これ俺の彼女が野原で拾ったケルベロスなんですけど、恩返ししてくれたんですよ

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「バウっ、バウっ!」


 彼女の家の庭にケルベロスがいる。


 そいつは、門番としての役目を果たす為なのか、俺という侵入者を見た途端に猛烈な勢いで吠えてきた。


 比喩?


 違うよ?


 本物のケルベロスだよ?


 どこの世界に、全長10メートルの犬がいるんだ?


 頭が三つあるわんちゃんがいる?


 地獄の門前にいそうなそのモンスターを見た俺は、それをこの家につれてきた彼女を見つめて言った。


「元あった場所に捨ててきなさい」






 学校帰り、俺はつきあっている彼女の家に行くことになった。


 付き合っている、といっても人前でどうどうとイチャコラできるほど、ふてぶてしくない。

 そのため俺達は、人目につかない場所でこっそり清いつきあいを続けているという、そんな地味目なカップルだ。


 そういうわけだから、彼女の家にお邪魔して健全にゲームやるかテレビでも見るか、って事になったんだけど。


 彼女が原っぱでわんちゃん拾ったって言ったから、庭に向かったんだよ。


 そしたらこれだよ「バウっ! グルルルルッ! ギャウギャウ! ボウッ(口から炎を吐く)」おかしくない?


 彼女は「え? おかしい?」みたいに不思議そうな顔をして小首をかしげている。


 いちいちかわいい。


 俺の彼女、せかいいちかわいい。


 流されて「うん、そうだね」と言ってしまいたくなったけど、そういうわけにはいかない。


 得体の知れない生き物を庭先に置いておくわけにはいかないのだ。


「捨ててきなさい」







「バウっ! グルルルルっ」


 おう、おいらケルベロス!


 見知らぬ世界に転移したと思ったら、魔力がなくて力尽きちまった。


 そんで原っぱで倒れてたんだけど、そこに女の子が通りかかったんだ。


 でもしいつは見知らぬ世界の人間だから、おいらは当然警戒したさ!


 前の世界にいた時も人間は見た事あったけど、その世界の人間とこっちの世界の人間が同じとは限らないしな!


 前の世界の人間は、おいらの飼い主である魔族と違って、とってもひ弱だったけど、この世界では超つよいかもしれないだろ?


 だからおいらは精いっぱい「ばうばうっ」って吠えて威嚇したんだけど。


 ぐーきゅるるー。


 お腹が減って力がなくなっちまったんだ。


 懐からおかしをとりだしてくれたから、思わずそれにかぶりついてむしゃむしゃしちまった。







 女の子に心配されるままにひっぱられてたどり着いたのは、どこかの建物の前。


 女の子はおいらのために寝床を作ってくれたり、ご飯を作ってくれたりしてた。


 その子は。


「はい、どうぞ。お腹が減ってるんでしょ。遠慮しなくてもいいんだよ」


 って、そういって、ご飯を盛ったお皿を差し出してくれた。


 なんていい子なんだ。


 この子は、おいらの元の飼い主の女の子と一緒で、心の優しい女の子だ。


 でも、優しい人は時々危ない事に巻き込まれてしまうらしい。


 おいらの元の飼い主も。あんな目に。


 ううっ。


 魔族のお姫様であるために、色々なやつらに命を狙われて。そんで最後は国の内部が分裂した後、おいらだけを別の世界に逃がしてくれたんだ。

 この命、絶対に無駄にしたくない!


 よし! 決めた!


 この恩は必ず返そう。


 恩を返すために、おいらがこの子を守ってあげなくちゃ。


 そうと決まればさっそく、ここにやって来たひょろそうな男を追い払わなうと!







「ぐるう、ぐるぁぁぁぁ!」

「近頃、この辺りで通り魔が出没してるるみたい。物騒だよね」


 俺は、のんびりしながらそんな事をつぶやく彼女と、ごくごく近くで狂暴に吠え立てるケルベロスを交互に見た。


「いや、この辺りどころかすぐ近くが危険な事になってるけど!?」

「え?」


 俺の彼女、せかいいちかわいい。


 じゃなくて!

 そこで可愛い顔しないで!

 可愛いせいで俺の目がくらんで、身の回りにある危険を察知できなくなっちゃうから!


 なにはともあれ、このケルベロス(っぽい何か)を何とかしないとな。


「どこで拾ってきたの、このケル、じゃなくてわんちゃん」

「原っぱ。よく遊ぶ川原の近くだよ」

「よし、すぐそこに捨ててこよう」

「駄目だよ。まだ元気になってないんだから。お腹すかせて、倒れてたんだよ。手放すにしても飼い主さんを探すにしても、もうちょっとちゃんとご飯を食べさせてあげなくちゃ」


 うん、そのご飯が俺になるってオチが見えてきたぞ。


 ケルベロス(仮)がこっちを威嚇しながらも、牙をガチガチ鳴らしてるし。


 絶対俺を喰う気でしょこれ。


「はぁ、どうしたもんかな」

「とりあえず、わんちゃんのためにもうちょっとご飯作るから手伝って。食べやすいように細かく刻まないとね」


 大きなキバで細かく刻まれる俺の姿が脳裏に浮かんで思わず、ぶるっと寒気に襲われてしまった。







 ケルベロス(仮)の腹を満たした後、どうにか彼女を説得して、元の飼い主を探すという名目で、発見場所の原っぱへと向かった。


 ケルベロス(仮)がいたらしい場所は、ちょっと焦げている。


 口から炎でも吐いたのかな。


 元はみずみずしかっただろう緑色は、絶望の炭色になっている。


 俺に向かって吐くのだけは絶体に阻止しないと。


「飼い主さんいないね」

「そうだね」


 この世界のどこを探してもケルベロスの飼い主なんて見つかりそうにないけど、「いないかもね」なんていうと自宅で飼われそうだったから、言わない。


 うーん。ひどく無駄な事をしているような気分になってきた。


 心地よい風が吹いてきて、どこかに咲いている花の花びらが目の前を飛んでいった。


 惜しい。視界の隅で焦げが自己主張していなければ、ラブロマンスでも始まりそうな景色だったのに。


 しばらくあたりをうろうろしていたら、見慣れない男がいるのに気が付いた。


 心地の良い陽気にもかかわらず、分厚いコートを着て、真っ黒なサングラスと帽子を装備している。


 あやしい。


 俺は、彼女を呼び寄せた。


「最近この近くで危ない通り魔がいるって聞いたんだけど」

「うん、そうだね。もう何人も犠牲になってるって聞くよ。ご近所さんの掲示板にも注意書きの紙が貼られていたっけかな」

「どんな特徴だって書いてあった?」


 うーん。

 と可愛らしく斜め上を見て、いちいち可愛いしぐさで考え事をする彼女。


「そうだね。分厚いコートを着てて、真っ黒なサングラスをかけてて、真黒な帽子をかぶってるって書いてあったよ」

「オウ」


 今のオウ。

 は「余に任せておけの」王でも「俺に任せとけ」の応でもない。


 しまったの意をこめた嘆きのオウだ。


「オッケー、全ての状況は把握した。すぐにここから離れよう」

「えっ? いきなりどうしたの?」

「決して振り向いちゃだめだ。とにかくここを離れるのが優先目標だ」


 俺は彼女の手を引いて、その場から離れていく事にした。


 彼女の背後に、その例のあやしげな男がいて、こっちをじっと見つめている。


 いっそ駆け足でこの場を離れたくなったが、ぐっと我慢。


 ここで焦った行動をとってはいけない。


 俺は何気ない様子でその場から離れようとしていたのだが。


「何でこっちに来るんだよ!」


 俺達の様子から何かを察したのか、怪しげな通り魔(仮)がこちらに向かってくるではないか。


「はっ、走るぞ!」

「ええっ?」


 俺は彼女の手を掴んだまま必死に走った。

 だが、悲しいかな。


 俺も彼女も運動能力が、下の上くらいだった。

 相手の運動能力はどれくらいなのか分からないけれど、差がみるみる詰まっていくのをみると、それほど低くはないように見えた。


 絶対絶命。


 そう思った俺は、彼女だけはきちんと逃がすために、その場に立ち止まった。


「振り返らずに走るんだ! そして、近くの民家に助けを求めろ!」


 くっ、追いかけてくる通り魔(仮)が近づいてくる。


 みるみる、どんどん近づいてくる。


 しょんべんちびりそうな程おっかない。


 でも、ここで好きな女性を守れずにケツふってにげるなら、死んだほうがましだね。


「うぉぉぉぉっ。来るなら来いっ! 弱いからすぐやられちゃうけど、その前に一矢報いてやらぁ!」


 何か俺叫んだ。


 緊張してたので、何言ったか分からん。


 けど、幸いにも正面衝突は避けられたようだ。


 横合いから出てきた巨大な影が「グルルルルゥっ、バウッ」といいながら、怪しげな男を下敷きにしたからだ。


「ワオーン」と勝利に雄たけびを上げるのはあの、ケルベロス(?)だ。


 噛み付こうとしたら、俺の彼女に「怪我をさせちゃだめだよ」と制止されている。


 たっ、助かったぁ。


 死ぬかと思ったぁ。


 けど、今の騒ぎで人が続々集まってきたぞ。


 まずい。どうやって説明しよう。


 まさか、これ俺の彼女が野原で拾ったケルベロスなんですけど、恩返ししてくれたんですよ。

 なんて説明で納得してくれるわけないだろうし。






 おう、おいらケルベロス。


 この「おう」は男らしく古代文字の漢字で「応」って書くんだぞ!


 元の世界ではマイナーなげんごらしいけど、なんかかっこよかったから。


 覚えておいてくれよな!


 それはともかく、あのひょろっちい男、意外に男気があるじゃん。


 おいらの命の恩人を体ではって守ろうとするなんてな!

 ふふん、おいらをみならって?


 てーれーるぅ。


 そこまで言うなら特別に舎弟に加えてやってもいいぞ!


 敵意びんびんしてた変な奴はおいらの下敷きになって、見事ノックアウトだ。


 獣の勘で追いかけてきてよかった。


 これで、恩返しができた!


 と思ってたら、あれよあれよという間に大勢の人が集まりはじめた。


 その中には、きっちりかっちりした服の人間もいたぞ。


 そいつらは「みらいからやってきたせいぶつをほごするだんたい」とか言って、おいらをどこかに連れ去ろうとした!


 だから「ガルルルルっ」って威嚇したら、命の恩人とあのひょろいやつまで連行されちまった。


 人質だと! 卑怯だぞ!


 くっ、おいらというものがいながら。


 どこかの建物の中につれていかれたおいらは、全身真っ赤に燃えた鳥とか頭から角が生えた馬とかと引き合わされた。


「キェェェェ!」

「ヒヒーン」


 って、知り合いじゃん。


 フェニックスとユニコーンじゃん!


 なんだよー。お前らもこっちに来てたのか!?


 飼い主である火の国の王子と、水の国のお姫様はどうしたんだよ!


 えっ、内部分裂でめつ……ぼう。


 飼い主は決死の覚悟で、お前達を別の世界によこしたっていうのか!?


 みんなおいらと同じような境遇なのか!?


 そうか、そうだったのか。


 大変だったんだな。


 そいつらと色々話して、おいらたちを連行していった奴が実は悪い奴ではない事が分かった。


 くっ、そうだったのか。


 すまねぇ!


 だが安心してくれ!


 うたがって迷惑をかけちまった分は、おいらがきっちりこの体で働いて返してやるからな!


 よし、色々あったけど、力をあわせてこの世界で頑張ろうぜ!


 世話になったやつらに恩をかえしながら、いつか元の世界にもどって仇を討つんだ!


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