを含め、どういう事なのか。
その答えに至る事は叶っていなかった。
「ユリウスが、あたしを、庇って……」
これは己の考えなしの行動が招いた結果。
故に、ソフィアは自責に苛まれながら、言葉を一つ一つ紡いで行く。どうか、助けに向かってくれませんか。という想いを込めて、涙の如く感情のこもった言葉をこぼす。
「ユリウスが、あたしを助けにきてくれたの。でも、そのあと、大きな魔物が、きて……」
「……大きな魔物?」
怪訝に尋ねるのは冒険者の男。
ユリウスが聞き耳を立てていた際にアレクと言い合っていた男性だ。
「あたしやユリウスよりもずっと、ずっと大きくて……。ユリウスは、オーガって言ってた」
ソフィアはあの時は怯えていたが為にまともに視認出来ていなかった。だから、ユリウスが口にしていた言葉通りに彼女は伝える。
しかし、それを伝えた途端、目に見えて冒険者達の顔が厳しいものへと移り変わっていた。
「今、オーガと言ったか? 嬢ちゃん」
「い、言いました、けど……」
「なら、希望は捨てておけ」
そう言って、男は近くに設えられていた椅子にどかっと腰掛ける。それは、行かないと。
助けに向かわないと口にしていると同義の行動であった。
「この暗闇の中、オーガを相手取るなんざ、恐らくオレら5人でも間違いなく死傷者が出る上、勝てるかどうかすら分からねえ。ましてや村人1人。嬢ちゃんをこうして逃した時点でそいつは良くやったよ。上等過ぎる働きだ」
もとより。
「一応言っておくが、たとえ状況が異なっていたとしても、オレらは魔物に有利に働くこの時間帯で動く気は無かった。ましてや、死人を迎えに行く事になんの意味があるよ。ねえだろ? つまり、そういう事だ」
「ユリウスを、助けてはくれないんですか」
「骨を拾う行為を助けるとは言わねえ」
恐らく、既に死んでいるか。
運良く生き延びていたとしても風前の灯火だろう。冒険者の男は、これまでの経験からそう確信していた。
「だから、諦めな嬢ちゃん。とはいえ、夜が明ければオレらも動く。それは約束しよう」
今から夜が明けるまで。
約7時間。とてもじゃないが、あの
「……それじゃ、遅いんです」
「それは嬢ちゃんの事情だ。オレらが知った事じゃね——」
「待って」
各々が意見を固辞し、平行線に話が進まないと思われた最中。会話に割り込む声が一つ。
「ねえ、貴女。その助けてくれた人って……アッシュグレーの髪をした男の子かしら?」
声の主は、女性だった。
「あ、は、はい。ユリウスはアッシュグレーの髪ですけど……」
「あー、やっぱりあの子だったんだ」
「知り合いか?」
「いいえ? ちょっと前にすれ違った時、言葉を二、三交わしただけの仲。でも、そう。あの子が……」
そう言葉をもらしながら、冒険者の女性は足を動かす。向かう先は———外に続く扉。
「……何処へ行くつもりだ」
威圧を込めてか、何処と無く先程までとは異なり、低い声で男は問う。
「だって、気分悪いじゃない? 私の役目は村の人間を外に出さないように警戒する事だった。でも、そんな私は自分ですら気付かぬうちに外へ送り出してしまっていた。それも、10歳かそこらの男の子を」
「自分の意思で勝手に出て行ったやつだ。お前が責任を感じる必要はないだろうが」
「ええ。そうね。でも、少し気になるの」
「気になるだぁ?」
どこか楽しそうに、女性はつい先程とも言える出来事を思い出しながら己が考えを言葉に変える。
「そうよ。何となく、ではあるのだけれどね」
言葉にし難い何か。
彼女が感じている正体はそういった類のモノなのだろう。
「それに、何かの拍子でオーガが弱ってくれれば回復される前に叩いた方が良いでしょう? 村の付近まで向かって待機しておくくらいなら建設的だと思うわよ?」
「お前は、そのガキがオーガを弱らせる程の実力者だと?」
「そんな事、知ってるわけがないでしょう? だけど、物事は何が起こるか分からない。そうでしょう?」
彼女は椅子に腰掛ける男性だけではなく、ずっと無言を貫いていた他のメンバーへ意見を尋ねるように視線を向けた。
否定の言葉どころか、声すら上がらない。
沈黙は———是である。
「決まり、ね」
「……だが、オレらは助けに向かうわけじゃねえぞ。それは、忘れるな」
「もちろん。でも、面白いことが起こってそう」
そう言って彼女は腰付近に手を当てた。
次いで、下げていた剣の柄に手をやる。
「私の剣士としての勘が、無性に働くのよ。ほんと、如何してなのかしらね」
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