第2話



 †



 漣と連絡先を交換したスマートフォンはその日、呼び出し音が鳴ることもなく、どこか不安を感じながらも次の日、俺は馬鹿みたいに朝早くから登校をした。


 家にいても、漣の事が気になって宿題に手がつかず、ならばとさっさと学校に登校してそこでやってしまった方がまだマシだ。

 そんな魂胆だったのだが、


「おはよ、新庄君」

「……おはよ、漣」


 悩みの種であった漣春香は、優等生らしく早々と登校していた。

 その事実に安堵すると同時、これで漸く宿題に手がつけられそうという安心感が湧き上がる。


「宿題?」

「……昨日はそれどころじゃなかったんだ」


 答え写しをするならば何とかなっただろうが、集中力を要する宿題であったが為に、全く手が進まなかった。


 そんな俺の言葉を聞いた漣は何を思ってか、小さく笑う。


「それじゃ、一緒に宿題しない? 私もあの後、宿題する気になれなくて学校でやってたんだ。分からないところとかあったら、私が教えるから。ね? ね?」


 そう言って、良いとも悪いとも言ってないのに隣の席だった漣は机をくっ付け、教科書を開く。

 所々にある書き込みに、字が綺麗だなと思いつつも、あまり時間に余裕があるわけでもないので鞄から俺も教科書を取り出した。


「……昨日は、ごめんね。色々と、その、迷惑掛けちゃって」

「昨日散々謝ってただろ。それはもう、終わった話だ。これからは、ああいう事しようとする前に、誰かに相談してくれればそれでいい」


 カリカリ。

 漣と俺の二人以外誰もいない早朝の教室の中で、シャーペンを走らせる音だけが響く。


「うん。じゃあ、そうさせて貰う」


 そして、会話が終わり、場に沈黙が降りる。


「……何も、聞かないんだ?」

「聞いて欲しいならいくらでも聞くし、力にだってなる。でも、それと人の事情を無闇矢鱈に詮索する事は違うだろ。だから、聞かないだけ」

「そっ、か」


 言いたい事や、言いたくない事の一つや二つ、誰にでもある。

 特に漣の場合、無理に聞き出すべき内容ではない。誰かに聞いて欲しいと思った時に、聞いてあげる。それが一番良いと思った。


「ねえ、新庄君」

「ん?」

「今日の放課後って、暇?」


 俺は漣のように習い事をしている訳でもなかったので、特にこれといって用事はなかった。


「どうかした?」

「新庄君が良ければなんだけど……放課後にさ、二人でデートしない?」

「…………は?」



 †


 つい昨日、自殺しようと試みていた奴にデートに誘われるとは夢にも思っていなかった。

 それが、俺のまごう事なき本音である。

 そして、加えて言うならば、


「んーー! おいしっ」


 ソフトクリームを買い食いをしながら、幸せそうな表情を浮かべる漣を前に、昨日のあの出来事は実は夢だったんじゃないかと思う自分すらいた。


 ただ、あの漣春香と一緒に放課後デートをする事になるなど、余程のことがない限りあり得ない。つまり、昨日のあれは現実であったのだとすぐ様、再確認をする。


「誰かと一緒に食べ歩くなんてした事が無かったから色々新鮮だなあ」


 そして更に一つ言わせて貰えるならば、これはデートというよりただの食べ歩きであった。

 同じベンチに腰掛けながら、ソフトクリームを頬張る漣を横目に、俺も同じく頬張りながら咀嚼をする。


「……ないのか? 一度も?」

「ないよ。遊びだって殆ど誘われた事ないかなあ。責めるわけじゃないけど、みーんな私に対しては昨日の新庄君と同じ反応してたから」

「……成る程」

「でも、それで良かったって思ってる私もいる」

「なんで?」

「だって、みんなが見てるテレビとか、そんな話題についていけないし、門限は厳しいし、色々と制限ばっかりでその場の空気をぶち壊しにする自信しかなかったから、かな」


 寂しそうに、漣は言う。

 「そんな事ない」

 本当はそう言ってやりたかったのに、漣の言葉の通りの展開が脳裏で鮮明に再現されてしまったが故にその言葉を紡ぐ事は出来なかった。

 だけど、


 ————私はただ、皆と同じが良かっただけだったから。


 不意に、漣と交わした昨日の会話が思い起こされる。

 そして、その事実を知っているのは俺だけだ。


 だったらせめて、俺くらいは、漣を普通のただの同級生扱いすべきなのだろう。

 否、しなくちゃいけない。


 あの時言い放った言葉に俺は、責任を持つ必要があるから。


「ちなみに、門限って何時?」

「一応、十八時」


 ポケットに突っ込んでいたスマホの画面を確認。現時刻は既に十七時を回りかけていた。

 確かに、放課後を遊ぶどころか、休みの土日ですらその門限だと色々と不便だろう。

 ……ただ。


「なら、適当に言い訳考えるか。漣っぽくいくなら……学校で友達と自習するから少し遅れるとか?」

「んー。確かに、それならいけなくもない、かも? でも伸ばせて十九時過ぎが限度かも」

「後二時間ある。そんだけあれば十分だろ」


 そして、気付けばコーンの部分だけになっていたソフトクリームを口の中に放り込む。


「何かするの?」

「何かするのって、お前が誘ったんだろ。時間があるなら二人でデートしよって。折角の役得だし、もう少し付き合えよ、漣」

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