第16話 家族の絆は永続魔法

「くぅ~、うめぇ!」


 地下ダンジョンの硬い床に座り、キンキンに冷えた水を飲むカナセ。

 異葉県から歩いて東氷の異戸川区にやってきて早々、ユフミに出会ってホノッポの火を消して、カツアゲされてたフツシを助け、国立男と激しいバトルを繰り広げ、ラミカから依頼を受け、ヤバいモンスターとの戦いを制止、ようやく寝床をゲット。

 優れた魔法使いは、魔力を様々な力に転用することができる。

 したがって、『スタミナ=肉体的な持久力+魔力』という方程式が成り立つ。

 カナセは今、ずば抜けた魔力を持ちながら、魔クセサリーが無いことで使える魔法に大幅な制限がかかっている。

 ただ、それゆえに、”使う機会のない魔力”がたっぷりと有り余っているため、むしろ自由に魔法が使える時よりもスタミナがある、とも言えるのだ。

 とは言え、精神的にも大いに疲れているカナセは、油断すると今にも眠ってしまいそうで──。


「……よいしょ……よいしょ……よいしょ!」


 上から降りてくるその声が聞こえ、カナセの瞼が一時的に復活。

 目の前に、”布団の化け物”が姿を現した。

 ……もちろん、ユフミである。


「おお! 思ったよりデカい布団持って来てくれたなおい!」

「へへっ、希崎君デカいからねぇ~」


 と言って、ユフミが手を離すと、冷たいダンジョンの床にふかふかの布団が敷かれた。


「ありがてえ。これでぐっすり眠れるぜ」

「ふふっ、良かった! あとこれも」


 ユフミは、斜めがけにしていた白いバッグの中から手のひらサイズの箱を取りだした。


「ん? なんだそれ?」

「電球なんだけどね、〈魔法スターター式〉だって気付かないで買っちゃって。ほら、うちには魔法使える人がいないから」

「オッケー。オレの出番、ってわけだな!」


 カナセはやる気満々の顔で箱を受け取り、電球を取り出し、手をかざしていとも簡単に明かりを付けて見せた。

 懐中電灯の明かりのみで薄暗かったダンジョン部屋が、一気に暖かい光で包まれた。

 魔力を活かしたアイテムは数え切れないほど沢山の商品が出回っているが、パッケージによっては分かりづらいものも少なくないため、ユフミがやらかしたミスは”あるある”だ。


「あともうひとつあるから、ちょっと待っててね!」


 ユフミはどこか嬉しそうに笑いながらクルッと体を反転させ、ピョンピョン飛び跳ねるように階段を駆け上がっていった。

 カナセが、電球の根元に貼ってある〈魔法式吸着テープ〉のシールを剥がし、腕を伸ばしダンジョンの天井に付けながら待っていると、ユフミはすぐに帰ってきた。


「絶品炒飯、一人前、お待ちどおさまです!」


 ユフミが持つ丸皿の上、ドーム型に盛り付けられた炒飯からは、香ばしい匂いとホカホカの湯気が立ち上っている。


「おお! これ、オレの?」

「うん、もちろん! パパから『これ持ってけや』って!」

「うおぉぉぉぉ! 実はずっと腹減りまくってたんだよな。マジでありがたすぎるぜ!」

「へへっ、それはよかったよかった」


 焦げ目の付いた御飯に黄金色に輝く卵、タレ色のチャーシューに焦がしネギ。ピンクと白のナルトも入って、これぞ王道と言わんばかりの炒飯。

 レンゲを受け取り、「いただきます!」と言いながら既に炒飯をひとすくい。

 その味は……。


「うめぇぇぇぇ! 世界一だろこれ絶対」


 カナセは「うめぇ、やべぇ」を連呼しながら、僅か13秒で山盛り炒飯を平らげてしまった。


「ごちそうさん!」

「はやっ!」

「へへっ、美味すぎるせいだっつーの。ユフミの父ちゃんにお礼しなきゃな」

「ふふ、そんなに綺麗に食べきってくれたら、めっちゃ喜ぶと思うよ! ああ見えて、結構ピュアな人だから」

「だな。炒飯作るの美味い人に悪いヤツはいないってね」

「そこ?」

「ははっ、まあ実際、良い親父さんだと思うぜ。なんだかんだ言いつつ、自分ちにオレみたいな初めて会った人間を泊めてくれるんだから……な」

「うん! 私が言うのもなんだけど、凄く良いパパだと思う!」


 ユフミは一点の曇りも無い笑顔で、胸を張って言い切った。

 その言葉を聞き、顔を見て、カナセの脳裏にラミカから受けた依頼がよぎる。

 イドマホが潰れる覚悟で、学長の真実を暴いて魔法力発電所爆発事故の真相を究明するか、すべてに目をつぶり、イドマホでの青春を取るか……。

 ずっと悩んでいたが、いまハッキリと答えが出た。

 しかし、それはあくまでもカナセ自身の気持ちであり、イドマホが潰れることによる影響は当然、カナセだけに留まらない。

 目の前にいる、ユフミもまた……。

 だからこそ、ちゃんと伝えるべきだとカナセは思った。

 もちろん、フツシもそうだし、他のすべての生徒や先生など、あらゆる関係者に影響が及ぶ……が、もちろん全員に確認を取るわけにはいかない。

 それはそれで、依頼を遂行する大きな妨げとなってしまう。

 だからせめて、ユフミだけでも、しっかり伝えておきたい、カナセはそう強く思い、は話を切り出した。


「実は、ラミカから受けた依頼ってのは──」


 と、カナセはラミカからの依頼内容、それに伴って考えられる影響を包み隠さずユフミに伝えた。

 自分の下した決断についても。


「……そっか。それで少し悩ましげだったんだね」

「ああ、バレてたか」

「ふふっ、希崎君、すぐ顔に出ちゃうタイプだよね。パパと一緒」


 ユフミは優しく微笑んだ。

 カナセは、ついさっきモジモジしていたゴズイチの姿を思い出し、「だな」と納得の表情でうなずく。

 

「依頼の件だけどね、私は希崎君の決断を尊重したい。そりゃ、イドマホが潰れちゃったら切ないし、悲しくもあるけど、だからって人生に大きな穴があくわけじゃないから。でも、希崎君にとってのお父さんは、そんな軽いものじゃないよね。私のパパが突然どこかに消えてしまったら、きっと私は探すために何でもすると思う。イドマホが潰れる以上のことがあっても……ね。だから、お父さんを助ける選択をした希崎君の決断を、私は心から応援するよ!」


 ユフミは、両手を広げてから前に伸ばし、カナセの肩をポンポンと叩いた。


「……おう! ありがとな、ユフミ。引き受ける決意は出来てたけど、より強くなった気がする。ラミカの依頼を受けて、イドマホ学長の真実を突き止めてやる! もし魔法発電所事故に関わってたんだと分かったら、全力でお仕置きしてやるぜ! 親父の居所も、絶対に突き止めてみせる。親父も無類の炒飯好きだったんだよな、そーいや。何が何でも、ユフミの父ちゃんが作った炒飯を食べさせてやるぜ!」

「うん! 大して力になれないかもだけど、私も手伝うよ!」

「ああ、助かる……って、やばっ。急に眠気が……」


 そう言いながら、カナセの顔はもう半分とろけてしまっていた。


「ははっ、色々あったもんね。ほら、布団あるからちゃんと横になって寝なよ」

「お……おう……そんじゃ、おやすみ……」

「おやすみ! また明日!」


 こうして、怒濤の異戸川区引っ越し初日が幕を閉じた。

 これからもっと大変なことが起こりそうな気配と、ゴマ油の匂いを漂わせながら……。

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