第18話 デートの邪魔、しないでくんない?

 ゴズイチから「服でも買ってこい」と言われたものの、カナセはなけなしのお金を使うかどうか大いに迷っていた。

 ……が、着替えてきたユフミの姿を見て、さすがに思い直す。

 春めいた淡い緑色のワンピース。白いサンダル。グレーのキャスケット帽。

 爽やかな装いはとても眩しく、ファッションにほとんど気を遣ったことの無いカナセであっても、自分の身を包むボロ服に恥ずかしさを抱かずにはいられなかった。


「近所に、凄く安くて品揃えがめっちゃ良い洋服屋さんがあるから!」


 と、ユフミに連れられて行ったお店で、お買い得なパーカーをゲット。

 ヨレヨレのチノパンはそのままだが、なんとかギリギリ見られるラインまで押し上げられた。

 そして、カナセとユフミはバスに乗り、目的地へと向かった。




 東氷湾沿いに作られたその水族館には、通常の魚だけでなく、魔力を帯びた〈魔敷魚〉が多く飼育されていることで有名だった。

 入場口でチケットを渡し、建物内に足を踏み入れるやいなや、巨大水槽が待ち構えていた。


「おお、でけぇ!」

「うん、凄い! ほら見てあの魚、口から雷出してるよ!」


 ユフミが指さしたのは、黒色の巨大なサメ。

 大きく開いた口から、絵に描いたような稲妻を放っている。


「やべーなおい。って、他の魚大丈夫なのかアレ?」


 カナセは興奮しつつも、同じ水槽の中に入っている小さな魚の群れに不安げな目を向けた。

 あまりにも、弱々しい見た目の小魚。

 もしかして、サメのエサという役割のために入れられたんじゃ……と、思いきや。


「はい、全然大丈夫なんですよー! あちらの小魚ちゃんも魔敷魚で、雷属性の魔法に対する耐性バッチリなんで!!」


 突然、ふたりの前に現れたのは、魚柄のポロシャツを着た陽気なお姉さん。

 胸元の名札には『おさかなガイド 三田村ニクル』と書いてある。


「へー、そんなら安心だな! ガイドの姉ちゃんサンキューな!」

「どういたしまして~! また、分からない事があったらいつでも呼んでくださ~い!」


 ニクル姉さんは体をクルッと回転させながら、陽気に去って行った。


「わぁ、楽しい人!」

「だな! って、先に進んでみようぜ。せっかく来たんだから、全魚ぜんぎょ見てやる!」

「ははっ、そうだよね! 全魚に挑戦!」

「おう!」


 カナセとユフミは、ニクル姉さんのようにクルッと……まではしなかったが、軽い足取りで順路を進んでいった。




〈火属性魔敷魚エリア〉には、口から火を噴くタコ、トゲトゲから火を放つフグなど、雷ザメにも増して、ド派手な生態を見ることができた。

 もぐもぐタイムならぬ”燃え燃えタイム“では、水上から投げ入れられた木片を、火属性魔敷魚たちがこぞって火を放つという、ダイナミックな光景が繰り広げられる。


「うわっ、めっちゃ燃えまくってる! っていうか、水の中なのになんで燃えるんだろ?」


 ユフミの素朴な疑問に答えてくれたのは……もちろん、陽気なニクルお姉さんだった。


「それはね、ズバリ、あの魚ちゃんたちが放つ炎には、水耐性が付いているんです! 水に対するバリアみたいなもので、それがあるから水中でもメラメラと燃えるんですよ~! それじゃまた~」


 ニクル姉さんは、再びクルッと回りながら人混みの中へと消えていった。


「凄いね希崎君。火を噴く魔敷魚たちも凄いけど、あのお姉さんも説明上手で凄い!」

「だよな! 何気に俊敏性ヤバいし、ただもんじゃねーな」

「ふふっ、たしかに! ねえ、次行ってみよ!」

「おう!」


 

 

 次にふたりがやってきたのは、〈多異平洋に棲む魚たち〉という名のエリア。

 通常の魚が泳ぐ水槽と、魔敷魚が入った水槽が向かい合うように置かれている。

 

「ねえねえ、希崎君」

「ん?」

「この〈多異平洋〉っていう字さ、昔は『ふとい』の『太』が使われてたんだよね?」

「へえ、そうなんだ。ユフミ詳しいな」

「歴史の授業で習ったもん! あっ、さては希崎君、授業中居眠りしてたでしょ~?」

「んなことねーよ! ……って、参りました。はい。思いきり寝てました」


 カナセは、やられた、といった顔で両手を挙げて降参のポーズ。


「んじゃユフミ先生に質問。なんでこの字に変わったんですかー?」

「……えっ? そ、それはたしか……えーっと……」

「じゃーん! 私がお答えしましょう‼」


 ノリノリでやってきたのは、もちろんニクル姉さん。

 ユフミはホッと胸をなで下ろし、カナセは「チッ!」とわざとらしく舌打ちをしたが、すぐに「うそうそ、待ってました!」と歓迎の拍手。


「ではでは、手短に。〈太〉が〈多異〉に変わった理由。それは、海に棲む魔敷魚の割合が急激に増えたから、なのでありまーす」

「へえ、そーなんだ」

「ほほう」


 まるで学校の授業を受けているように……いや、授業中よりも真剣に聞き入るカナセとユフミ。

 

「それじゃ、なんで増えたのか? と言ったら、皆さんご存じ〈ミレオリアインシデント〉が起きたからに他なりません! 30年前に発生したあの事件。おふたりさん、もちろん知ってますよね?」

「お、おう、もちろん……なあ、ユフミ?」

「う、うん、もちろん……ねえ、希崎君?」


 ふたりの様子から何かを察したのか、ニクル姉さんは何事も無かったかのように話を続けた。


「そう、人類史上、最大最強の魔敷獣が、当時〈太平洋〉と呼ばれていた海の、とある島に出現したんです! 怖いですねぇ~」


 ニクル姉さんは、まるでその魔敷獣を見てきたんじゃないかと思わせるほど、真に迫る恐怖の表情を浮かべた。

 ちなみに、姉さんの見た目年齢はカナセたちより一回り上、といったところ。

 つまり、単純に演技力の化け物級であるというわけだ。


「マジかよ。それって……めっちゃ面白そうじゃねーか!」

「ふふっ、希崎君ったらもう」


 ユフミがカナセの腕をポンと叩くのを見て、ニクル姉さんがニヤつき始める。


「でも、昨日のモンスター退治もあっという間だったし、希崎君ならそんな魔敷獣でも倒せちゃいそうかもね!」

「だろ? 余裕だぜ余裕」

「あらあら、彼氏さん、もしかして、とっても魔法に自信ありですか?」

「おうよ! 最大最強の魔敷獣なんて聞いたら、むしろ燃えるぐらいだぜ!」


 と、無邪気に答えるカナセの隣で、なぜかユフミが顔を真っ赤にしていた。


「ん? どうしたユフミ? 氷で冷やすか?」

「えっ、ちょっと希崎君。今の気にならなかったの?」

「なにが?


 本気で意味が分からず、ポカンとするカナセ。


「おーっと、どこかで解説を求める声がする! ってなわけで、それじゃまた~」


 ニクル姉さんは、いつものようにクルッと回りながら人混みの中へと消えていった。

 ふたりきりに戻ったものの、何となく気まずい雰囲気が漂う……が、その時。


「あれぇ? 浅川ちゃん? えっと……そうそう、浅川ユフミちゃんだよねぇ?」


 突然、派手な格好をした女子が声をかけてきた。

 驚くユフミは、首を傾げながらその女子の顔をじっと見つめて……。


「もしかして……鬼澤アユレさん?」

「あったり~。元気してたぁ? あたしはめっちゃ元気だけど。ほら、これ彼氏、ラブラブ、ウフフ」


 アユレという名の女子は、隣に立っていたイカつい男の腕に自分の腕を深く絡ませ、自分の体をこれでもかとすり寄せた。


「おいアユレ、こいつらなんなんだよ? 知り合いか? っつーか、ここ死ぬほどつまんねーんだけど。早く出ようぜ」


 耳と鼻と口に大量のピアスを付けたアユレの彼氏は、不機嫌さ丸出しの表情で、なぜかカナセたちを睨み付けてくる。


「ちょっと待ってよぉ~。せっかくお友達に会ったんだからぁ~。ねっ、浅川ちゃん!」

「……えっ? いや、えっと……」


 ユフミは、明らかにどう反応したら良いのか困っていた。

 昨日会ったばかりとは言え、カナセの目から見ても、ユフミとアユレが仲の良い友達とは到底思えない。

 とは言え、ユフミ本人から何も聞いていない以上、余計な事をするのはまずいと思い、黙って見守っていたのだが……。


「おい、ユフミだかユユミだか知らねーけど、クソ地味女ゴラ。アユレがせっかく声かけたのに何だその態度は? アァン?」


 アユレの彼氏は両手をポケットに突っ込み、肩をいからせててユフミに詰め寄り出した。


「えっ……で、でも……鬼澤さんは同じクラスだったけど、ほとんど話をしたこともないし……」

「なんだとコラッ! アユレのこと無視してたっつーのか、アァン⁉」


 さらに距離を詰めるピアス男。

 困るユフミを見て、いい気味だと言わんばかりにニヤつくアユレ。

 バカップルという言葉があまりにもハマり過ぎる。


「何とか言ったらどーなんだゴルァ──」

「おい、いい加減にしろよ」


 カナセが、理不尽な圧をかけ続けるピアス男とユフミの間に割って入った。


「な、なんだオマエ? やるのかゴラ?」


 ピアス男は背の高いカナセを見上げながら、強く握った右手の拳を見せつけながら威嚇してくる。


「いいから落ち着けって。ここは水族館、魚たちを見る場所だろ? 何をカリカリしてるのか知らねーけど、ほら、これやるから頭冷やしとけ」


 カナセはいつの間にか作り上げた氷の玉をピアス男に差し出した。


「……知るかボケ! クソみたいな魔法使いやがってクソガキが‼」


 ピアス男は、右手の裏でカナセの手を思いきりはたくと、氷の玉が地面に落ち、粉々に割れてしまった。


「オマエ、魔法系の学生かゴルァ?」

「オレたちは異戸川区立魔法専門学校の学生だ。明日からだけど……な、ユフミ」

「う、うん……!」

「プッ……区立だって……? プッ……プッ……ブハハハハハッ!」


 ピアス男が、気が狂ったように腹を抱えて笑い出した。


「区立のくせして自慢げに魔法を使ってやんの。バカすぎだろコイツ」

「あはは、ほんとほんと! 相手がプロの魔法バトルリーグ選手だなんて知らないで、あははははは!」


 アユレも顔をゆがませるように笑い出す。


「へー、プロ選手なんだ」


 こんな状況にもかかわらず、カナセは純粋に興味を抱いていた。


「どこのチームに所属してんの?」

「ブハハハハ……ん? チーム? ……そんなのどうでも良いだろうが! 調子に乗んじゃねーぞ区立のガキが!」

「そうよそうよ! 三部リーグだって立派なプロには変わりないんだかんね!」

「ったりめーよ……って、おいアユレ、余計なこと言うんじゃねーよ!」


 ピアス男は本気でアユレを睨み付けた。


「ご、ごめんなさい……ううう……」


 アユレは顔を伏せて泣き出してしまった。


「おい、泣いてんじゃねーか! 謝れよ!」


 と言ったのは、なんとピアス男であった。

 自分で泣かせておきながら、カナセたちに責任を押しつけるという鬼畜の所業。

 

「なあ、あんた……大丈夫か?」


 色んな意味で、ピアス男のことが心配になったカナセは、哀れむように声をかけた。


「なにがだゴラッ? ってか、オマエらどういう関係なんだ? 付き合ってんのかゴルァ?」


 支離滅裂なピアス男の言葉に戸惑うカナセとユフミを差し置いて、最初に反応したのはなぜかアユレだった。


「ぐすん……そんなわけないよ……浅川って言えば、顔が可愛いだけで性格がめちゃくちゃ地味で、もちろん彼氏もいなかったし、あたしと違って全然モテなかったし……ぐすん……」


 泣きながらも、悪態をつく時には饒舌になるというのは、さすが鬼畜の彼女。

 だが、その言葉がカナセの心に火を付けた。


「もう飽きた。これ以上、《デート》の邪魔しないでくんない? 行こうぜ、ユフミ」

「……うん!」


 沈んでいたユフミの顔が、一転して笑顔に変わる。

 さらに、カナセはユフミの手を握り、その場を後にしようとするが……。


「おいゴラッ、ちょっと待てよ!」


 ピアス男が、カナセの肩を掴んだ。


「このままで済むと思ってんのかぁぁ?」


 恫喝してくるピアス男。

 カナセは一瞬立ち止まり、顔だけ後ろを振り向き、男の手を払いながら低い声で囁いた。


「どうしてもケンカ売りたいんならいくらでも買ってやる。ただし、魚に迷惑がかからない所でな」


 そして、カナセはユフミと手を繋いだまま、次のエリアへと歩き出した。

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