第12話 カナセの青春
オレンジ色の空の下、カナセは異戸川沿いの道を当てもなく歩いていた。
頭の中にあるのは、究極の二択。
イドマホが潰れる可能性を踏まえた上で、学長の陰謀を暴くというラミカの依頼を引き受けるか。
それとも、中高で味わえなかった青春をイドマホで謳歌するために、ラミカの依頼を断るのか……。
前者には、消えた父テイタツを助けることに繋がる可能性があり、さらに報酬として1000万円を得ることができる。
もちろん、それは魔クセサリーを使用したことによる借金に充てられ、プラマイゼロではあるものの、後者を選んだ場合には借金がそのまま残るという大きなデメリットも決して無視できるものではない。
合理的に考えるならば、間違いなくラミカの依頼を引き受けるべき。
それは、頭ではなく心で動くタイプのカナセであってもさすがに重々承知だったのだが……。
「くぅ~、決めらんねぇ……!」
カナセは右手から出した氷の玉を真上に投げ、左手から出した炎の玉を投げてその氷にぶつけた。
小さい頃に、父親が教えてくれた“ひとり魔法遊び”。
他にも、様々な魔法のテクニックを教えて貰ったおかげで、カナセは何も持たずに無人島に取り残されたとしても、余裕で生きていけるほど強い人間に育った。
カナセの父、希崎テイタツは魔法使いの血を引かない<ノーマル>でありながら、天才的な魔力を武器に、若くして魔法力発電所の所長という立場にまで上り詰めた、日本でも指折りの魔道士である。
人格者で多くの人たちから慕われた彼が、一瞬にして国賊扱いとなり、姿を消した事に対して、息子のカナセが憤らないわけがない。
ただ、父の偉大さを知っているからこそ、遅かれ早かれ窮地を脱し、自ら姿を現してすべてを語ってくれる時が来る……そう心から信じていた。
いや、そうであって欲しい、と願っていたのだ。
その思いも、悩める要因となっていたのだが──。
「あっ、希崎くーん!」
前から近づいてくる自転車に乗った少女が、カナセに向かって大きく手を振る。
「おお、ユフミか!」
カナセは笑顔で両手を振る。
今日出会ったばかりなのに、再会できて心からホッとするカナセ。
ひとりで思い悩むという、慣れない時間から解放される……そんな気持ちもなきにしもあらずであった。
ユフミは自転車を止め、カナセが追いつくまでの間に、その自転車の向きを反転させていた。
「よっ、さっきぶり!」
「うん、さっきぶり!」
息ぴったりのふたり。
歩き続けるカナセの横を、ユフミが自転車を押しながら付いていこうとしたのだが……。
「それ、ちょっと良いか?」
自転車を指さすカナセ。
「んっ? 乗る?」
「いや、そうじゃなくて……おりゃ」
カナセは、自転車に向かって人差し指をクルッと回した。
指先から飛び出した風魔法がタイヤのスポークに絡まり、勝手に回り出す。
「えっ? ちょっ、これどうなってるの⁇」
「へへっ、手離してみ」
「う、うん……おお!」
ユフミがハンドルから手を離しても自転車は倒れず、ふたりの歩くスピードに合わせるようにゆっくり走っている。
「なにこれ凄い!」
「ああ、ちょっとしたコツさえ分かれば意外と簡単にできるんだよな」
「へー、そうなんだ! 私もイドマホに行って魔法覚えたら、出来るようになるかな?」
ユフミは希望の光に満ちた眼差しで、カナセを見た。
「もちろん! オレだって親父に教えて貰ってすぐやれるようになったし、この教え上手に任せろって!」
「それはどうかなぁ……?」
ユフミは、わざとらしく口を尖らせて、ジロッとした目をカナセに向けた。
「はは、言うじゃねーか。まっ、出来の悪い生徒の方が、先生としてはやりがいがあるってな……!」
「うわっ、返された! 参りました先生!」
「おう、精進しろよ」
そう言って、カナセは無邪気に笑う。
「了解です! って、希崎君がもの凄い魔法使いになれたのも、お父さんのおかげって感じなのかな?」
ユフミはそう言いつつ、ハッとなった。
「あっ、今の発言、なんか偉そうだったかも……」
「だな! ってのは冗談だけど、まあ親父のおかげなのは間違いねーな……いや、単純にオレが天才ってだけかも?」
とぼけた顔して、
「またまた~、それお父さんに聞かれたら魔法で怒られちゃうよ! ……って、ごめん。希崎君のお父さんはいま──」
「いや、気にすんなって。うちの親父は魔法も凄けりゃ生命力もハンパねーから」
「あっ、生命力ならうちのパパも凄いよ! 魔法は全然使えないけど、気合いだけで魔法にも勝てちゃいそうなぐらい!」
「へー、すげーなそれ! 会ってみたいわ」
「それじゃうちくる? っていうか希崎君、住むところ決まってるんだっけ?」
「いや、なんも。ってか、まあとりあえずその辺で適当に寝ながら、ぼちぼち探していこうかなって。金もねーしな!」
カナセはガハハと豪快に笑った。
「野宿ってこと? ダメダメそれは! だったら、それこそうちにおいでよ。お店の下に倉庫代わりに使ってる地下ダンジョンがあるんだけど、最近使って無くて。そこに布団持っていけば十分寝られると思うよ!」
「うわっ、マジで? お店って炒飯屋だろ? そりゃ最高だ。めっちゃ助かるけど……家の人は大丈夫なのか?」
大雑把な天才魔法使い希崎カナセにも、最低限の良識はあるのだ。
「うーん、まあ大丈夫だと思うよ。ママは私が小さい頃に亡くなっちゃって、お兄ちゃんは就職した時に一人暮らしするために出てったし、今はパパと二人暮らしで寂しいぐらいだから。むしろ、希崎君が来てくれると楽しくなるかな……って!」
「ああ、そうだったのか……」
カナセは、一瞬、夕焼けに染まる異戸川を見つめてから、再びユフミに向き直った。
「……よし。いっちょお世話になるとすっかな! オレがいれば、楽しくなることだけは間違いないし!」
と、イタズラっぽく笑った。
「ははっ、言うねぇ~」
「ああ、例えばこんなことしちゃったりとか」
カナセは左手を上に向けると、手のひらから氷の魔法を放出し、指先を器用に動かして四角い氷の板を作り上げた。
「おお、すごい!」
さらに、右の人差し指から細い雷魔法を小出しにして、氷の板の表面に何かを描き始めた。
「えっ、なになに? えっと……分かった! 怖い魔敷獣だ! 上手だねぇ~」
「ちょっ、違う違う! これはユフミの似顔絵だっつーの!」
「うそっ、私? ひどい……希崎君の目には、こんな風に映ってるんだ……ううう」
顔を伏せて鼻をすするユフミ。
「いやっ、だからこれは、オレの画力がアレなだけで、決してそんなんじゃ……」
「……うそーん! 結構かわいく描けてると思うよ……って、い、いや、それは変な意味じゃなくて……!」
ユフミは顔を赤くし、そっぽ向いてしまった。
「まあ、可愛く描いたつもりだから、そう言って貰えると鼻が高いけどな……!」
「……え、えー!? もう、希崎君ったら!!」
ユフミはさらに顔を真っ赤にしながら、右手でカナセの腕をペチペチと叩いた。
まんざらでも無い表情のカナセは、氷の板を裏返し、”雷のペン”で今度は文字を書き、
「……ほら、これやるよ」
と、ユフミに差し出した。
そこには『これからよろしくな!』と、下手な文字で書かれてあった。
「……うん! こちらこそ!」
ユフミは氷の板を抱きしめて、本当に嬉しそうに笑った……のだが。
「きゃっ、冷たっ!」
「ハハッ、そりゃ氷だかんな。風魔法で乾かしてやろうか?」
「い、いいよ!」
「ほらほら、そんな遠慮すんなって」
「もう! エッチ!」
「ぐへへへへ~」
ふたりの”おふざけ”はそれからしばらく続いた。
通りすがりのオバちゃんは、全く若い子がイチャイチャしちゃってもう……と思うよりも、ふたりの近くをゆっくり走る誰も乗っていない自転車が気になってしょうがなかったとか、そうでもなかったとか……。
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