第11話 魔法探偵物語

「立ち話もなんだから」


 と、ラミカの先導で移動したのはオシャレなカフェ……ではなく、すぐ近くの土手。

 もはや、お馴染みの場所。

 どうやら、他人に聞かれるとマズい話らしい。

 カナセの隣にラミカ、逆側にユフミ、その隣にフツシという並びで座わろうとしたのだが……。


「……あれ? ホノッポちゃんがいなくない?」


 ユフミは、これまで共に行動してきた魔敷猫の姿が見えないことに気付き、不安げな表情を浮かべながら立ち上がった。


「うん。そう言えば、カナセ君が戦ってる途中に居なくなってるのに気付いたけど、魔敷猫と言っても猫は猫だからね。自由気ままに動いてるのかなって──」

「矢島君、探しに行こっ!」

「えっ?」

「だって、自分の意思で居なくなったんじゃないかも知れないし! もしそうだとしても、サヨナラも無しでお別れなんて……ううう」


 涙ぐむユフミ。

 

「わ、わかったよ! ってことでカナセ君、僕らちょっとホノッポ探してくるから」

「うん、行ってくる!」

「おう! 頼んだぜ!」


 何事も無かったようにケロッとするユフミと、小首を傾げながら立ち上がって土手を上っていくフツシの背中に手を振るカナセ。

 ラミカは落ち着いた声で「可愛らしいお友達ね」と呟いた。


「ああ、ついさっき会ったばかりなんだけどな! 現時点でもう、オレの中で一番の親友だわ」


 カナセは嬉しそうにガハハと笑った。


「それは良かったわね。って、余計な話はここまで。本題に入りましょう」


 ラミカの顔から僅かな緩みすら消え、完全なる無表情となった。

 それを感じ取ったカナセも気を引き締めて、「おう」と落ち着いた声で返す。


「まずは私がしている仕事について軽く触れておくわね。名刺にあるとおり、私の仕事は探偵。それも、魔法が関わる案件専門の」

「へえ、ってことは、もちろんアンタも魔法が使えるってことだよな?」

「そうね。ほどほどに」


 ラミカの言葉が謙遜であることは明白だった。

 なぜなら、彼女の体からは妖艶さだけでなく、計り知れない魔力を漂わせていることを、カナセはひしひしと感じていたからである。


「ふーん。で、魔法が関わる案件って例えば?」

「そうね、オーソドックスなもので言えば、魔法使いの素行調査や能力確認、家出したペット探し」

「おっ、それじゃ、ホノッポ探しも手伝って貰えば良かったな」

「いいわよ。ちゃんと依頼料を払えるなら」

「ギクッ……やっぱいいわ!」


 速攻で諦めるカナセの対応を見て、ラミカは一瞬口元を緩めかけたが、すぐに元の無表情に戻って話を続けた。


「他にも、魔法陣を使った盗聴器の発見、家の中に発生した悪質な魔敷獣退治、未踏または長年放置されたダンジョンの調査……って、とこかしら」

「おお! 面白そうじゃねーか! バイト募集してねーの?」

「残念ながら。でも、あなた向いてると思うわ。好奇心旺盛な上、魔法の腕に関しては折り紙付きだもの」

「そ、そうかな? でへへ」


 恥ずかしそうに右手で髪をバサバサさせるカナセ。


「本当にやる気があるなら、所長に掛け合ってもいいわよ。ただ、そのためにも、まずは今回の案件をしっかりこなしてもらわないとね」

「おう! 俄然やる気が出てきたぜ……って、これ、上手いことアンタの術中にはまってね?」

「フフ、どうかしら」


 ラミカは思わせぶりな微笑を浮かべた。

 色白の肌、落ち着いた口調、ミステリアスな雰囲気。

 年齢不詳という言葉がぴったりな女性だが、そんな数字には全く興味のないカナセは、とにかくどんな話が飛び出すのか、それだけを楽しみに待っていた。


「それじゃ本題。あなたへの依頼は、異戸川区立魔法専門学校の調査」

「……えっ? イドマホの?」

「ええ、そう。さっき一緒にいたお友達の二人も入学が決まってるのよね」

「へー、そんなのも知ってんだ」

「当然。探偵だもの」


 カナセは、数字に興味が無いものの、人間──それも、面白いと思った人間のことはとことん知りたくなる性質を持っていた。

 そもそも、お金が絡んでるとは言え、じっくり腰を据えて大人しく話をきいてることからして、それを大いに物語っている。


「あなたの事はしっかり調査済み。だからこそ、今回の案件をあなたに頼もうと思ったんだから」

「どういうこと? オレがイドマホに入るから……とか?」

「それは理由のほんの一部に過ぎないわ。とあるクライアントから請け負った案件の内容は、異戸川区立魔法専門学校の闇を暴くこと。通称イドマホの学長、我堂ガドウゴウマには、凶悪事件の首謀者ではないか、という嫌疑がかけれれているんの」

「うーん……ちょっと難しいなおい。簡単に言うと?」

「そうね。気を遣って遠回しに言ったのが間違ってたかも。だって、あまりにもあなたと関係が深すぎるから」

「オレと? その学長が?」

「そう。あくまでも疑いがある、という前提だけど、どうやら我堂ゴウバは、去年の夏、異葉県で発生した第三魔力発電所爆発事故の首謀者かもしれない……って」

「えっ……」


 あまりにも予期せぬ話の流れに、言葉を詰まらせるカナセ。

 ラミカは構わず、淡々と続ける。

 

「あなたの父親、希崎テイタツが所長を務める発電所。その爆発事故により、彼は姿を消した。その理由は……息子のあなたでも知らない、のよね?」

「ああ、なんで消えたのかも、どこに行っちまったのかも、な。ったく、自分勝手な親父を持つ子供は可愛そう……ってな!」

「そういう物の言い方、私は嫌いじゃ無いわ」


 ラミカは、隣に座るカナセの目を真っ直ぐ見つめた。


「えっ? い、いや、要するにクソ親父ってことを言ってるんだけど⁇」


 妙に慌てるカナセ。

 それを見たラミカは、初めて自然にフフッと笑った。


「私、常にシンプルな仕事を心がけてるから、業務中に余計な話は一切しないの。なのにあなたと一緒だと、調子が狂って仕方が無いわ」

「ははっ、そりゃご苦労様」

「まったく、どうしようもない子ね」

「どういたしまして! って、イドマホの学長が爆発事故に関わってるって、マジで?」

「あくまでも疑惑、ね。クライアント曰く、相当黒に近いらしいけど……」

「うーん……それってさ、断るのもアリ?」

「えっ? ええ、もちろん。無理強いするつもりは無いわ。ただし、魔クセサリーの──」

「分かってる。借りたもんは必ず返す。死ぬ気で働けば問題ねぇ」


 カナセは、爽やかにニカッと笑った。

 対するラミカの顔には、戸惑いが滲んでいる感は否めない。


「でも、あなた。仕事は仕事として、そもそも気になったりしないの? 父親、それに母親も姿を消してしまい、その元凶がもしかしたら、自分が通う学校の学長にあるのかも知れないというのに……」

「まー、そりゃ気になるわな。でも、それ以上に楽しみにしてたんだよな。ユフミとフツシ、めっちゃ面白い同級生との学校生活! 青春! ……それを無くしちゃうのは、あまりにももったねぇかな……ってさ」

「フフッ、あなた、冷たい人間なのか熱い人間なのか、さっぱり分からなくなったわ」

「どうも。ってか、ユフミたちが魔法を学ぼうとしてる学校が潰れる可能性があるってのもなぁ……。それに親父はとにかく強い人間だから、自分で何とか出来るんじゃね? って思っちゃうんだよ。でも、それはそれとして、あの事故が全面的に親父のせいにされちゃってるのは気に食わないけどね。って、そう考えたら、その何とかって学長を暴いた方がいいんだよな? くぅ~、悩ましいぜ!!」


 カナセは顔をしかめながら、両手で思いきり髪の毛をかきむしった。

 そして……。

 

「なあラミカ。その仕事って、やるかどうか今すぐ決めなきゃだめなのか?」

「そうね。それが一番助かるのは確かよ。クライアントを待たせるわけにはいかないもの。待ったとして、せいぜい1日が限界」

「……オッケー。オレに1日で良いから時間くれ! 納得するまで悩みてーんだよ!」

「いいわ。それじゃ、明日の同じ時間、ここで待ってるから。それまでに、必ず答えを出しておいてちょうだい」

「おう、サンキュー! 冷たそうだけど優しいとか、おもしれーな、あんた! どっちに転んでも、これからよろしく!」


 カナセは無邪気な笑顔を浮かべて、真っ直ぐな瞳でラミカを見つめながら、スッと右手を差し出す。


「……ええ、よろしく」


 ラミカは相変わらず表情を大きく崩すことなく、クールな表情のまま、カナセの握手を受け入れた。

 

「そんじゃ、またな!」


 カナセはラミカに背を向け、ゆっくり土手を上がっていった。

 いつの間にか、空は静かに暮れかかっていた。

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