第20話 美味しい鯛焼きと探偵アイテム

 バスに乗って魔炎軒に戻った時にはもう完全なる夜。

 カナセはユフミから借りた自転車を全速力で飛ばして河原に到着。

 相変わらず黒ずくめのラミカが、夜の闇に溶け込むように土手の上に座って待っていた。


「ごめんごめん! ちょっとデートが盛り上がっちゃって!」


 カナセはバカ正直な理由を口にしながら、ラミカの隣に座った。


「……やっと来たわね。それじゃ、仕事の話をしましょう」


 ラミカの淡々とした反応に、カナセは驚く。


「えっ? 怒んないの? 自分で言うのもなんだけど、オレ相当遅れたよな?」

「そうね。探偵なんて待つのが仕事みたいなものだから、何とも思わないわ」

「そっか。ありがとな……って、そうそう。これ買ってきたんだけど、食う?」


 カナセはパーカーのポケットから紙袋を取り出した。


「ここ来る途中にめっちゃ上手そうな鯛焼き屋さん見つけちゃって。思わず」

「遅刻してる人間が……?」

「あっ……そうだな。ははっ、すまんすまん」


 カナセはペコペコ頭をさげながら、袋越しに鯛焼きをつまみ、ラミカの方に向けた。


「ほれ、どうぞ」

「…………」

「あれ? もしかして、甘いの苦手だった?」

「……いや、大好きだ。貰っとく」


 ラミカは正面を向いたまま、手を伸ばして鯛焼きを掴み、そっと口に運んだ。


「あー、良かった! いや、お詫びってわけじゃねーんだけどさ。待たせまくっちゃってわりーな、っていうか。時間も時間だし、腹減ってんじゃねーかなって──」

「うるさい。あなたも黙って食べなさい」

「お、おう、そんじゃ……う、うめぇ! 我ながら見る目あるじゃねーか。なぁ?」

「そうね。じゃあ、仕事の話をしましょうか」


 ラミカの急な”話題ギアチェンジ”に体を持ってかれそうになるカナセだったが、この人はそういう人なんだと割り切ることで、なんとか持ちこたえた。


「……ああ、依頼の件な」

「どうするか決めたのよね?」

「おう。もう迷いはねえ……やる。やってやるぜ」


 カナセの熱い答えを聞いたラミカの口角が、ほんの僅かだけ上がった。


「そう。それじゃ、早速依頼内容について説明するわね」

「あっ、と、ちょっと待ってくれ」


 カナセは残りの鯛焼きを全部口の中にねじ込んだ。

 案の定、むせてしまったが、魔法の氷でコップを作り、その中に指先から放出した水魔法を注ぐ。

 それをごくごくと飲み干す姿を、ラミカは不思議そうな目で見つめていた。


「……ぷはぁ! うめぇ~! ……ん? どうした?」

「そんな魔法の使い方する人、初めて見たわ」

「そうか? って、うちは親父とか母ちゃんとか普通にやってるけど、たしかに他のヤツがやってるのあまり見ねーな。みんな戦ってばっか。せっかく色んな魔法があるんだから、楽しいことに使えば良いのにな! そう思わない?」

「……さあ、どうかしら」

「……よし、仕事の話をしようか」

「そうね」


 絶妙に噛み合わないふたり。

 ついさっきまで一緒に盛り上がっていたユフミとは大違いだが、これはこれで別の面白さがあるな、とカナセは感じていた。

 そもそも、探偵という職業が面白いし、ラミカ自身も今まであったことの無いタイプの人間で、新しい経験の連続はカナセにとって大いなる刺激であった。

 依頼を受けることによるデメリットを完全に拭い去ることは難しいが、それでも、シンプルに探偵の仕事ってどんなものなのか……という好奇心があるのもまた事実。


「まず、依頼内容は、異戸川区立魔法専門学校校長、我堂ゴウバの陰謀を暴くこと。彼は第三魔力発電所爆発事故の首謀者という疑いがかけられているだけでなく、もっと大きな破壊活動を企んでいるらしい」

「えっ? そんなヤバいヤツなのか?」

「そうね。だって、日本……いや、世界を破滅させようとしてるんだもの」


 ラミカは顔色一つ変えず答えた。

 さすがのカナセも、その内容では笑えない。


「マジかよ? どうやって⁇」

「イドマホの地下には公にされていないダンジョンがあって、そこで凶悪な兵器を作ってる……という噂。限りなくクロに近い……ね」

「兵器? って、爆弾とかそういう系のやつか?」

「詳細は分からない。ただ、あなたの父親が巻き込まれた事故を思い浮かべてくれれば、少しは実感できるんじゃないかしら?」


 言葉の内容とは裏腹に、ラミカは事務的に淡々と言った。

 カナセの脳裏には、ゼコマ決勝の直後に見た、あの爆発がよみがえる。


「……わかった。それを、オレが破壊すればいいのか?」

「いいえ、そこまではやる必要は無い。今回の依頼内容は、あくまでも兵器の発見。そのあとは、しかるべき組織が対処する手筈になっているから」

「ふーん……素朴な疑問だけど、それなら最初からその”しかるべき組織”ってのがやればいいんじゃないのか?」

「世の中にはね、大人の事情っていうものがあるの。現時点で、イドマホの学長、我堂ゴウバが国家転覆に関わっていることはほぼ間違いない。ただ、イドマホの地下に兵器があるかどうかは正直五分五分。強引に踏み込んで万が一存在しなかった場合、別の場所に置かれた兵器を取り逃す可能性が非常に高い。だから──」

「学生として堂々と入れるオレに依頼してきた……ってわけか」


 ずっと正面を向いていたラミカの顔が横を向き、カナセの目を見て「そうよ」と言った。


「ああ、それなら納得だわ。なんでそんな重要そうな依頼を、このオレにしようと思ったのかって、微妙に気になってたんだよな」

「意外ね。そこまでちゃんと考えてるなんて。もしかして、プッシャー感じてるのかしら?」

「まさか。要するに悪者退治だろ? おもしれぇ。やりがいしかねーよ」


 カナセはヘヘッと笑いながら小さな氷の玉を手の平に出し、それをつまんで異戸川に投げた。

 暗い水面がポチャンと音を立てる。


「凄い自信ね」

「まーな。って、そうだ。もし兵器が見つかって学長がクロだと分かったら、オレの手で親父の居場所を吐かせるつもりだけど、それは問題無いよな?」

「ご自由に。ただ、ゼコマ優勝者とは言え、魔クセサリーを持たないあなたは実質”少し魔法が上手い子”レベル。だから、調査活動をサポートするアイテムを持って来たけど、必要かしら?」

「そんなの要らねーよ! って言いたいとこだが、貰っとくわ。悔しいけどその通りだしな」


 幼少時から魔法の天才として常に勝ち続けていたカナセにとって、昨日の国立男とのバトルにおける苦戦は、長く伸びた鼻っ柱を折る……ほどでは無いが、ヒビをいれさせられたのは間違いない。

 それとは別に、探偵という職業にある種の憧れを抱いていたカナセは、どんなアイテムを使ったりするのか……そんな好奇心も少なからずあった。


「はい。全部ここに入っているから」


 ラミカはいつの間にか取り出したアタッシュケースをカナセの前に置き、中身をみせた。

 それぞれ事務的に説明してくれた。


・カナセの魔力を動力源とする超小型複数人同時会話システム

・イドマホ校舎の地図

・イドマホ学長・我堂ゴウバ周辺の要注意人物リスト。

・魔法陣ホログラム

・魔電波発信ボタン。


「本当は、ひとつひとつ詳しく説明したいところだけど、誰かさんが遅刻してくれたおかげで、もうこんな時間」


 ラミカは、嫌みったらしくゆっくり夜空を見上げた。


「はいはい、すいませんね! まあ大丈夫っしょ。何となくわかっとけば」

「そうね。今回の依頼に関する内容と一緒に、それぞれのアイテムの使い方に関する書類も入れておいたから。明日までにしっかり読んでおきなさい」

「おう! そんじゃ」


 と、立ち上がろうとするカナセに、ラミカが「ちょっと待って」と声をかけた。


「ん?」

「聞き忘れてたことあったわ。あなた、イドマホの学長、我堂ゴウバのことをどれほど知ってるの?」

「えっ? そんなの、それこそ学長ってことぐらいしか知らねーよ。オレに入学しないかって誘ってくれた時にな。つっても、手紙が届いただけで、実際に会ったことはねえけど」


 その答えを聞き、ラミカはどことなく安堵の表情を浮かべているように見えた。


「そう。明日が初見ってわけね」

「だな。一体どんなヤツなんだ?」

「私も詳しくは知らないわ。ただ、相当な強面らしいけどね。くれぐれも萎縮しないように」

「いや、むしろそれ聞いて面白そうだなって思ったけど! 会うのが楽しみになってきたぜ!」

「フッ、変な子」

「ああ、お互い様……な!」


 イシシと歯を見せて笑うカナセ。

 対するラミカは苦笑い……だが、初めて血が通ってるように見えたカナセは、少しホットしたりなんかもしていた。


「あっ、そうそう。最後の最後に質問いい?」

「どうぞ」

「今回の依頼が終わったら……っていうか成功したら、あんたんとこの探偵事務所で、オレをバイトとして雇ってくれないか? 今回は昨日の魔クセ代をチャラにしてくれるだけだろ? ってことは貧乏なのは変わりないし、結局金が必要なんだよな。実は、ガキの頃から探偵ってのに興味あってさ、何気に今ワクワクしてんだよね。それが仕事になったらめちゃくちゃ面白そうだな……って。どうよ?」


 カナセは、好奇心に満ちた眼差しをラミカに向けた。

 ……が、あれだけ間を置かずに答え続けていたラミカが、一瞬沈黙。

 やっぱりロボットかアンドロイドの類いだったのか……と、カナセが思いそうになった時、ようやく口を開いた。


「……まあ、考えておくわ。少なくとも、明日は完璧にこなして貰うことが最低条件だけど」

「おう! それだけ聞けりゃ十分だ。全力でこなして、『カナセ様、何卒うちの事務所へきて下さい』って言わせてやるよ!」

「そうね。期待してるわ」

「へへっ、それじゃな!」


 カナセはアタッシュケースを持って土手を駆け上がり、止めていた自転車に乗って走り出した。

 明日が、想像を絶するほど劇的な一日になるとも知らずに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る