第26話 無反応のカナセ

「お、おい、ちょっと待てって!」


 慌てながらも、カナセは左方向へ倒れ込むようにして、なんとかファルマの剣から逃れた。


「知るか。殺す」


 ファルマは恐ろしい言葉を吐きながら、カナセの方へ体を九十度回転させる。

 右手の氷魔剣が放つ蒼白いオーラの光がどんどん強くなっていく。

 コイツ、本当に殺す気だ……カナセの背筋がゾクッとなったのは、決して氷の冷たさで室内が涼しくなっただけではなかった。

 ただ、このまま左に逃げ続ければ、扉の位置まで移動することができる。

 こうなったら、プライドもへったくれも無い。

 とにかく廊下へ逃げ出して、何か別の方法を──。


「させるか」


 まるで心の内を読み取ったかのように、ファルマは剣を構えたまま、じりじりと右斜め前に移動する。

 カナセの視界から、鉄の扉が塞がれていく。

 万事休す……なのだが、カナセの目は全く諦めていない。

 それどころか、ギラギラと燃えたぎっている。

 ……両手も!


「うおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁ!」


 気合いのこもった咆哮と共に、カナセは開いた両手を前に突き出した。

 手のひらから放出された火の玉が、次々とファルマに襲いかかる。

 ……が、悲しいかな、魔クセサリーを装備しておらず、全力の百分の一程度の炎は、ファルマの左手にことごとく弾かれてしまった。

 カナセの表情が固まる。

 手をぶらんと下げて、生気無く立ち尽くす。


「フンッ、諦めたか。もう少し骨のある奴だと思ってたんだがな」


 ファルマは冷たい言葉を吐き捨てながら、左手で銀髪を掻き上げた。

 それでも無反応のカナセ。

 ファルマを見ているようで、さらに遠くを見ているような眼差し。


「くだらん。終わりだ」


 ファルマは、冷たい言葉よりも冷たい魔剣を思いきり振り上げたまま走り出し、そのままカナセの体に向かって……振り下ろす。

 直撃。

 ファルマの背後から謎の金属音。

 固まったままのカナセは逃げることも抵抗することもなく、腕を突き出してその身を守ろうともせず、完全にファルマの攻撃を食らった。

 その身は、切れ味鋭い氷魔剣の餌食となり、無残な姿に……なってはいなかった。

 無傷。

 表情は固まったまま。

 生気の無い眼差し。

 剣が通過したボディは、八つ裂きどころか傷一つない。


「なんだと……⁉」


 冷酷無比なファルマの顔に、始めて焦りの色が浮かび上がる。

 一体、今の一瞬でどんな魔法を使ったんだ……といった表情。

 それでも、カナセは笑うことも反撃する様子もなく、ただただ呆然と立ち尽くしたまま。


「希崎……希崎カナセ! これはどういうことだ⁉」


 ファルマが声をかけるが、カナセは終始無反応。

 ……そう。

 実はこの時、カナセは……ファルマの足元に居た。




 カン、カン、カン、と、一定のリズムで金属音が鳴る。

 気が遠くなるほど地下深くまで伸びている鉄のハシゴを、カナセが下りていく音。


「おい、フツシ、ユフミ、聞こえてるか? やったぞ、ついに地下ダンジョンに入ったぞ!」


 喜びの声を上げながら、カナセは右足、右手、左足、左手、の順番で、ハシゴをせっせと下りていく。

 ふと上を見上げるが、”地下ダンジョンの蓋”が開く様子はまだない。


『……カナセ君! 上手くいったって⁉』


 驚きに満ちたフツシの声。


「おうよ! ありがとなフツシ。あのアドバイスがめちゃくちゃ効いたぜ」

『それじゃ……』

「ああ、魔法陣ホログラムのスペア。念のためってことで持ってて良かったぜ」


 そう。

 カナセは炎魔法を繰り出しながら、パーカーのポケットから魔法陣ホログラムを取り出し、スイッチを押して立体コピーを表示。

 同時にカナセ本人は透明化。

 こっそりファルマの背後に回り、めくれた畳の下にあった地下ダンジョンへの入り口の蓋を開けて、中に入って蓋を閉める。

 今頃、ファルマは”カナセの幻影”と戦闘中。


『凄い! 希崎君ならきっとやれるって信じてたよ!』

「へへっ、ありがとなユフミ。正直、ファルマってやつめちゃくちゃ強くてよ、マジで殺されるかもって思ったけど、昨日のことを思い出したんだ」


 もちろん、それはユフミから貰ったプレゼント。

 ユフミもそれに気付いたのか、照れくさそうに、


『も、もう、希崎君ったらぁ……でも本当に良かった。無事で!』

「おう! って、まだ任務完了じゃねーかんな。そっちだって、まだ体育館に戻れてないんだろ?」

『うん。もうすぐ渡り廊下に……って、あっ!』

「おい、どうした⁉」

『ヤバい! 手練れっぽい上級生が何人かこっちに……ユフミちゃん、一旦戻ろう!』

『う、うん!』


 その時、カナセの頭上、でガチャッと音がした。

 見上げるカナセ。

 遙か上の方に、白く輝く小さな丸い光。


「やっべ……気付かれちまったか。フツシ、ユフミ、捕まるんじゃねーぞ!」


 叫びながら、カナセは猛烈なスピードでハシゴを下りていった。

 ……と、その時。

 凶器の叫び声が頭上から降り注いだ。


「希崎ぃぃぃぃぃ!! 待ちやがれぇぇぇぇぇ!!」

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