第22話 銀色のファルマ

 異戸川区立魔法専門学校の校舎は、廃校になった中学校の校舎をそのまま再利用している。

 それは、都立生や国立生から馬鹿にされるポイントである一方で、実際に通う学生たちにとっては、「落ち着く」「親しみやすい」と概ね好評であった。

 もっとも、校門をくぐるカナセたちは任務の事で頭がいっぱいで、「校舎がぼろい」だの「七不思議臭がすごい」だの、軽口を叩く余裕は無い。

 ちなみに、三人は横並びではなく、それぞれ微妙に距離を取りながら砂地の地面を進んでいく。

 一番前にカナセ、少し距離を置いてユフミ、最後方にフツシの順。

 これから地下ダンジョン探しの任務を遂行するにあたって、三人が顔見知りだと思われていない方が都合が良いはず……という、フツシの提案である。

 各地から集まる専門学校だけあって、他の学生たちも基本的に一人で歩いてる者が多く、結果的に大正解。

 ただ、カナセとしては仲間と喋りながら楽しく登校したい気持ちもあったが、探偵アイテムのひとつ〈魔法陣通信チップ〉を首筋に貼っているため、小声でもちゃんと会話する事ができていた。


「おーい、ふたりとも聞こえてるか?」

『ユフミ、オッケーだよ』

『フツシ、問題なし』

「よしっ。そんじゃ、このまま校舎に向かえば良いんだよな?」

『違う違う! 入学式の会場は体育館だよ! 向かって右側に青い屋根の建物が見えるでしょ。って、基本的に周りの人たちに付いていけば大丈夫だから』

『希崎君ったらもう』


 カナセの耳に、ユフミがクスクスと笑う声が届く。


「チッ、余計なこと言っちゃったぜ。って、入学式が始まるまでまだ時間あるよな? 少し校舎内の下見に行ったりしても良いんじゃね?」

『ダメダメ! イドマホから届いた入学式の案内には、直接体育館に向かって着席してお待ちください、って書いてあるんだから。イレギュラーな行動は絶対厳禁!』

「はいはい! で、フツシ司令官、これからの流れは?」

『うん。まず、学長の我堂ゴウバ及び要注意人物である伊吹ファルマたちの目を盗んで校舎を探れるのは、その二人が舞台に上がる入学式典の間のみ。具体的な時間は午前十時半から十一時半の一時間。ホログラムの準備や移動時間を考えると、実質五十分といったところだね』

「おう、そんだけありゃ十分だぜ! 絶対見つけ出してや──」


 ピーンポーンパーンポーン。

 校庭に向かって設置されているスピーカーから、アナウンスが流れ出す。


『新入生の希崎カナセ君。至急、学長室までお越しください』


 落ち着いた女性の声。


『……えっ? 希崎君⁇』

『嘘でしょ、カナセ君、もう目を付けられちゃったの⁉』

「マジかよ? どうする、無視するか⁇」

『いやいや、それはダメだよ。何か別の目的で呼び出したのかも知れないし、なるべく目立つ行動は避けないと』


 落ち着きを取り戻したフツシの冷静な声に、カナセが出した答えは……。


「だな。ちょっと行ってくるわ。ユフミとフツシは気にせず会場に向かってくれ」

『了解!』

『うん! カナセ君、気をつけてね』

「おう、任せとけ。なんなら、学長に直接バトルを仕掛けて──」

『カナセ君! くれぐれも、慎重に!』

「へへっ、分かってるよ司令官。冗談だって。ギリギリまで我慢すっから」

『そうだね。ただし、自分の身に危険が迫ってると判断したら、ためらわずに戦って! その時は僕らも全力でサポートするから。ねっ、ユフミちゃん』

『うん! 仲間だもん当然でしょ!』

「お、おまえら……よっしゃ、それじゃ行ってくる!」


 カナセは気合いを入れ直し、新入生の流れから抜けて左手に見える校舎入り口へと向かった。

 真っ直ぐ伸びた背中には、迷いの欠片など一ミリも残っていなかった。




 イドマホの校舎は四階建てのL字型。

 西校舎と南校舎(体育館含む)が垂直に交わっている。

 ラミカから貰った地図によると、学長室のある西校舎の出入り口は二つ。

 校庭に面した正面玄関とその反対側、駐車場や駐輪場から入る裏門口。

 カナセはもちろん正面玄関から中に入る。

 念のため、ここからは怪しまれないように”呟き通話”を極力控えることにした。


 入ってすぐ目の前に階段があり、左右に廊下が伸びている。

 入学式直前ということもあって、在校生も職員も体育館に集まっているせいか、人の気配がほとんど無い。

 もしかしてこれ、絶好のチャンスなんじゃないか……と、カナセが階段をスルーして廊下を進みそうになったその時。


『……カナセ君、怪しまれるような行動は絶対厳禁だからね。返事もしなくていいから』


 絶妙すぎるタイミングに、思わず苦笑いするカナセ。

 心を入れ替えて階段を上がろうとした途端。


「キミ、もしかして希崎君?」


 背後から声。

 振り向くと、そこには紺色のブレザーを着た青年の姿。

 フツシのアドバイスに心から感謝するのと同時に、カナセの頭に〈要注意人物リスト〉の一部分がよぎった。

 鮮やかな銀色の短髪、痩せこけた頬、整った目鼻立ち、鋭い眼光、身長178センチ、校内では常に紺色のブレザーを着ている……らしい。

 目の前の青年は、その特徴とあまりにも合致しすぎている。

 その名はおそらく……。


「ボクの名は伊吹ファルマ。異戸川区立魔法専門学校の三年生、つまりキミの先輩ってことになるね。これからよろしく」


 そう言って、伊吹ファルマは冷酷な表情を一切崩すことなく、カナセに歩み寄って右手を差し出した。


「あ、ああ、よろしくっす」


 握ったファルマの手は、恐ろしいほど冷たかった。

 生気も魔力も一切感じられない。

 なのに、カナセは血の気の引く感覚を覚えていた。

 魔法を使える人間は、自分の意思とは関係無く、常に微量の魔力を放出していることが多い。

 その原因は、防衛本能であったり、魔力のコントロールが未熟であったり、自分のポテンシャルと扱える技術の乖離などが考えられるのだが、いずれにしても解消するためには修練の蓄積や、魔法と向き合う時間の長さが必要となる。

 当代きっての魔法の天才と呼ばれているカナセであっても、秘めたる魔力の膨大さゆえに、魔力の自然放出を抑えきることはできていない(止めようとしたことがない……と言った方が正しいかも知れないが)。

 率直に言って、コイツはヤベぇ……と、思わずにはいられなかった。


「大丈夫かい? 学長室に呼ばれているんだろう?」


 ファルマは、何の感情も無い眼差しでカナセを見つめながら、セリフのように囁いた。


「おっと、そうだった。急がないと!」


 カナセはたまらず視線を外し、背中を向けて階段を駆け上がろうとした……が、背中から冷たい矢のような言葉が飛んでくる。


「ここに来るのはもちろん初めてなんだよね?」


 カナセは立ち止まって振り向きながら「ま、まあ……」と返す。


「ならば、僕が案内するよ。可愛い後輩のためにね」


 口調は優しいが、口調も声色もとことん冷酷で、とにかく不気味の一言に尽きる。

 高難度ミッションと言われても、自分の能力をとことん信じているカナセは余裕で挑んでいたのだが、その自信が大きく揺らぎ始めた。

 この伊吹ファルマという男、魔法使いとしてどれだけの能力を持っているのか、全く底が見えない。

 それこそ、一昨日戦って大苦戦した国立男とは比べものにならないほど。

 だとしたら……戦ってみたい!

 恐ろしいほど強いかも知れないけど、だからこそ本気で拳を突き合わしたい。

 ……今が、ミッション中でさえなければ。

 ラミカとの約束、ユフミの笑顔、発電所の爆発、消えた父親、そして何より、ついさっき聞いたフツシの声が、カナセの奔放な欲望に鍵をかけてくれた。


「んじゃ、お願いッス」

「それじゃあ、僕に付いてきて」


 一定のリズムで階段を上がっていくファルマの背中を、カナセは借りてきた猫のように大人しく付いていった。

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