第25話 魔剣のファルマ

 作戦通り、一階に降りたカナセは、慎重に周囲の様子を伺いながら、各部屋を順番に調べていった。

 一見すると普通の教室に見えても、壁やロッカーの中などに隠し扉などがある可能性があるので、一つずつ慎重に確認していく。

 ユフミたちと魔法陣通信で定期的に連絡を取っていて、誰ひとり学校関係者に見つからずに調査を進められているが、決定的な証拠も見つけられずにいた。

 この時点で十二分経過。

 タイムリミットまで残り十八分。

 地下ダンジョンを見つけ出し、中に入って隠し兵器を見つけさえすれば、あとはボタンを押すだけ。

 そうなれば、もはやタイムリミットの意味は消える。

 この任務を達成するためには、とにかく隠された入り口を──。


「ん? なんだこの部屋は?」


 一階の廊下の一番奥。

 通常の教室とは明らかに趣の違う、重々しい金属製の扉。

 中央部分にハンドルが付いていて、金庫か潜水艦の扉と言われた方が自然なほど。

 見た目が怪しすぎて、逆に怪しくないんだけど……と、小首を傾げながら、カナセはハンドルを回してみた。

 特にロックされていることもなく、反時計回りにスルスルと動く。

 回しきったところで、ドアを開いてみると……そこは床全面に畳みが敷かれた部屋だった。

 柔道や空手の道場といったおもむきで、い草の匂いが鼻を抜ける。

 不思議なのは、四方を取り囲む壁の材質。

 その手の道場であれば、木材もしくは漆喰を使うのが自然。

 しかし、この部屋の壁はすべて扉と同じ金属が使われていた。


「うーん、やっぱ怪しいぞ……」


 カナセは、すっかり探偵気分で右手を顎に添えたりなんかしながら、ゆっくり中へと足を踏み入れた。

 大きな正方形の部屋には、棚や机や椅子など何も置いていない。

 壁に近づいてみると、所々に細かい傷や何かの跡が付いていて──。


 ガシャンッ。


 突然、背後で音が鳴り、カナセは慌てて後ろを振り向いた。

 勝手に閉まった……わけではない。

 なぜなら、扉を背にして立っている男の姿があったから。

 しかも、それは……。


「こんなところで何をしている。入学式の途中だぞ」


 銀色の髪、冷酷な眼差し、ロボットのような平坦な口調。

 この状況で、一番会ってはいけない人物……伊吹ファルマ。


「いや、えっと、ちょっとトイレに……って、無理かこれ」


 カナセの乾いた笑いが、金属の壁に当たって乱反射する。


「希崎カナセ、本当の理由を言え。ここで何をしていたんだ?」

「うーん、ちょっと言えねえなぁ……それより、戻った方がいいぞ!」


 それは、目の前の相手ではなく、魔法陣チップを通して仲間に向けたメッセージ。

 文脈無視の言葉に対し、ファルマは顔色一つ変えることなく、「それはこっちのセリフだ」と吐き捨てるように言った。


『……希崎君、大丈夫⁉』

『誰かに見つかった? 助けに行くよ!』


 不安に満ちた二人の声。

 魔法陣チップを通したその声は、超指向性でカナセの耳にだけ届く。

 カナセは少し考えたあと、「こっちに来るんじゃねえ!」とファルマの目を見ながら叫んだ。


『えっ……矢島君、どうしよう⁇』

『……ここは、カナセ君を信じよう。きっと、核心に迫ってるに違いない。僕らは足手まといにならないように、一旦体育館に戻って……』


 二人の会話を聞き、カナセはとりあえずホッとしていた。

 フツシの理解力と現状把握力は凄い。

 この調子なら、きっとユフミと一緒に上手く戻ることができるはず。

 問題は……目の前の敵、伊吹ファルマ。

 ラミカの情報では、国立生以上の魔法力を持っているという。

 魔クセサリーの無いカナセにとって、普通に戦ったらまず勝ち目はない。

 だとしたら、やるべきことは……。


「さっきの質問、なんでオレがここに居るのか、だっけ?」


 カナセが口を開く。

 ファルマは頷きもせず、ただ真っ直ぐ前を見据えている。


「探してるんだよ。地下ダンジョン……ってやつを」


 カナセは、ただただ本当の事を口にした。

 通信魔法陣から、驚くフツシたちの声が聞こえる。

 さすがのファルマも、その顔に少しだけ動揺の色を見せた。


「貴様、なぜそれを……」

「実は、ある人から頼まれた仕事でね。あの学長さん、とんでもないことを企んでるらしいな。あんた、それ知ってるのか?」


 ファルマ数秒考え込んだあと、ゆっくり口を開いた。


「希崎、それは学長本人から聞いたのか……?」

「えっ? 違うに決まってんだろ。ってことは、あんたも知ってるんだ?」


 黙って視線を外すファルマ。

 それが何よりの答え……だと、カナセは受け取った。

 ファルマは我堂ゴウバの悪事を知った上で、護衛の任についている。

 ラミカから貰った情報の通りだが、もしかして知らないで学長を守ってるだけだったら、話し合いでなんとかなるかも……というカナセの淡い期待は、脆くも崩れ去った。

 あとはもう戦って打開するしかないが、最初に動いたのはカナセでは無くファルマのほうだった。


「どうして、ここに地下への入り口があるとわかった……?」


 そう言いながら、ファルマは右腕をゆっくり横に伸ばした。

 そして、

 

 ファンッ──。


 鋭く冷たい音が鳴り、軽く握った右手から上方に向かって蒼白い光が伸びた。

 その光が収束し、剣の形に変化する。


「……魔剣⁉ あんた、魔剣が使えるのか⁇」


 興奮を抑えきれないカナセは、この状況に似つかわしくなく、好奇心に満ちた笑みを浮かべていた。

 それもそのはず。

 魔法上級者の中でも、卓越した技術を持つ者のみが使える特殊魔法〈魔剣〉。

 己の魔力を具現化し、それを武器として戦うスタイル。

 実は、カナセの父テイタツが魔剣の使い手らしいのだが、子供の頃に「見せて見せて~」とせがんでも、「あれは死ぬほど疲れるんだ。年食った今じゃもうできねーよ」と言われ、結局一度も見たことはなかった。

 カナセ自身も、魔力のポテンシャルとしては十分使える素質を備えているのだが、如何せん、技術面が足りないため、実用性にはほど遠い。

 憧れの魔法を目の前にして、興奮してしまうのも無理はない。

 ただし、状況がそれを許さなかった。


「黙れ。我堂様の邪魔をする奴は、この〈氷魔剣〉で葬り去ってくれる……!」


 ファルマは右手に氷の魔剣を構えたまま、地面を蹴って大きく飛び上がった。

 さすがのカナセも、こうなっては興奮してる余裕は無い。

 右手で炎の玉を練り上げながら、バックステップで距離を取る。

 直後、地面に着地すると同時に振り下ろされた魔剣が、1秒前までカナセが居た場所を切り裂いた。

 衝撃波で畳がめくり上がり、地下ダンジョンに続くと思しきハッチが露わになる。

 それを見たカナセは喜ぶ……余裕なんて無い。

 あまりにも魔力が強すぎるせいで、魔剣の切っ先から細かい魔法の粒が前方に散らばり、カナセの頬をかすめて小さな傷が付いた。

 こりゃヤバそうだな……と内心思いつつ、顔では笑って見せる。

 魔法バトルで弱みを見せるのは禁物。

 それに、負けず嫌いのカナセは決して諦めたわけでは無い。


「今度はオレの番……おりゃ!」


 いま出せるすべての魔力を込めた炎の魔法玉を、ファルマに向かって思いきり投げつける。


「フンッ……」


 ファルマは直立不動のまま、あたかもヤブ蚊を追い払うかの如く、左手の甲でカナセの炎をはたいた。

 鉄の壁に当たった炎は、何の痕跡も残すこと無くシュッと音を立てて消え去る。

 二人の距離は、ほんの数メートル。

 さらに、カナセのすぐ後ろには鉄の壁。

 ファルマの身のこなしを考えれば、左右どちらかに避けた所で、結果が先延ばしになるだけ。

 逃げることに集中して全速力で背後に回れば、もしかしたら部屋の外に出ることは可能かも知れない。

 ただ、そんなやり方はカナセの性に合わない。

 目的地はこの部屋だと分かった以上、何とかして相手に勝って、任務を達成する。

 それだけを考えて、この大ピンチの打開策が無いかと頭を必死で回転させるが……。


「くっそ、わかんねぇ! あー、悔しすぎるぞおい!!」


 思わず、心の叫びが口から漏れる。

 ファルマは、何を言ってるんだコイツ……といった冷ややかな目をカナセに向けた。


「……さっさと終わらせるか」


 魔剣の柄を握り直し、ファルマが腰を落とそうとした……その時。


『カナセ君! 本当にヤバくなったら、アレを使ってみて! ラミカさんから貰ったアレを‼』


 魔法陣チップからフツシの叫び声。

 それを聞いたカナセは……眉間に皺を寄せていた。


「アレって……」


 考える間もなく、ファルマは地面を蹴ってカナセに向かって斬りかかってきた。

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