第27話 重力勝負

 奇策を講じて地下ダンジョンへと侵入したカナセにとって、想定外の出来事が二つ。

 まず、伊吹ファルマに”ホログラムの嘘”がバレるまでの時間の早さ。


「希崎ぃぃぃ!」

 

 カン、カン、カンカンカンッ!


 出し抜かれたことがよほど悔しかったのか、奇声を上げながらハシゴを下りてくるスピードは異常。

 そして、もう一つの想定外は──。


「深っ! この地下ダンジョン、深すぎだろ!」


 カナセも必死にハシゴを下りながら、そう愚痴らずにはいられなかった。

 顔を下に向けても、見えるのは暗闇だけ。

 こんなに全力で進んでいるのに、まったく地面の気配は感じられない。

 顔を上に向ければ、蒼白く輝くファルマの魔剣がどんどん距離を詰めてくる。

 その上──。


『矢島君、ど、どうしよう⁉ 完全に見つかっちゃったよ!』

『だ、大丈夫、落ち着いてユフミちゃん……ほら、あそこ! とりあえずあそこに逃げ込もう!』


 魔法陣チップを通じて、大切な仲間の緊迫した状況がリアルタイムでカナセの耳に飛び込んで来る。

 簡単に言ってしまえば……大ピンチ!

 状況から言って、フツシとユフミがカナセと共謀していると思われるのは間違いない。

 このミッションは、カナセがラミカから受けたもの。

 突き詰めて考えれば、自分がどうなろうと単なる自己責任だ。

 しかし、他の二人は違う。

 善意で協力してくれたフツシとユフミが、今回の件で退学……いや、伊吹ファルマの対応や、我堂ゴウバが企てていることを踏まえれば、それ以上の最悪な事態だって十分考えられる。

 それを回避するための手段は、たったひとつ。

 イドマホの地下ダンジョンにあるとされる、破壊兵器を見つけて発信ボタンを押す。

 とにかく、ハシゴを下りきって……。


「ダメだ! 間に合わねぇ! こうなったら……」


 カナセは意を決して、ハシゴの横棒から足を離した。

 両手で縦棒を掴み、下半身は宙ぶらりん状態。

 一瞬、足元に視線を移すが、まだ地面の気配は感じられない。

 ……ただ、もう迷ってる余裕は1ミリも残されていなかった。


「行くしかねぇ……行くしかねぇ! うおぉぉぉぉぉ‼」


 二つの縦棒から、両手をパッと離した途端、重力に引かれてカナセの体が猛烈なスピードで落下していく。

 暗闇の中、目の前に見えるハシゴの横棒だけが猛烈なスピードで次々と通り過ぎる。

 顔を少しだけ上に向ける。

 ファルマの光がどんどん遠ざかっていく。

 下に向ける。

 まだ、何の光も見えない。


「やばっ……ミスったかこれ……」


 苦笑いするカナセ。

 実は、中学生の頃、12階のビルの屋上から飛び降りたことがあった。

 もちろん、自暴自棄になって身を投げたわけではない。

 あることを思いついて、それを試すために飛び降りたのだ。

 魔法を使えば、落下の衝撃を吸収できるんじゃないか……と。

 発端は、火事でマンションの一室に取り残された家族のニュース映像。

 窓から飛び降り、地上に用意されたエアクッションに受け止められて、助かった。

 その映像から着想を得て、自信満々で12階から飛び降りた結果……見事に成功。

 調子に乗ったカナセはさらなる高見を目指そうとしたが、親にバレてしまい、12階から飛び降りるよりも恐ろしい説教を食らい、それから”飛び降り実験”を行うことは無かった。

 それでも、カナセの予想では、20階建てぐらいであれば、落ちても平気だという自信はあったのだが……。


「おいおい、まだかよ⁉」


 体感で、軽く30階分は落ちているにも関わらず、まだ地面が見えない。

 無意識的に両手でハシゴを掴もうとするが、落下速度が早すぎるせいで摩擦による熱によって到底無理。

 魔法の氷で冷やそうにも、一瞬で溶けてしまう。

 と、その時。

 とうとう、下方に小さな明かりが見えた。

 無謀な落下の終点たるその明かりは、加速度的に大きくなっていく。


「よ、よし……やれる……絶対やれる……いや、やってみせる……!」


 カナセは、中学生のあの日、12階から飛び降りた時を鮮明に思い出し、両手の平に力を込めた。

 魔法の玉を練って、どんどん強く、大きくしていく。

 そして、いよいよ地面に着地する……寸前。


「うおりゃっ‼」


 両手を地面に向け、《風属性魔法》を一気に放出!

 落下直前に、風魔法の塊を地面と体の間に放り込む。

 言わば、それは魔法による”エアクッション”。

 数百メートルの重力を吸収し、カナセの体を優しく包み込み──。


 ドスンッ!


「痛ぇぇぇぇっ!」


 悲鳴を上げるカナセ。

 高校時代の鍛錬により、中学生時代より魔力は増加していたはず……だが、魔クセサリーを失っていることを計算に入れ忘れていた。

 しかし……生きている!

 足腰に強烈な痛みが走ったが、大きく悲鳴を上げられるほどの余力は十分残っていた。

 しかも、目の前には……。

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