第23話 学長、我堂ゴウバ

 西校舎四階の一番奥、大きな木製の観音扉をファルマがノックし、「入ります」と声をかけてから扉を開く。

 あれほど感情が無のままであったファルマの声に、若干の緊張が滲んでいることに気付いたカナセは、改めて緊張感を強めた。

 どれだけの広さがあるのか……と身構えずにはいられなかったが、実際の学長室は拍子抜けするほど普通のサイズ感だった。

 置かれている棚や机、カーペットなどはもちろん重厚感を漂わせているものの、大きさだけで言ったら、カナセが寝泊まりしている地下ダンジョンと大差ないように見える。

 冷静に考えてみたら、区立専門学校の学長室であり、校舎の外観からしても妥当な広さ。

 だが、特筆すべきはなんと言っても……。


「希崎カナセ君だね。ようこそ、我が校へ」

 

 執務用の机越しに、グレーのスーツを着た初老の男が立ち上がり、カナセに向かって大きく両手を広げた。

 禿げ上がった頭と白髪交じりの顎髭あごひげにこそ重ねた年月を感じさせるものの、浅黒い肌、ギラついた眼差し、長身で厚みのある肉体、そして深くしゃがれたキレ味の鋭いその声には、力強さと威圧感がみなぎっていた。


「どうも。あんたが学長さんか?」


 ヤバいと思う頭とは裏腹に、カナセの心はむしろワクワクすらしていた。

 魔クセサリーを失った今でこそ、常人レベルまで落ちてはいるが、幼い頃から常に勝ち続け、全国高校魔法能力試験大会も圧倒的な力で優勝した若き天才魔法使いのカナセにとって、未知なる脅威は好奇心の対象以外のなにものでもない。

 むしろ、魔クセサリーを身につけていたとしたら、迷わず戦いを申し出たいぐらい。


「おい、失礼だぞ。何だその口の聞き方は」


 あれほど冷静だったファルマが声を荒げてカナセの胸ぐらを掴もうとする。


「良いんだ、伊吹。ここは、彼と二人きりで話をさせてくれ」

「で、ですが……」

「お前はお前の仕事に専念しろ。いいな」


 落ち着いてはいるものの、研ぎ澄まされた刀のような鋭いその声に、ファルマは「わかりました」と返し、静かに部屋を出て行った。


「改めて、私が学長の我堂ゴウバだ。よろしく頼むよ」

「あ、ああ、こちらこそお願いします」


 二人きりになってより威圧感が増し、自然と敬語になってしまうカナセ。

 物腰が柔らかいのが逆に不気味。

 映画に出てくる真の黒幕は大抵このタイプで、ダンディーな風格を漂わせるベテラン俳優のような顔立ちが、一層その思いを増幅させた。

 人間としての深みが半端ない。

 一体、これまでどんな人生を送ってきたのか、どれほどの人間を葬り去ってきたのか──。


「それにしても凄かった」

「えっ?」

「ゼコマの決勝戦だよ。あれほど若くてパワフルで強烈な魔法の業を見たのは、本当に久しぶりだったな」

「そ、そりゃどうも」

「だからこそ、君が我が校に入ってくれて本当に嬉しいよ」


 我堂ゴウバはゆっくり窓際に向かって歩き出した。

 カナセも何となく窓に視線を移す。

 高い建物があまりないせいか、遠くに東氷湾が見えた。


「実はね、君の父、希崎テイタツとはちょっとした仲でね」


 突然の告白に、カナセはハッとして固まった。

 もちろん、テイタツからそんな話を聞いたことは一切無い。

 というか、そもそも魔法以外の話をほとんどしたことが無かった。

 テイタツは自分の事をあまり語るタイプでは無かったので、どんな友人がいるのかも、どんな過去を過ごしてきたのかも、カナセはほとんど知らない。

 体が細長くて、魔法の腕が半端ない、父親についてそれしか知らないと言っても過言では無い。

 だから、この我堂ゴウバとテイタツが”ちょっとした仲”であるかどうか、それが本当かどうかなんてカナセには分からないのだが……タイミングが良すぎる(あるいは悪すぎる)。

 知られたくない黒い秘密を覆い隠すために、嘘をついているようにしか思えない。

 それか、”ちょっとした仲”というのは、”魔力発電所を爆発した主犯とその所長”を言い換えた皮肉なんじゃないか……。


「テイタツと奥様が行方不明ということで、本当に心配している。だからこそ、力になりたいんだ。私に出来ることが何でもいってくれ」


 我堂ゴウバは窓の外に視線を向けたまま、カナセに語りかけた。


「それじゃ、本当のことを教えてくれよ!」


 と、言いたい気持ちをカナセはグッと堪えた。

 自分ひとりなら、どうなろうと構わない。

 ただ、もしもユフミやフツシ、それにテイタツや母親がどんな目に遭うのか、全く想像がつかない状況。

 もっと言えば、世界の命運すらかかっている。

 世界破滅だの世界を救うだの、カナセにとっては全く実感の沸かないものであったが、我堂ゴウバという男に対しては、底知れぬ恐ろしさを間違いなく感じ取っていた。

 全力で戦うことの出来ないもどかしさはあるが、彼の悪行を止められるカードを持っているのは、現時点で自分しか居ない。

 ラミカの依頼をこなし、フツシやユフミと協力して、絶対食い止めてみせる!

 カナセは心の中でそう叫びながら、自分を奮い立たせていた。


「そろそろ時間だな。続きはまたいつか話そう。戻っていいぞ」

「ああ、それじゃ……失礼します」


 カナセは軽くお辞儀をして、我堂ゴウバに背中を向けた。

 頭の中は、作戦のことしか考えていなかった。

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