第2話


 結論から言うならば、私が従者として仕える相手であるウェル・メフィストは、重度の人間不信であった。


 メフィスト公爵家にやって来たその日に、彼の両親から、私はそう聞かされた。

 そして、姉であるブレンダではなく妹の私がどうして来たのかと疑問に思っている様子ではあったけれど、薄らと察してくれたのか、その事について聞かれる事はなかった。


 ただ従者の件について、


『ウェルと無理に関わろうとする必要はないからね』


 と、気遣われた事が特に印象に残った。

 メフィスト公爵夫妻曰く、本当に、黒髪であるウェル・メフィストの側には不幸が降りかかった過去があるらしい。

 それも、一度や二度ではなく、両手では足りない程の数。


 だから、代々受け継いできたしきたりとはいえ、今回ばかりは従者としての務めを果たそうとしてくれなくていいと言われはしたけれど。


 やると決めたらとことんやる。

 今生は、腰が重いのが玉に瑕ではあるけれど、それでもそこだけは譲れなくて、私がその申し出をお断りしたのが、かれこれ三日も前の話だった。



「……そこに居座るな。鬱陶しい。何処かへ行け」


 彼が部屋に入れてくれないからということで、部屋の前のドアに背をもたれながら、部屋のドアを開けてくれる時を今か今かと待つ私に、不機嫌そうな声が投げ掛けられる。


 やって来た一日目に、従者をする必要はないと突き放されて。

 その忠告を無視して部屋の前でじっと待ち続けていた二日目は、声すら掛けてもらえなくて。


 三日目に、漸く話し掛けて貰えるようになっていた。もっとも、その全てが不満を述べるものではあったけれども。


「嫌です。だって私、貴方の従者になる為にこうしてやってきたんですから」


 だから、主を放っておけという言に、おいそれと頷く事は出来ないのだと答える。


 基本的に、ウェルが部屋から出てくるのは食事といった時だけ。

 でも、よほど私と関わりたくないのか。

 私がいるならご飯も食べないと言うものだから、その時だけ、私は自分の部屋に戻る事にしていた。


「俺に従者は必要ない。実家にでも帰ってろ」

「代々受け継いできた伝統を、私の代で終わらせちゃ、先達の方々に申し訳ないじゃないですか」

「……そんな事は知らん」


 にべもなく、言葉を返される。


 この調子だと、まだまだ我慢比べが続くかな。

 なんて思っていた折、


「……お前が、底抜けのバカだと言うことはよく分かった。だが、聞いてるだろう。俺は黒髪だ。不幸に巻き込まれても、俺は知らんぞ」


 嘲笑するように、そう言われる。

 そして、だから不幸に見舞われたくなければ、さっさとそこからいなくなれと。


 どんな出来事に見舞われようと、責任は取れないぞと指摘をされて。


「大丈夫ですよ」

「……あ?」

「だって私、ものすっごく強い、、ですから」


 たとえ本当に不幸が降りかかる事になろうとも、その程度は屁でもないと言ってやると素っ頓狂な声が返ってきた。


 二度目の生を受けて早、十五年。

 一度として口にしてこなかった事を理由に使ってまで、否定する。

 そこに、躊躇といった感情は、これっぽっちも過りはしなかった。


 そして、ならその証明を今ここでしてみろと言われたならば、刹那の逡巡すらなく〝魔導〟を使用するつもりですらいた。

 ……だけど。


 数秒ほどの沈黙を経たのち、


「……出て行け」


 先程までとは比べ物にならない程の不機嫌な声が私の鼓膜を揺らす。

 それは、腹の底から出す獣の唸り声に似ていた。


「とっとと、出て行け……ッ!!!」


 ドアに何か物を投げたのか。

 ガン、と音が鳴る。


 確かな衝撃を背中に感じながら、なんで急にそんなに怒るんだろうか。


 そんな疑問に眉根を寄せながら、先程まで以上に憤慨するウェルの態度を前に、私は一旦、その場から離れる事にした。

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