第13話 二人乗りには水魔法

 異戸川沿いの道から左に曲がり、車の通りが激しい幹線道路に入った所で、さすがに目立っちゃうか……と、カナセは自転車にかけていた風魔法を解除し、自分の手でハンドルを押し始めた。


「そういや、今さらだけどフツシはどこ行ったんだ? っていうか、ホノッポは見つからなかったのか?」

「ううん、スーパーの駐車場でブラブラしてるところを見つけたよ!」

「おお、良かったじゃねーか。でも、なんでユフミはひとりだったんだ?」

「それがね、矢島君が『しまった! これから住むアパートの大家さんに挨拶したり、引っ越しの荷物を受け取ったりしなきゃいけないんだった!』って焦りだして。それじゃ、またね~ってお別れしようとしたら、ホノッポちゃん、フツシ君と一緒に行っちゃったの! ううう、せっかく再会できたのに……」

「ははっ、魔敷猫でも猫は猫ってか。気ままなもんだな。でも、アレじゃね? フツシのやつ、最初に会った時カツアゲされてたし、ホノッポがボディーガード役をしてくれたとか?」

「おお! めっちゃ優しい発想! 素敵!」

「へ、へへっ、まあな……!」


 若き天才魔法使いは調子に乗りやすい。


「そうだ、希崎君の方はどうだったの? ほら、あのセクシーお姉さんとあれからどんな話してたのかな……って」


 ユフミは不安げな表情を浮かべながら、なぜか申し訳なさそうにカナセに訊いた。


「ああ、魔クセサリー代金1000万円を払う代わりに、探偵の仕事を手伝ってくれ……的な感じ」

「へー、そうなんだ。1000万とかめっちゃ大金だよね。凄くヤバい仕事だったりして……?」

「あー、まあ、確かにヤバいっちゃあヤバいかも? だから、引き受けるかどうか迷ってるんだよな」

「そっか。でも、やらなかった場合、お金はどうするの?」


 まるで自分の身に起きていることのように、不安げな眼差しのユフミを見て、シンプルに優しい奴だな、とカナセは思っていた。

 だからこそ余計に、イドマホを潰すようなことをしてはいけないんじゃ無いか、という思いが強まりつつあった。

 父親の仕事を手伝うために、どうしても魔法を覚えたい! と、やる気をみなぎらせていたユフミの顔を、曇らせるようなことをして良いのだろうか……と。


「まあ、金は何とかなるって思ってる。見たろ? オレの魔法の腕。いくらでも稼ぐ方法はあるってもんだ」


 カナセは屈託無く笑ってみせた。

 その自信は紛れもない本心で、ある意味本気でそう思っている。

 ただ、今回の件に関しては、必ずしもお金だけで割り切れる問題ではなく……。


「確かに、悔しいけど、それには異論なし! って、ちょっと話変わっちゃうんだけどさ」

「おう」

「希崎君は、どうしてイドマホに入ることにしたの? ゼコマで優勝するほどの魔法の天才が、私みたいな素人が行くような学校に何で入ろうとしたのかなぁ……って、素朴な疑問!」

「ああ、それな。たしかに、ゼコマで決勝に残ったぐらいから死ぬほど沢山の大学やら専門学校やら、プロ魔法バトルチームやら魔法関連会社やらから誘われまくったんだよな。でも、親父の発電所事故があって、そいつらみんな波が引くみたいに『あの件はなかったことに』ってな」

「えー、ひどい! 希崎君にはなんの関係も無いのに!」


 ユフミは珍しく怒った顔を見せ、口をツンと尖らせた。


「だよな。でも、ひとつだけ、変わらずに誘い続けてくれた学校があって──」

「おお! それがイドマホ!」

「そうそう! シンプルに良いよな、そういうの。って思ってな。しかも、うっすらとした記憶で、いつだったか親父が『イドマホがどうのこうの』って話してたような気がするんだ。細かいことなんも覚えてないんだけど」

「そっか。早く会えるといいね、お父さんと」

「えっ? 突然そうくる?」

「うん、なんかそう思ったから言ってみた」


 ユフミが優しく笑う。

 彼女と出会って初めての、少し大人っぽい雰囲気。

 ラミカの依頼内容と微妙にリンクしていて、とてもタイムリーな物言いだっただけに、カナセは動揺せずには居られなかった。

 心の迷いが余計強くなってしまった、とも言える。

 逆にどうしたら良いと思う? ……なんて、無責任な問いかけをしそうになる気持ちをグッと堪えるために、カナセは風を浴びたくなった。


「そういや、ユフミんちまであとどんぐらいなんだ?」

「もうすぐだよ。この道を真っ直ぐ行って──」

「オッケー。そんじゃ、オレが自転車漕いでくから、炒飯屋のお嬢様、後ろへどうぞ」

「それはどうも……って、二人乗りは怒られちゃうよ?」

「ははっ、マジメかよ! ユフミらしくて良いけどな。でも大丈夫、光魔法を少しだけ混ぜた水魔法を薄く張ると、ぱっと見鏡みたいになるんだ。ほらこんな感じで」


 カナセは両手を器用に動かし、氷魔法の板に薄く水魔法を張ってみせた。


「わぁ、凄い! 本当に鏡だ!」


 氷の板に、ユフミの驚いた顔が映る。


「ほら、後ろに乗って」

「うん!」


 カナセはサドルにまたがりながら声をかけ、ユフミがリアキャリアの上に横向きに乗ったのを確認すると、素早い手つきで彼女の体に薄い水魔法の膜を張る。


「うわぁ、変な感じ! まるで海の中にいるみたいだよ!」

「へへっ、面白いだろ?」

「うん! でも不思議。水の中にいるのに、全然息苦しくない」

「部分的に小さい穴を開けて、風魔法で通気させてんだ。安全性は保証付きってな」

「さすが希崎君、思わず惚れちゃいそう……とか言って」

「……ん? なんつった?」

「なんでも無いよー! ほら、運転手さんうちまでよろしく!」

「おう、それじゃ出発すっぞ!」


 こうして、夕暮れの町を合法的(?)な二人乗り自転車が走り出した。

 カナセの天才的な魔力と、面白さを追求する性格ゆえの豊かな想像力により、通りすがった警察官の目すらくらましつつ、ユフミの家に向かって風を切るように駆け抜けていった。

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