第15話 地下倉庫のモンスター
150年前、この世界に魔法使いがやってくるまで、地下ダンジョンなどというものは、日本はもちろん、世界中どこにも存在していなかった。
それから人々が魔法を使うようになり、日常に溶け込むにつれ、いつの間にか発生したもの。それが地下ダンジョン。
微量な魔法の粒子を浴び続けた結果、魔敷猫や魔敷獣などが生まれた構図と似ているが、発生原理など性質や特性に関しては、ほとんど解明されていない。
すべてを明確にしないと気が済まない科学者などをのぞき、ほとんどの人たちにとっては「不思議なもんだねぇ~。でも、便利だから良いかぁ~」といった具合である。
地下ダンジョンの特徴はざっくり3つ。
・ランダムに発生し、中の作りも多種多様
・一度発生したら勝手に消えることがない(消えた事例が皆無)
・他のダンジョンや、地下に作られた物体(地下鉄等)と干渉しない
そして、日本では国土交通省の下部組織〈地下ダンジョン管理局〉によってすべての地下ダンジョンが管理されている……というのはあくまで建前であり、実態が不明瞭で、権利関係も複雑なため、実際にはダンジョン上部の建物に住む住人が各々の使い方をしている、というのが実情であった。
それらについて、希崎カナセも中学生の頃に〈魔法社会科〉の授業で習ったはずだが、彼にとって地下ダンジョンは”なんか面白そうな場所”という認識。
だからこそ、魔炎軒から一旦外に出て、裏手に回り、ユフミから「ほら、これが地下ダンジョンに入るための入り口だよ」と、地面に作られた四角い木の扉を指さされた時、怖さやドキドキ感よりも、とにかくワクワクする気持ちだけが膨らみ続けるカナセであった。
「よっしゃ、そんじゃちょっと行ってくる! ユフミの父ちゃん、この中にヤバいモンスターがいるって言ってたよな。任せとけ、オレがさくっと倒してくっからよ!」
そう言って、迷わず木の扉を開けるカナセ。
石造りの急な階段が、地下深くまで続いているのが見えた。
「ちょっと待って。希崎君、ひとりで行くの?」
「えっ? そうだけど? 大事な娘さんを危険な目に遭わせるわけにはいかねーからな」
それは、シンプルな優しさでもあり、ゴズイチへの怖さでもあり。
「……そうだよね! 私、まだ魔法使えないし、足引っ張っちゃうだけだもんね」
「ああ、イドマホで覚えたら一緒に──」
と言いかけて、カナセは口をつぐんだ。
ラミカの依頼が頭をよぎる。
が、今はとにかく地下ダンジョンのモンスター退治あるのみ。
「って、この出口からモンスターが飛び出してきたりなんかしたらやべーから、さっさと行ってくるわ!」
「うん! 頑張って! 無理だけはしないでね」
「おう。オレ、逃げ足にも自信あるから任せとけって」
「フフッ、了解! あっ、これ持っていって」
ユフミは、近くに置いてあった段ボールから懐中電灯を取り出し、カナセに手渡した。
「おお、助かる。スマホのバッテリーとっくに切れちまってたんだよな。そんじゃ、今度こそ行ってくるわ。すぐ帰ってくるからよ」
「うん、待ってるね!」
カナセは懐中電灯の明かりを頼りに、軽い足取りで階段を降りていった。
その地下ダンジョンは、倉庫代わりに使われていただけあって、たったひとつの部屋しか無い、とてもシンプルな構造だった。
一辺が10メートル程度の正方形。
壁沿いにいくつかのスチール棚や、段ボール箱、炒飯の材料と思しき米袋や油の入った一斗缶などが雑多に置かれている。
まさに”倉庫”という言葉がぴったりだ、とカナセは思った。
そして、部屋の中央に、ゴズイチの言っていた”ヤバいモンスター”の姿があった。
灰色の球体で、表面に小さなトゲトゲが沢山付いている。
カナセが懐中電灯の明かりを向けると、球体のモンスターは「ヌギィィィ!」と甲高いうめき声を上げた。
魔力を帯びて魔法が使えるようになった猫が〈魔敷猫)、魔法が使えるようになった犬が〈魔敷犬〉。
それじゃ、〈魔敷獣〉は元々なんなのかと言ったら……分からない。
地下ダンジョンと同じく、科学あるいは魔法科学が進んだ現代においても、まだまだ未知の存在なのだ。
それでも、例えば〈スライム系〉だったり〈ゴーレム系〉だったりと、過去の遭遇データの蓄積である程度のカテゴライズはされているのだが、フツシならともかく、その辺の知識に疎いカナセにとっては、あくまでも”ただのヤバいモンスター”。
従って、どう対処するかと言ったら……。
「すまねぇな、モンスターよ。オレはここで寝泊まりしたいんだわ。倉庫としても使えなくなっちまってるみたいだし、悪いけど全力で行かせて貰うぜ!」
カナセは広げた両手を突き出し、火属性、水属性、雷属性、氷属性、土属性、光属性……と、あらゆる魔法を連続して放った。
薄暗いダンジョンの一室が、まるでチャラいクラブのように、色とりどりに光り輝く。
魔クセサリーの無い今のカナセは、全力のほんの僅かしか発揮できない。
しかし、元の魔力が膨大であり、例えその1%しか使えなかったとしても、目の前のモンスターを瞬殺するには十分であった。
「ヌギィィィィ……ヌ……ギ……ィ……」
名も無き魔敷獣は断末魔の叫びを上げ、絶命し、煙のようにスーッと消えた。
死後の”煙化現象”は魔敷獣特有のもので、生態調査の進まない大きな要因とされている。
「なんか……すまねぇな」
カナセはポツリとこぼしながらも、寝床を確保できた安堵感を覚えずにはいられなかった。
念のため、他に魔敷獣が隠れていないことを確認してから、地上に戻るため階段を上がっていった。
カナセは、仕事の早さに驚くユフミとともに、”依頼者”へ報告するため再び店の中へと向かった。
引き戸を開け、中に入ると、すぐにゴズイチが気付いて声をかけてくる。
「お? 早かったな。さすがにモンスター退治は荷が重かったか? それじゃ、仕方ないが泊めてやるわけには──」
「違うよパパ! 希崎君、もう倒してきたんだよ!」
ユフミが誇らしげにフォローを入れてくれた。
「本当か⁉ やるじゃねーか小僧! 倉庫が使えなくて不便だったからな。助かるぜ。約束どおり、泊まってけ。泊まりたいだけ、な!」
ゴズイチは、大きな体を揺らすように、ガハハと豪快に笑った。
「わーい! やったね希崎君!」
ユフミは、まるで自分の事のように飛び跳ねて喜んだ。
「おう! サンキュー、おっちゃん!」
「礼なんて要らねーから、さっさと布団運んじまいな。電気も適当に余ってんの使っていいぞ。ユフミ、用意してやんな」
「うん! それじゃ、希崎君はダンジョンで待ってて」
「えっ? オレも運ぶの手伝うけど?」
「いいの、いいの! 私、魔敷獣退治で何も力になれなかったんだから、せめてこれぐらいはやらせて!」
「おうよ、それなら、お言葉に甘えとくわ!」
「うんうん! それじゃ、またあとで!」
ユフミは、客席を抜けた向こう側にある扉へと駆けていった。
たぶん、店の2階が寝泊まりするための自宅になっているのだろう。
「おい坊主、その水持ってけ!」
「あざーっす!」
ゴズイチの厚意に甘え、カナセはお店のウォーターサーバーでグラスに水を注ぎ、それを飲みながら地下ダンジョンへと向かった。
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