第24話 作戦開始
体育館の床にはパイプ椅子が敷き詰められ、前方から新入生、二年生、三年生の順に並んで座っていた。
その顔ぶれは、まさに多種多様。
さすが、”0から魔法を学べる専門学校”を謳っているだけあって、十代の学生以外にも、社会人を経験し魔法の重要性を感じて入学したと思しき二十代以上の男女、主婦らしき女性やお年寄りの姿もあった。
学長室で底知れぬ緊張感にさらされたカナセだったが、体育館に入り、指定された席に座って周りを眺めていると、新たな生活が始まるワクワク感が押し寄せてきた。
このまま依頼を無視して、何事も無かったかのように専門学校生活を楽しみたい……そんな気持ちが無いと言ったら嘘になる。
ただ、もう迷いは無い。
時間も無い。
時計の針は、入学式典が始まる午前十時にたどり着いていた。
進行役の事務的な説明のあと、スピーチを行うために学長が壇上に上がることになっている。
タイミングを見計らい、カナセはポケットから取り出した〈魔法陣ホログラム〉のスイッチを押した。
カナセ本人に重なるように、瓜二つの立体映像が浮かび上がる。
それと同時に、カナセ自身は〈魔光学迷彩〉により、周囲の人間の目から遮断される。
つまり、コピーが表示されるかわりに本人は透明人間化した、というわけだ。
フツシから、ホログラムの使い方や仕組みなどを予め教えて貰っていたのだが、それでもあまりの高機能さに、カナセは驚かずにはいられなかった。
コピーホログラムは科学によるAIと魔法が合わさった最新鋭のアイテムで、至近距離に居る人間にもバレないほど自然な見た目を実現している。
透明化機能も──それこそ、自転車の二人乗りでカナセがやった水魔法によるカムフラージュとは比べものにならないほど──バッチリで、カナセは難なく体育館を抜け出すことができた。
その直後、館内の雑音がピタッと収まったことで、我堂ゴウバが壇上に上がったことがすぐに分かった。
一体どんな話をするのか気になるが、とにかく目的を達成することが最優先。
『こちらカナセ。渡り廊下を進んで西校舎にむかってるとこ』
周りに誰も居ないことを確認してから、魔法陣チップを使ってふたりに語りかける。
『こちらユフミ、私も渡り廊下に居るよ!』
『こちらフツシ、僕も……って、まずい、もうすぐ透明化が切れるはず。とりあえず渡りきって、一番近くの教室に集合しよう!』
「オッケー了解」
カナセは全力で走り出すと、自分以外の足音が聞こえることを確認しながら、西校舎に入ってすぐ目に入った教室のドアを静かに開けて、中に飛び込んだ。
ほぼ同時に、魔光学迷彩の効果が切れて全身が露わになる。
続けてフツシとユフミの姿が見えた。
「ギリギリセーフ! ……だよね?」
「うん。式典の最終でも何人かはこっちの校舎に居るものだと思ってたけど、ここ来るまでに見た限りでは全く姿が見えなかったね」
「そんじゃ、式が終わるまではある程度自由に動けるってことか?」
「いや、終わりが近づいてきたら、職員の一部が色々準備するために西校舎に戻ってくる可能性は大いにあると思う。だから、タイムリミットは今から30分に設定しよう」
フツシの指示に従い、カナセとユフミはスマホのアラーム(バイブ)を設定した。
「よし、早速探索開始だな。オレはもちろんひとりで大丈夫だけど、ユフミとフツシは一緒に行動した方が良いんじゃないか?」
「それは僕も思ったけど、もしも誰かに見つかった時、ひとりの方が都合が良いと思うんだよね。『ちょっとトイレに行くために抜け出して』とか言い逃れできるし。でも、ユフミちゃんがひとりで大丈夫なのかどうか……」
「全然平気だよー! 時間が無いんだから、三人で手分けしたほうが良いでしょ?」
「ああ、そうだよな。でも絶対無茶すんなよ」
「うん!」
「ユフミもフツシも、ヤバそうになったら今いる場所を思いきり叫んでくれ。オレが全力で助けに行くから」
カナセは、いつになく真剣な眼差しを二人に向けた。
「うん、そうしよう。ねっ、ユフミちゃん」
「うん! 希崎君が助けに来てくれるなら無茶しても大丈夫っぽいし」
「おい!」
「ははっ、うそうそ! って、時間無くなっちゃうよ!」
「やっべ。そんじゃ、探索開始だ。フツシ、割り振りは?」
「目的は地下ダンジョン探し。普通に考えて一番怪しいのは一階。それだけ危険度も高いと思うから、そこはカナセ君よろしく」
フツシがスマホ画面を見ながら指示を出す。
ラミカから貰った校舎の地図は、カメラで撮って取り込み済みだ。
「おうよ」
「可能性は低いと思うけど、二階以上の隠し部屋から階段やハシゴで地下に通じてる場合も十分考えられるよね。だからユフミちゃんはこの階から調べ始めて貰えると助かる」
「うん!」
「僕は四階から三階に向かって調査していくけど、ユフミちゃんも余裕があれば二階のあと三階で手分けして調べるって感じで」
「りょーかい! って、もしダンジョンの入り口ぽいの見つけたらどうすれば良い?」
「そうだね。ダンジョンの中には見張りが居る可能性が高いし、もしかしたら魔敷獣と出くわすなんてことも考えられる。だから……」
「そっからはオレの出番だな。オレが見つけたらそのまま中に入る。ユフミかフツシが見つけたらすぐオレを呼んでくれ」
「わかった! あと、最後の質問。ダンジョンを見つけたあと、どうやって体育館に戻れば良いのかなって……」
「それは考える必要ないな。ダンジョンが見つかって、その中で兵器を見つけたらオレは発信ボタンを押す。そしたら”しかるべき組織”ってのがここに乗り込んできて、ここはきっと修羅場だ。だから、オレがダンジョンに入ったあと、二人は裏口から外に出とけ」
カナセは二人に背を向け、教室の出入り口からゆっくり顔を出して廊下の様子を確認した。
迷いは確かに無くなった。
しかし、こんな教室で、ユフミやフツシと他愛の無い話をしたり、三人で魔法の練習したりなどといった、青春を味わうことができなくなる切なさを、完全に拭い去ることはできていない。
成り行きで入学が決まった自分自身はともかく、ユフミとフツシは明確な目標を持ってここに入学してきたのに──。
「希崎君っ!」
ふいに、背中をポンッと叩かれて、振り向くカナセ。
ユフミと目が合う。
「これ終わったらさ、個人的に魔法教えてくれない? めっちゃ初歩の初歩で、退屈かもしれないけど……」
「……んなことねーよ! もちろん、教えまくってやるよ!」
カナセの顔に笑顔が戻る。
フツシもゆっくりこっちにやってくる。
「僕、ちょっと考えてたんだけど、イドマホ無くなったら僕ら暇人になっちゃうよね? しかも、カナセ君はお金が無い。だから、探偵……は難しいけど、”魔法で何でも屋”みたいなバイトをやってみるってどうかな? 希崎君の魔法の腕と、僕の知識、ユフミちゃんの愛想の良さを活かして、みんなの悩みを解決していくっていう。もちろん、ちゃんと妥当な報酬を貰って──」
「おお! それ良いな! 面白そうだし、依頼来なかったら来なかったで、オレの魔法の授業を開けば良いだけだし!」
「うんうん、めっちゃ楽しそう! 凄くやってみたい!」
「ああ、天才か」
と、カナセはフツシの肩に腕を回し、「こいつこいつぅ~」とじゃれ合った。
「は、ははっ、気に入って貰えたみたいで良かったよ……!」
「おう、そんじゃ、さっさと地下ダンジョン見つけて仕事終わらそうぜ」
「うん! その後は、何でも屋会議だね!」
「よっしゃ、それじゃ行ってくる! みんな、あとでな」
こうして、イドマホ地下ダンジョン探しミッションが始まった。
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