第14話 魔炎軒のゴズイチ

「おい、ユフミィィィィ! なんだそいつはぁぁぁぁ⁉」


 カナセはユフミと並んで仲良く談笑なんかしつつ、黄色地に赤い文字で〈魔炎軒〉と書かれた暖簾をくぐりって店の中に入るやいなや、香ばしい匂いとともに野太い怒号を浴びた。

 声の主は、カウンターの向こう側、左手にどでかい黒鍋、右手にお玉を持った筋骨隆々の男。

 彼こそが……。


「パパ、ただいま~」


 ユフミは何事も無かったかのように、おっとりした口調で声をかける。


「おう、お帰りユフミ! ……って、騙されんぞ! そ、そいつはどこのチャーシューなんだ⁉」


 普段、娘が男を連れてくるなんてほとんど無いのか、相当テンパっている。

 背の高いカナセと同じぐらいの背丈に、細マッチョのカナセより一回りも二回りも大きい体格。

 魔法が使えないけど生命力は半端ない……とユフミが言っていた言葉が大げさではなかったことは、一目瞭然であった。


「こちらは、希崎カナセ君。私と同い年で、イドマホの同級生になる子だよ! だから『そいつ』とか『チャーシュー』とか言っちゃだめなんだから!」


 ユフミは柔らかい表情を浮かべながも、厳しい口調で父親に釘を刺した。


「お、おう、そうか。同級生、ってことは友達か。ああ、友達なら構わんぞ。今はもう夜だがな……黒酢のような空だがな……」


 ユフミの父は、自分を無理矢理納得するように、ブツブツとつぶやき続けている。


「で、希崎君、あれが私のお父さん、浅川ゴズイチ! 見た目ヤバいし口は悪いけど、なんだかんだで優しいパパだから、大目に見てね」

「おうよ! っていうか、ユフミと全然似てないのがおもしれーな!」

「なんだと……!」


 地獄のような低い声で、ドスをきかせるゴズイチ。


「あっ、でも、よく見たら目元とかそっくりだな。気合いが入ってて可愛い感じ」

「えっ? それって喜んで良いのかな……⁉」


 カナセの隣でモジモジするユフミ。

 ゴズイチもまた、娘と似てると言われたのが嬉しかったのか、カウンターの中で大きな体をモジモジさせていた。


「あの、パパ、えっと、こちらの希崎君が色々あって、住むところがなくて……」


 父親に気を遣っているのか、言葉を探り探り、言い淀むユフミ。

 それを見たカナセは、代わりにズバッと言い切った。


「ゴズイチさん、オレをこの家に泊めて下さい!! おなしゃす!!」


 両腕を揃えて、勢いよく頭を下げるカナセ。

 まるで「お嬢さんを僕に下さい」ぐらいの勢いに、隣のユフミは逆に慌てた顔をしたが……。


「……なんだって? ここに泊まりたいだと?」

「はい!」

「なんでだ?」


 ゴズイチは、鬼の形相でカナセを睨み付けた。

 ユフミが「えっと、希崎君のお父さんがアレがアレしてあーなって……」などと、細かく説明しようとするのを制し、カナセはまたもやズバッと短い言葉で言い切った。


「イドマホに入るためにここにやってきたんっすけど、死ぬほど金が無くて、泊まる家が無いんで、泊めて下さい! おなしゃす!!」


 対するゴズイチの反応は……。


「……話の筋は通ってるな」


 鬼の形相のままではあるが、一応何度か頷いている。


「でもな。さすがに、嫁入り前の娘と一緒に寝るなんざ、神様が許してもこのゴズイチ様が鉄拳という名の制裁を──」

「ちょっとパパ! さすがにそれは無いから! ほら、最近使って無い地下倉庫! あそこに布団持ってけば泊まって貰えるかな……って」


 ムキムキの炒飯屋がカナセに天罰を下そうとする寸前、絶妙なタイミングでユフミがフォローを入れた。


「ああ、地下ダンジョンか。あそこなら全然構わんな」


 ゴズイチの顔から、鬼の形相が取れ始める。


「おい、名前なんつった?」

「カナセっす!」

「よし、カナセ。お前の気合いとユフミの思いに免じて、この家に泊めてやる」

「おお! あざっす!」


 カナセは嬉しそうに笑いながら、何度もペコペコと頭を下げた。


「ただし! あの地下倉庫……いや、地下ダンジョンをなんで使わなくなったのか、それを忘れてるようだなユフミ?」

「えっ? なんだっけ? 散らかりまくってるとか?」

「ある意味そうだな。あそこにヤバいヤツが棲み着いちまったんだよ。化け物。マシキジュウだかっつーんだっけか? とんでもねぇ、ヤバいモンスターがな! カナセ、お前がもしそれを倒すことが出来たら、泊めてやる! それが条件だ!」


 ガハハハハ、と豪快に高笑いするゴズイチ。

 対するカナセは、恐ろしい条件に震え上がる……わけがなかった。


「モンスター退治だって⁉ ……おもしれぇ! ありがてぇ! 魔法の腕がなるぜ! モンスターと戦った上に泊めて貰えるなんて最高過ぎるぜ!」


 と、カナセはゴズイチにも負けないほど豪快に笑って見せた。

 ユフミもまた、そんな光景をとても嬉しそうにニコニコ笑いながら見守っていた。

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