第21話 地下ダンジョンで作戦会議

 異戸川区立魔法専門学校入学式当日の朝。

 魔炎軒地下ダンジョンの一室に、希崎カナセ、浅川ユフミ、矢島フツシの3人が集まっていた。

 一昨日、ホノッポを探している際に、ユフミとフツシが連絡先を交換してたということで、カナセの頼みで呼び出して貰ったのである。

 理由はもちろん、今日の任務に関する作戦会議を行うため。


「へえ、カナセ君、ここで寝泊まりしてるんだ?」

「そうそう。めちゃくちゃ落ち着くんだよな。サンキュー、ユフミ」

「ううん、ここに棲み着いてた魔敷獣を倒してくれたのは希崎君のおかげだし、気にしないでいいよ~」


 水色のパーカーを着たユフミが、ニコッと笑った。

 カナセは白色の、フツシもオレンジ色のパーカー姿。

 たまたま被った……わけでもない。

 魔法使いが魔法を使う場合、その威力や精度は本人のポテンシャルはもちろん、その場の状況や気候など様々な要素により変化するが、服装による影響は決して少なくない。

 良くも悪くも、なのだが、パーカーは前者の代表格とされている。

 その要因は諸説あるが、始祖魔法使いニーセ・リダベック・アギゼレオが最初に発見された時にローブ姿だったことから、同じくフードが付いているパーカーに魔力を高める作業があるのではないか……という説が有力だ。

 科学的に実証されたわけではないが、慣例的に(なおかつカジュアルさゆえに)魔法の長けた若者の中にパーカーを好んで着る者が多いことは間違いない。


「ところで、僕らがここに集まったのには理由があるんだよね?」


 3人の中では1番しっかり者のフツシが切り出す。


「そーだった。式まであまり時間ねーし、ざっくり説明するとだな──」


 カナセは、昨日ラミカから受けた依頼の内容をふたりに伝えた。


「イドマホの学長が? テロリストの可能性⁉」

「うん……怖すぎるよぉ……!」


 センセーショナルな内容だけに、フツシとユフミの表情がシリアスさを増す。


「ああ、もしそれが本当だった場合、イドマホはもう……」


 カナセにとって、自分の中では踏ん切りを付けた問題ではあったが、いざイドマホへの入学を楽しみにしていたふたりを前にすると、思わずその決意が揺らぎそうになった……のだが。


「誰でも受け入れてくれるような優しい顔して、その裏ではとんでもない悪事を画策してたなんて……許せない! 僕も全力でカナセ君のサポートをするよ!」

「うん! 私も矢島君と全く同じ気持ち! 頑張ろうね、希崎君!」

「……おう! やってやるよ!」


 カナセの顔に、満面の笑み。

 それは、これからの行動を考えれば決して似つかわしくないものかもしれない。

 だがシンプルに、心が通じ合える仲間が持てたことに対する喜びが大きく勝っていた。

 当初思い描いていた絵のタッチとは大きく変わったが、これはこれでカナセにとって青春の1ページであることに違いは無かった。


「それじゃカナセ君、そのラミカって人から貰ったアイテムを見せてくれる?」


 魔略士志望なだけあって、トランクの中のアイテム類に目を通すフツシの雰囲気は真剣そのもの。

 どことなく頼りなさげだった表情も、キリッと引き締まったように見えた。


「……なるほど。この〈マイクロ魔法陣チップ〉を首筋に貼っておくことで、各々が別の場所にいても、手ぶらで意思疎通を取ることができるってわけだね」

「へー、そんな風に使うのか。さっぱりわからんかったから助かるぜ」

「凄いね、そんな小さいのに! でも、バッテリーとかそういうのは必要ないの?」

「うん。説明書を見る限り、どうやらメインの使用者の魔力を動力源にするらしいよ」

「えー? それって、希崎君の……ってこと?」

「そう。だから、電気を使ったバッテリーなんかよりもパワフルで、なおかつ長時間使えるってこと! なんせ、カナセ君の魔力は同世代ナンバーワンだからね!」

「ああ、それに関しちゃ任しとけ、ってな!」


 カナセは自信満々の顔で、自分の胸をバンッと叩いた。

 ひんやりとしたダンジョンの一室に、熱い気合いが充満する。


「そうだ、魔力って言えば、昨日ちょっと図書館に行ったりして色々調べてみたんだけど……」


 と、フツシはカナセにあった後、色々気になった疑問について独自に調べてきた内容を聞かせてくれた。

 まず、魔クセサリーが無いことで大幅に使える魔力が制限されているカナセにとって、燻っている残りの魔力はどうなっているのか、という点について。

 例えば、使える魔力が10%だとした場合、残りの90%は完全に無駄になるのか……といったら、必ずしもそうでは無いらしい。

 攻撃力はたしかに10分の1の威力しか出せないが、卓越した魔法の使い手は自らの魔力を攻撃以外の様々な面に転化することができる。

 防御力だったり、俊敏性だったり、スタミナだったり。

 つまり、今のカナセは攻撃だけで言えば”少し強い魔法使い”レベルであったとしても、残りの魔力の使い方次第では、化け物クラスの威力を発揮できる、ということ。

 魔法陣チップはそれを有効活用できるアイテムであり、カナセの現状を知るラミカが選んで渡したことは、決して偶然じゃ無いはず。


「それって、めっちゃ嬉しいな」


 カナセが素直な気持ちを零した。

 

「こう見えて、何気にずっと全力出せなくて悔しかったんだよな。でも、その考え方だったら、ある意味オレは前と何も変わってない……ってことだし」

「うん、厳密に言うと、変わってはいるけどね」


 冷静なツッコミを入れるフツシ。


「ははっ、まぁそうだけど、魔力が無駄になってないって聞いて、気持ちがスッキリした気がするぜ。ありがとな、フツシ」

「う、うん。それほどでも……あはは」


 照れるフツシに対して、さらにユフミが畳みかける。


「さっすが、魔略士目指してるだけのことはあるよね! 1日で色々分かっちゃうのも凄すぎるし。フツシ先生、私にも色々教えてくださーい!」

「そ、そりゃぜひ……って、時間無い! 作戦会議の続きを!」


 フツシは顔を真っ赤にしながらも、”魔略士の卵”としてしっかり説明を続けた。

 イドマホ校舎の地図に関しては、公式サイトでも見られるようなものであったが、赤い×印がいくつか付いており、ラミカの考える”地下ダンジョンの入り口候補地”らしい。

 魔法陣ホログラムは、フツシ曰く「魔法と科学の粋を結集した最新のアイテムだよ! 一定時間、設置した本人そっくりの見た目を3Dホログラムとして表示することができるんだって。つまり、これを使えば、誰にも気付かれること無くこっそり抜け出せるってわけ!」とのこと。


「ってことは、今回の作戦はまずそいつを使ってオレのコピーを作る所から始める……ってわけか?」

「うん、その通り! カナセ君、天才魔法使いのわりにちゃんと分かってるじゃない!」

「おお、サンキュー……って、褒められてるのかそれ?」


 カナセの疑問に対し、フツシは「どうかなぁ?」と思わせぶりに返した。

 出会って二日目にしては、友達としての距離が大分近づいてることは間違いない。


「で、僕が思うに、今回の目的を達成するために特に重要なアイテムがコレとコレ」


 フツシが指さしたのは、イドマホ学長我堂ゴウバ周辺の要注意リストと、小さなボタンのような機械。


「カナセ君が隠しダンジョンに侵入し、破壊兵器を見つけ次第、このボタンを押す……それが今回のミッションにおける最終目標。肌身離さず持ち歩いて、絶対に無くさないように!」


 フツシはボタンを手に取って、カナセに差し出した。


「おう! 任せとけ!」


 カナセは自信満々でボタンを掴み、パーカーのポケットにしまった。


「正直、カナセ君の能力を考えれば、今回の難易度はそれほど高いものじゃない……と僕は見てる」

「おお! 希崎君さすが!」


 ユフミは、カナセに向かってパチパチと拍手した。

 でへへ、と照れるカナセ。


「ただ、一番の不確定要素であり、最大の障壁になり得るのが、〈要注意リスト〉に書かれている魔法使い。特に、今年の春から三年生になる上級生で魔力に秀でた学生の中には、魔クセサリーの無いカナセ君より魔力が上の人間もいる……ってこのリストには書かれているんだよね」

「えっ? そんな人がイドマホにいるの⁇」


 ユフミが驚くのも無理はない。

 魔法が一切使えないユフミのような人間でも受け入れてくれる”区立”の専門学校であるイドマホに、優れた魔法使いが通っているというほうが不自然だ。


「僕もそれは思った。でも、残念ながら事実みたいだよ。これはあくまでも僕の推測に過ぎないけど、テロリスト活動をサポートするために、こっそり強い魔法使いを引き入れてるんじゃないかな……」

「おいおい、まさか」


 フツシの推察にカナセが反応する。


「オレを誘ったのも……⁉」

「いや、それは、カナセ君が魔クセサリーを売り払っちゃって、区立レベルに落ちただけかと」

「あっ、そうか……って、おい! 言うようになったじゃねーかこら!」


 カナセは嬉しそうに笑いながらフツシの首に右腕を回した。


「イテテテテ! まーでも、冗談抜きで、要注意人物リストの中でも伊吹いぶきファルマっていう三年生には本当に気をつけた方がいいと思う」


 フツシの真剣な眼差しに気付き、カナセはそっと腕を外した。


「オレ、他の魔法使いのこと何も分かってないんだけど、その伊吹ってヤツはゼコマで勝ってたりすんのか?」

「いや、まったく。逆に不気味なぐらい、一切成績が残ってないんだよね。でも、ラミカさんの情報によると、伊吹ファルマの魔法力は国立レベル、もしくはそれ以上じゃないか……って」

「えー⁉ 一昨日、希崎君がバトルゾーンで戦った相手が、たしか国立生だったよね? あの人より強いかも知れないって、ヤバいなんてもんじゃないじゃん‼」


 ユフミは、不安げな表情を浮かべながらカナセを見た。

 理屈の上ではそうなのだが……。


「まあ、やってみなきゃ分からねーよな! バトルゾーンでタイマンしなきゃならないならヤベーかもだけど、今回のステージはイドマホの校舎だろ? 単純に魔力の差が結果に繋がるとも言い切れないと思うぜ。何より、今回はオレひとりじゃなくて、頼れる仲間がいるんだから……な」


 カナセは、ふたりに向かってニカッと笑ってみせた。


「……そうだね。ミッション達成できるように、精一杯サポートするよ!」

「うん! 私も……って、私は何をすれば良いんだろ?」


 急に大事なことにきづいて、おろおろし始めるユフミ。

 カナセは、彼女の肩にそっと手を置き、優しく囁いた。


「精一杯応援してくれ。ユフミの声ってなんかこう、フニャってしてるっつーか、あったかいっつーか、聞いてると妙に力が湧いてくるような気がするんだよな」

「……そ、そうかな⁇ じゃあ……めっちゃ応援しまくるよ!」

「おう! よろしくな!」

「……ん? ……あれ、気のせいかな……1日会わない内に、カナセ君とユフミちゃんの距離が近くなってるような……」


 鋭い観察眼も、魔略士に必要な能力だとしたら、フツシの将来性はかなり有望に違いない。

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