前世大魔導師と呼ばれた転生令嬢と、黒髪の公爵令息〜黒髪は不幸を呼ぶと言われる世界にて〜
遥月
第1話
————黒髪は、不幸を呼ぶ。
そんな噂が当たり前のように知られる一風変わった世界にて、私は
一度目は、〝魔導〟と呼ばれるものが存在する世界にて、『大魔導師』とまで呼ばれた私は、ひょんな事から、〝魔導〟が存在しない〝魔法〟の世界に、ミア・アルザークとして、生きる事になった。
ただ、私は一度目の人生のように生きる気は毛ほどもなかった。
困っている誰かを助けたい。
誰かの、力になりたい。
そう願い、『大魔導師』と呼ばれるに至った魔導師の最期は、都合のいいように利用されるだけされただけで、本来の願いなんてものは殆ど叶えられずに終わってしまったようなものだったから。
それを身をもって知ってる私だったから、出来るだけ、慎ましく、平穏に、そして、一度目の人生では出来なかった事を出来る限り楽しんでやろう。謳歌してやろう。
そう————思ってたのだけれど。
「……どうして、こうなるかなぁ」
十五歳の誕生日を迎えてからそう間もない頃。
側に人がいない事を良い事に、私は溜息混じりに呟いた。
目の前には、荘厳な門が。
その奥には、大きな屋敷があった。
そして、眼前に映り込むそれが、今日から私が住み込みでお世話になる事になる御家であった。
†
アルザーク子爵家は代々、メフィスト公爵家の子息にあたる人物の従者を務めている家系。
ただし、性別に関係なく、アルザーク側は、長子がその役目を務める事とする。
それが、私の生家であるアルザーク子爵家が代々受け継いできた家訓の一つであった。
しかし、だからこそ、私は安心していた。
何故ならば、私は次女であるから。
なので、普通に考えれば、家訓にのっとり私がメフィスト公爵家の従者を務める事になる、なんて事は間違ってもあり得ない筈だったのだが、
「……よりにもよって、私に押し付けるとは」
姉のブレンダが十八歳を迎えたその日、メフィスト公爵家の従者を務めるために準備をする最中であろう事か、ブレンダがごねたのだ。
黒髪赤目で知られるメフィスト公爵家の子息の従者など、したくはないと。
————黒髪は、不幸を呼ぶ噂。
それ故に、両親もブレンダのその言葉に、強く言い返す事は出来ていなかった。
従者の役目がよほど嫌だったのだろう。
ブレンダは、〝
「平凡に慎ましく精神が、ここで仇になるとは思っても見なかった……!!」
あの我儘姉め。
心の中で毒づきながら、私はちょっぴり過去の己の行いを後悔した。
きっと、私がブレンダと同等程の才を示していれば、こうはならなかっただろうから。
かつて『大魔導師』と呼ばれていた過去を持つ私は、基本的に今でも〝魔導〟は扱えるものの、この世界の〝魔法〟を扱う事は出来なかった。
使えない理由は、〝魔導〟に慣れすぎていたのか。はたまた、それ以外の理由なのか。
判然としていなかったけれど、私はそれで良いと思っていた。別に、優秀な魔法師となって今度こそ、誰かの為に。
……そんな高尚な理念を、今生でも持てる気も、ましてや、持つ気もなかったから。
だから、〝魔法〟の才に恵まれなかった落ちこぼれと言われようと、私はなんでも良かった。
「……でも、不幸を呼ぶ、か」
ポツリと。
少しだけ懐かしさを感じながら、私は口にする。
ここではない別の世界。
〝魔法〟ではなく、〝魔導〟が存在していた世界でも、差別というものは当然のように存在していた。そして、そういったものを無くしたいなどと思っていた『大魔導師』がいた。
……失敗だらけだった己の過去が不意に思い起こされて、無性に私の心臓が、虚しさで軋んだ気にすら陥って。
やがて、数秒ほどの空白を置いたのち、
「ばっかみたい」
罵った。
当たり前のように、ここでの生活を、どうやって
そんな事を考えていた自分に対して。
そんな迷信を、本気で信じてしまっている大多数の人間と、この世界に対して、私は罵った。
「これじゃ、ミイラ取りがミイラになっただけじゃん」
一度砕けた理想はもう持てない。
それは、私が一番知ってる。
かつて『大魔導師』と呼ばれた人間が、愚かで、ばかで、騙されやすくて、最後まで才能を持ちながらも、理想に手を届かせられなかったあほだった事も。
ただ、過去の失敗を活かす事と、己まで
それは、違う。
「……昔の私は、ばかだった。間違いだらけの人生だった。それは、自覚してる。……でも、あの時抱いてた私の想いを、私が嘘にしてどうするんだよ」
私が、否定してどうするんだ。
心の中で、責め立てるように言葉を繰り返す。
そして、数瞬前の己と決別するように、ふぅ、と肺に溜まっていた空気を思い切り吐き出す。
「手を差し伸べようとしない事と、見て見ぬふりをする事は、違う」
誰も彼もを救えとは言わない。
でも、直面したにもかかわらず、素知らぬ顔で背を向ける事は、違う。
だから————『黒髪は不幸を呼ぶ』。
そのくだらない噂を否定する為であれば。
今も尚、苦しんでるかもしれない一人の少年を救えるのならば、ひた隠しにしてきた『魔導』を使ってでも、彼の力になろう。
それが、先程まで抱いてしまっていた己の感情に対する贖罪だ。
「だから……うん。これが本当に最後かもしれないけど、私が助けてあげられると良いな」
その一言は、実に『大魔導師』と呼ばれていた私らしく思えて。
家から半ば強引に連れられた際とは正反対の、屈託のない笑みを浮かべながら、一歩、と私は踏み出した。
どんな形でもいいから、助けになれますようにと願いながら。
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